敵は王宮に…
コルウス森林公園の中は、打ち倒されたビーストの死骸でいっぱいだった。
血生臭い空気が充満しているわ。
そこら中が血だらけで、まるでホラー映画みたい。
鬱蒼と茂った枝葉、飛び立つ鳥までもがおどろおどろしさを演出しているかのよう。
そこかしこに出来てしまった血溜まりを蹴り上げながら、リアムさんの馬が駆けていく。
立派な子でね、リアムさんのいうことをよく聞くのよ。
私のことも大人しく乗せてくれたわ。
乗せてくれたときは大人しかったんだけどね…。
走りはとってもアグレッシブだったのよ。
すごいのよ。通路を塞ぐビーストの死骸も、勢いよく飛び越えていくの。スピードを落とさずにね!
ほら、また。
うわーぁお!
「………っ!」
素晴らしい躍動感! だけど、着地した時の衝撃がすごい。
リアムさんの背中にしがみついていると、勢いで顔が背中にぶつかっちゃう。
鼻が潰れそう…。
「いたぞ!」
リアムさんの声。
そっと前を覗いてみると、確かにハンターさん御一行が待機していたわ。
人数が多くて通路に収まってないわね。
踏み荒らされちゃって、後が大変そうだけど。今は仕方がないわよね。
ええっと。ライドさんライドさん。ライドさんは、どこ?
あ、いた。先頭の方。人波で遠い。ライドさんもこっちを見てる。
リアムさんがみんなに声をかけながら馬を進める。ひとと馬でいっぱいだけど、みんなちゃんと通してくれて、私は無事にライドさんの元にたどり着いた。
「ライドさん!」
「ヨツバ、どうして…」
ライドさんは驚いたような、困ったような、複雑な表情。
まあ、危ないし、邪魔よね。
でも申し訳ないけどそんなこと気にしてられない。
ちょっと。誰か、早く私をライドさんの馬に乗せて!
リアムさんが仕方ないなって顔で組み合わせた両手に足を掛けさせてくれたわ。
そのまま勢いよく持ち上げてくれて、ライドさんの後ろに跨ることが出来たの。
「ライドさん、時間がないです。もう、来ますよ。噴水の向こう、あの奥です!」
がさがさと茂みが大きな音を立てたのはその直後のこと。
ハンターさんたちがざわめいた後、みな、一様に息を呑んだわ。
静まり返ったわよ。
現れたビーストの、あまりの大きさに。
「なにアレ。3倍くらいあるんじゃない?」
「コロニーのボスか? 人の気配と血の匂いで、異常事態を察していそうだ」
ジェリーさんとセスさんがひそひそと話す声が聞こえた。コロニーのボスか。そうね、そんな感じだわ。
ぐるぐると、唸る声が地面に響く。
こちらを警戒しながら、でも、きっぱりと敵と判定した4つの瞳が睨んでる。
遠くても分かるわ。
襲いかかるタイミングを測ってる。
「いくぞ、ヨツバ。お前が頼りだ」
「はい!」
任せて、ライドさん。そのために来たのだもの!
お腹に回した手を、大きな手が一度強く握った。
挑むのは無謀とも思える、巨大なビースト。
でも、倒すしかない。逃げることはできない。
背中を向けたら最後、みな殺されてしまうわ。
「っ、来ます! 10時の方向から飛び越えてくる!」
寝こけたビーストを踏み越えて、噴水の向こう側からこちら側に、ビーストが身を躍らせる。
ライドさんは手綱を引いて、馬を広場に走らせ大きな大きなビーストと対峙する。
低く唸りながらじりじりと近づいてくるビースト。距離を保って馬を歩かせると、まるで円を描いているみたいになる。
この大きなビーストから完全に安全な距離が取れるほどこの広場は広くないわ。
一瞬の隙が命取り。
「右前足払ってきます。そのまま回転して尻尾! 飛びかかってきます!」
「っく!」
ライドさんは手綱を操りビーストの攻撃をかわすと銃を撃つ。
「ち。でかいくせにすばしっこいな!」
掠るのだけれどね。急所は避けられちゃう。それにビーストは大きすぎて、掠ったくらいじゃ全然弱りそうもないの。
ヤバく無い?
その後もビーストの攻撃を躱しては銃で反撃することを繰り返したわ。
セスさんやジェリーさん、それにリアムさんも援護してくれるけど、なかなかビーストの足を止めることはできない。
ヤバいと思う。馬は疲れてきてるし、反対にビーストはまだまだ元気だし。
元気、というより獲物を捕らえることが出来ずにイライラしているみたいだわ。
あ! っと。
「突進してきます。ヤギの角! 突いて左に振ります。ライオン噛み付いてくる!!」
「っっ!!」
間一髪!
ギリギリ、スレスレで躱したライドさんは駆け抜けざまに再び銃を撃つ。
「ぎゅあっ!!」
ビーストが押し潰したような声をあげた。どこかに当たった?
あ。うーん。当たってはいるけど、大したダメージになってないみたい。
むしろ怒って、さらにヒートアップしてるような…。
うわ。すっごい鼻息荒いし。目は血走ってるし。
闘牛の牛みたいに後ろ足で地面を引っ掻いてて…。
あわわっ。
「ライドさん! 正面から来ます!!」
「っ!」
「ライド、準備出来たぞ」
「了解。ヨツバ、しっかり捕まっていろ」
「はいっ? わ、うわわっ!」
真っ直ぐに飛びかかっててくるビーストをぎりぎりまで引き付けたライドさんは、馬を反転させて走らせたの。
爪先が届きそうで届かなかったビーストは、ムキになって追いかけてくる。追いかけてくるぅっ!
ひええっ!
ちょ、これ、追いつかれちゃうんじゃ…。
血の気が引きかけたわ。でもそのとき、ちゃんと視えたの。
私は振り落とされないようにぎゅうっとライドさんにしがみついた。
その直後。
「はっ!」
掛け声と共に馬が何かを飛び越えるようにジャンプした。
後を追うビーストがその場所に足を踏み入れた途端。
どぉんっ!
爆音と砂煙が上がったの。続けて数度、爆発音が響いて。
「ぎゃぁおおおおん!」
大きな悲鳴に振り返ると、煙の中、巨体がゆらりとよろめいていたわ。
「しぶといな」
本当にね!
仕掛けられた爆弾が直撃したのに倒れないなんて、なんてしぶといのかしら。
でも大丈夫。
倒せる未来が視えたもの!
忌々しそうに顔をしかめるライドさんに柔らかく抱きついて。
大丈夫。もう大丈夫よ、ライドさん。伝わって。
「……………ヨツバ」
肩越し、ちらりと視線をくれたライドさんに微笑んで。
「後ろ足を痛めています。大きな跳躍は出来ません。右前足は無事なので、そこに体重を掛けて左前脚で叩いてきます」
「…よし。左前脚が上がったらセスとジェリーは右前足を、リアムは上がった左肩を狙え。行くぞ!」
「「「了解」」」
息を整え、ライドさんは馬をビーストに向かわせる。
間近に迫るライドさんを、ビーストはがぁと唸りを上げて迎え撃つの。
その重心が右前足に乗り、左脚を大きく振りかぶる。
その瞬間。
ぱん、ぱん、ぱん。どぅん!
銃の違いによる銃声の違いなんて分からない。でも、微妙に高さの違う発砲音が数発鳴って、ライドさんの馬はビーストの脇を駆け抜けた。
そうして。
どさりと地面を揺るがせて、ビーストが横倒しになったの。
立ち上がろうと踠くビーストに、セスさんが素早く近づいて頭部を数発撃ち抜くと、大きな大きなビーストはだらりと力なく四つ脚を投げ出した。
うおおおおおぉ!
わあ、これハンターさんの歓声?
地鳴りみたい! すごいわ!
ほう。
ああ、良かった。本当に良かった。ほっとした!
ぽんぽんと私の手を大きな手が優しく撫でたわ。
私は返事をする代わりに、ぎゅうっと広い背中に抱きついた。
「念のためだ。頭を両方とも落とせ!」
リアムさんの指示で2つの頭と尻尾が切断されたわ。
ハンターさんが慎重に近づいて、斧のような武器を使ってね。
「よし、お前たち! 噴水の周りで酔っ払ってるビーストを片付けるぞ!! ライド達は少し休んでいろ。まだ終わってないからな」
そうね。
大仕事が片付いた気分だけれど、これで終わりじゃないんだわ。
リアムさんの言葉に従い、ライドさんたちは馬を休ませ水分補給をしてちょっと休憩。
私も石造りのベンチに座ってほっと一息。
ハンターさんたちがビーストを討伐する、その様子を見守るライドさんたちをそっと見つめた。
それから残りのエリアの捜索と討伐を続けたの。
リアムさんと私が広場に残って地図にビーストの位置と討伐の指示をそれぞれ書いていくのよ。
噴水広場よりも奥には、幼獣がたくさんいたわ。
これまで幼獣が全然姿を見せなくて不思議に思っていたのだけれど、異変を察知して隠れていたのかもしれないわ。
麻酔銃担当のハンターさんたちは、やっと出番が来たと言って張り切っていたみたいね。とても上手に麻酔銃を使ってくれて、計画通り、20頭前後の幼獣と数頭の若い雌を捕獲することに成功したの。
全てが終わったときには、もう、薄暗くなっていたわ。
そしてね、多少の怪我をしたひとはいたようだけれど、大きな怪我をしたひとはいなかったのですって。
本当に良かったわ。
作戦、大成功よね!
「ここの始末は俺たちに任せて、お前たちは王宮に行け」
リアムさんが胸を叩いてそう言ってくれたわ。
前から思っていたのだけれど、リアムさんって頼り甲斐のあるアニキって感じよね?
私たちは一度、ニューマン伯爵邸に戻り、簡単な報告をした後、シャワーを借りて軽食をご馳走になった。
と言っても、お行儀良く食べる時間は無くて、着替えながら、荷物をまとめながら、サンドイッチを頬張って紅茶で流し込む、そんな慌ただしさよ。
そうしてすぐに出発したわ。
「敵は王宮にいる」
感情を抑えたライドさんの言葉が、とても切なく感じられた…。




