距離
それから、ライドさんはセスさんに声をかけたわ。
「セス、そっちはどうだ?」
「十分な数の麻酔銃が用意できるまで最短で9日だ」
セスさん、集中してなにしているのかと思っていたけれど、麻酔銃の手配をしていたのね?!
書類を読んでるだけのように見えたけれど、あれも何かの魔法石なのかもしれないわ。
指示を出したり報告を受けたり出来るのかもね。
「9日か…。その情報、操作は?」
「無理だ。時間短縮を最優先したから情報はオープンになっている」
「そうか」
ライドさんは少し考えて、それから言った。
「では、10日後にコロニー討伐を行うとして王宮に増援の依頼をする。そのためには、8日後には警備隊は王宮を出発する必要がある。つまり、決戦は8日後になる。8日後までに我々は王宮に戻らなければならない」
「ってことは、6日後までにはこっちのカタをつけなきゃいけないね」
ジェリーさんはむぅ、っと眉間にシワを寄せた。
「6日後か。そうなると、麻酔銃は良くて7割だな」
そう言ってセスさんはため息をついた。
「麻酔銃を持った幼獣捕獲班と成獣討伐班に分けて、セットで行動させろ。麻酔銃が足りなくなったら、以降の捕獲は諦めるんだ。お嬢ちゃんは、どれくらいの範囲ならビーストの動きを読めるんだ?」
リアムさんはきっぱりとそう言って私を見るの。
「広さは関係ないです。でも、戦闘箇所があんまり多いと追い切れないと思います」
そう答えたら、
「3人ずつ6人組を10組、プラス俺たち、だな」
ライドさんにそう言われて言葉が出なかったわ。
だって、11箇所を同時にモニタリング? え? やるの、私? 出来る…?!
「えぇー…。脱走防止の待機組も必要だよね? それって、ひと組10頭以上倒さなくちゃいけないじゃん」
ぷうっ、と膨れたジェリーさんは見た目だけは可愛らしいけれど、鑑賞している場合ではないわ。
「6日後までにもう少し人数を増やせないか当たってみよう。ダネルは出来るだけ早く出発しろ。時間がない」
リアムさん…。戦力は多いに越したことはないけれど。有難いけど! モニタリング箇所、増えちゃうわね…。
「分かりました。みなさん、ご無事で。行きましょう、フドウさん」
ぱっと立ち上がり、フドウさんを促して足早に部屋を出て行くダネルさんに、ひと言、ライドさんが声をかけたわ。
「頼んだ」
ダネルさんは振り返って、にっこり微笑んだの。
「お任せください」
そうして、優雅にお辞儀をした。余裕たっぷりに。
ダネルさんの役割は重大。そしてとても難しい。
それなのに、そんなことをまるで感じさせない態度なの。
大変な役を押し付けた私が言うのもナンだけれど。
頑張ってくださいね、ダネルさん。
翌日から、みんなで準備に奔走したわ。
私は、コルウス森林公園の周りをひたすら歩いて中の様子を探った。
餌の時間にね、餌場の近くで餌を食べに来るビーストを待つの。
やって来たビーストの未来を視ることで、コロニーの様子を知ることが出来るから。
出来るだけたくさんのビーストを追跡した方が多くの情報を得られるでしょう?
コルウス森林公園内の地図を見ながら、ビーストの動きとともに公園内の構造を把握したいと思っているの。
コルウス森林公園は、ほぼ中央にあたる場所に噴水の設置された広場があるの。
その噴水はビーストたちの水飲み場となっているようなのよ。
噴水の周りには絶えず複数のビーストがいるわ。
それからね、お酒とマタタビはどちらもとても効果があったわ。
ただ、全てのビーストが餌場に来るわけではなく、数頭のビーストが餌場にやって来て、餌の牛や豚を仲間の元へと運んでいたの。
だから、餌場に来てお酒やマタタビを口にしたビーストには効果があったのだけれど、その場で飲んだり食べたりしただけで、餌のお肉のようには運ばないのよ。
まあ、器に入ったお酒を運ばせるのは難しいわよね。
効果があることは分かったのだけれど、どれだけ多くのビーストにお酒やマタタビを摂取させることが出来るか、という問題に直面したわけなのよ。
「この噴水、使えると思いますか?」
地図の真ん中を指差して聞いてみる。
「…ああ、そうだな。いいんじゃないか?」
ライドさん、なんだか楽しそうだなぁ。
心なしか、ウキウキしているようにさえ思えるわ。
ライドさんは私の護衛という名目で、森林公園の周りをうろうろする私について来てくれているのだけれど…。
「あの、本当にいいんですか? 私なんかと一緒にいてもらって。準備は…」
「ヨツバの方が大事だ。準備は、セスとジェリーがいれば問題ない。ハンター達の指揮も、俺がやるよりリアムに任せた方が上手くいくさ。それよりも、ヨツバに万が一のことがあっては困る」
やだわ、ライドさんったら。私が大事なんて言うからどきっとしちゃった。
私の“占い”が必要だがら、ビースト退治の前に何かあったら困るってことよね。
素敵な笑顔で見つめてくれちゃってるけれど、本当に、とってもとっても素敵だけれど。
ライドさんは王子様で、私は野の花で、私たちの間には見えない分厚い壁が有る。
忘れちゃいけないのは、そこには厳然と壁が有るのだということよ。見えないからといって、無いことにはならないのよ。
だから勘違いしちゃいけない。
どんなに優しくしてくれても、甘い笑顔を向けられても、ライドさんは王子様で、野の花を愛でることはないのだから。
と、思うのだけれどね。
妙に、近いのよね。
私がすり寄っているわけじゃないわよ?
一応、常識的な距離は保とうとしているつもりよ?
私、パーソナルスペースは広めの方だし。
なのに、気づくと体温を感じられるほど近くにいらっしゃるのよ。
この間近で甘やかに微笑まれて、誤解するなって方が酷だと思わない?
あ。でも待って。
そういえば、ライドさんは私に王子様だってこと明かしてないのよね。
ってことは、あくまでもこれは「ライドさん」としての態度であって、王子様としてのそれでは無い、とか?
つまり、私を世に言う「現地妻」的な存在に…?
いえいえ、待って待って。
そもそも、そんなシタゴコロ的なものは無いのかもしれないわよね?
純粋に、単純に、私の“占いの力”を高く評価してくれて…。それで?
それでこの距離の近さとスキンシップの多さ、変じゃない?
それだとまるで私の力を良いように利用するために、私を魅了しようとしているみたい。
それじゃあ、結婚詐欺と同じだわ。
「ヨツバ? どうした?」
問われて顔を上げれば…。
ほら、またすごく近い。
ライドさんって、顔立ちも体格もがっちりしていて、精悍で逞しくてどちらかというと男臭い印象よね。
だけど粗野な感じは一切ないのよ。さすが王子様よね。上品なのよ。
そしてとても色っぽいの。男性なのに、唇が、なんかエロ…。
いけないいけない。
だめよ。じろじろ唇を凝視したら、私の方がヘンタイ的よ!
慌てて目を逸らしたら、頭上から小さく苦笑する声が溢れてきた。
ごめんなさい。ほんと、何でもないんです。ちょっとだけ、見惚れちゃったんです。それだけです。はい。
やだ、もう。
顔が熱くなっちゃう。
「ヨツバ? 何か、悩んでいたんじゃなかったのか?」
っは!
そうよ! ライドさんがあんまりにも甘ったるく微笑むから思考が脱線しちゃったわ!
そんなことより、喫緊に解決しなくちゃいけない問題があるじゃない!!
「えーとですね。何とかしてマタタビを公園内にばら撒けないかなって思ってるんですけど」
熱った顔をぱたぱたと手で煽ぎながら、ライドさんの顔を直視しないように見上げると、そうだなぁって森林公園の方を振り返りながらライドさんも一緒に考えてくれた。
「樹木の高さがあるからな。スリングショットを使っても木の高さを超えるのは難しい」
スリングショットって、パチンコの大きいやつよね。武器の一種でゴムを張ってびよんと飛ばす…。
飛ばす…?
そうね。上空からっていうのは良い案なんじゃないかしら。木の枝に引っかかってしまうものもあるだろうけど、大きさや形を工夫すれば地面まで到達する確率も上げられると思うわ。
木のてっぺんを超える高さまで、打ち上げてしまえばいいのよ。




