現れたのは
ぽん。ぽん。ぽん。
乾いた筒音。
火薬の匂い。
そこに鋭く風を切る音が加わって、遥か上空、森林公園のちょうど中央あたりに打ち上げられたたくさんの落下傘が、次々に撃ち落とされ急降下して行く。
イメージは落下傘花火だったのよ。
あれなら、高い高い木のてっぺんも超えられると思ったの。
でも、そう提案したらそれだと風に流されて、狙った場所に落とすことはできないって言われてしまったわ。
だけどセスさんが、だったら小型の大砲で上空まで打ち上げて、ちょうど良い位置で傘の部分を銃で打ち抜けば、パラシュートの役割を果たさなくなるからそのまま落ちるだろうって言ってくれたのよ。
思いつきの案を、「無理」って捨てずに改善して形にしてくれるの、さすがだわ、セスさん。
「こっちも始めるぞー!」
ハンターさんの1人がそう言って土に埋まった水栓を操作する。
それはコルウス森林公園の噴水に水を運ぶ水道管。そこに引き込む水をね、お酒に変えるのよ。
出来るだけアルコール度数の高いお酒を大量に用意してもらったの。
じきに、ビーストにとってメインの飲み水となっている噴水の水がお酒に変わるわ。
なんだかもう、匂いだけで酔っ払いそうなほど、アルコールの香りが漂ってるの。
「あー。もったいねー」
「飲むなよ! 作戦前の飲酒は厳禁!!」
「分かってるけどよぉ」
ハンターさん達の会話も聞こえて来る。
まあ、そうね。お酒の好きな人なら、もったいなく思うでしょうね。
私は、出入口の近くに設置された四阿のような場所で、魔法石の仕込まれた特別な地図を眺めながら少しずつ未来を探り始めた。
ビーストを討伐するためのチームは、3組増えて全部で14組。
リアムさんのお陰よ。人徳、かしらね。リアムさんのお声掛かりでこれだけひとが集まるのだから。
森林公園はビーストが出入りできそうな場所は全て塞いでね、今、出入りできるのは一箇所だけ。
そこに1組は待機して、他の13組がビーストの討伐及び捕獲にあたるわ。
その13組の未来を視ていくのよ。
お酒やマタタビの効果が出た頃を狙って行くから、だいたい1時間後くらいかしら。
ああ、視えてきた。
先頭の組が最初にビーストに遭遇する場所。その場所に、やはり魔法石が仕込まれた特別なペンでばつ印を書く。
この地図は同じものを各組1枚ずつ持っていてね。私が書き込むと、すべての地図にその印が浮かび上がるのよ。
面白い仕組みよね?
ペン色は青。青は、対象のビーストがお酒かマタタビに酔っ払って泥酔しているよ、という意味よ。
お酒もマタタビも全く効果が無くて、元気いっぱいのビーストだったら赤で印をつけることになっているの。
ええっと、次も青。角を曲がって…。わ。ここには3頭もいるわ。
寝入ってはいないけれど、だらんと寝そべって目もうつろ。
うん。これは青でいいわね。
それから次は、っと。
「すごいなぁ。どうやって占っているの?」
声をかけられて顔を上げると、くるくる巻き毛の、女の子みたいに可愛らしい男性が興味津々の様子で瞳を輝かせていたの。
このひとはクリス・ネイピアさん。
出入口待機組のひとりよ。ハンターさんとは思えないくらい、愛らしい見た目なの。
どうやって…。どうやって?
それは予知の力で、ってアブナイ。
「えーと、ですね。…企業秘密です」
いけないいけない。うっかり喋っちゃいそうになったわ。もう。集中してるときに声かけないで?
「そーなの? あ、ねえねえ。ブラッドリー王子ってどんな人?」
「はい?」
ブラッドリー王子?
どんなひとかって、なんで?
なんで、そんなこと私に聞くの?
ブラッドリー王子=ライドさんだと、分かっていて聞いているのかしら。
「そのネックレス、ブラッドリー王子の“お手つき”の印でしょ」
「…はい?」
…お手つき? お手つきって、お手つき、って…。まさか、あの、お手つき…?!
はあぁぁぁぁあ?!
ない無いナイない! つけられてないっ!!
なんなのなにそれ? このネックレスにそんな破廉恥な意味が?!
うそでしょ?
ぶんぶんぶんっ。
勢いよく首を横に振ると、クリスさんは不思議そうに首を傾げた。
「そうなの?」
ないです。
本当です。
「ふーん? でもさぁ」
そう言いかけたクリスさんの声を遮るように、
「ヨツバ、大丈夫か」
ライドさんがやって来たわ。
「ライドさん…」
このタイミングでいらっしゃいます…?
ライドさんは、思わずニヤケちゃいそうになるほど甘やかな笑顔で言った後、きりっと表情を引き締めたわ。
すてき。
「間もなく作戦開始の時間だ。変わりはないか?」
「はい。今のところ順調にお酒とマタタビの効果が出ています。ただ、効き具合には個体差がありますけれど」
「分かった。では、予定通りよろしく頼む」
「はい」
ライドさんはふっと瞳を和ませると、大きな手を私に伸ばしかけたのだけれど。
「ライド!」
まるで制止するようなジェリーさんの鋭い声に手を止めた。
「時間だ」
セスさんの声に頷いて、ライドさんは私に言ったの。
「行ってくる」
「はい。いってらっしゃい。気をつけて」
颯爽と森林公園に向かうライドさんたちを見送っている間も、クリスさんが居心地悪ーい視線をくれるのよ。
「…あの人たちって、君に他の男が近づかないように見張ってるよね。僕がちょっと君のそばに寄っただけで釘を刺しに来たし」
「釘?」
「おっかない目で僕を見たよ」
「………気のせいでは?」
だって、何のための釘よ?
王子様は私なんて相手にしないのよ。必要無いわよ。
「えー。絶対、王子様に厳命されていると思うなぁ。君、相当お気に入りなんだねー」
「………………」
違うって言ってるのに。愛人認定やめて欲しい。
あれ? でも、そう言えば、アレ??
もう、随分前のことだけれどさ。
ライドさんがこのネックレスをつけてくれたときって、ジェリーさんもセスさんも、ものすごくびっくりしていなかった?
あのときはこのネックレスが高価なものだからだろうと思っていたけれど。
もしかして、王子様が教えに背いて野の花に手を出したと思ったのでは…?
…あ、はは。
それならあの驚愕っぷりも分かるわ。
まあ、その後の様子を見ればそうでないことは気が付いているだろうけれど。
思わず、ネックレスを見つめてしまった。
「クリス。お前も持ち場につけ」
リアムさんがやってきてクリスさんの頭を小突くと、私の隣に座ったわ。
「はいはーい。行ってきまーす」
「抜かるなよ」
クリスさんは大きな瞳でウインクして走って行ったわ。
面白いひと…。
「全くあいつは。邪魔したんじゃないか? 悪かったな」
「いえ。大丈夫ですよ」
「そうか? じゃあ、こっちも始めよう」
「はい」
地図を見ながら、もう一度集中する。
地図上に小さな白い点が複数現れた。これは、森林公園に進攻したライドさん達をはじめとするハンターさん達を表しているの。
私が書き込んだビーストの印とハンターさん達の位置を確認して、リアムさんが丸印と矢印を書き足した。
リアムさんはどの組がどのビーストの対応をするかを指示しているのよ。
私がビーストの情報を書き込み、そこにリアムさんが討伐の指示を書き込む。
黙々とそれを繰り返して数時間。
なにしろビーストの数が多い。そして、入り口にしたところは餌場でもあるから、わりと最初っからビーストに遭遇するのよ。
伯爵が出入口に餌を置いていたからなんだけどね。
要するに、進むのに時間がかかるわけなのよ。
そうしてやっと中央の噴水に近づいてきたのだけれど。
…………これはまた多いわね。
噴水の周り。大きな石畳の広場には、所狭しと巨体のビーストがひしめき合うように横たわっているの。
たぶん、みんな酔っ払って寝てるわ。
お酒の噴水に浸かってるのもいるし、頭突っ込んだまま寝てるのもいる。
青いペンで書き込まれるたくさんのバツ印に、リアムさんが右の眉を上げた。
そうして討伐指示を書き入れようとしたとき、それが視えたの。
噴水のある広場のその向こう。奥の茂みから悠然と姿を現した、大きな大きな大きな、とんでもなく大きなビーストの姿が。
「ちょ、ちょっと待って、リアムさんっ」
「うん、どうした?」
「ライドさんっ! ちょっと待って、ストップ!! 止まって下さい!!」
慌ててピアスを操作して呼びかけた。
「ヨツバ? どうした?!」
「すごく大きなビーストがいます! しかも正常!!」
お酒に酔ったりマタタビでハイになってる様子はないわ!
「なに?」
「待っていて下さい。すぐに行きます!」
「ヨツバ? ちょっと待」
待たないわよ。そんな時間無いもの。
プツ、っと通信を切った私を、リアムさんが驚いたように見ているけれど。
驚いている場合でも無いの!
「リアムさん! 私をライドさんのところに連れて行って下さい!! すぐに!!」
私は大きな声でそう言って、リアムさんに詰め寄った。




