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決意

ライドさんは、強く、はっきりと、伯爵に告げた。


「王宮は、ビーストに対して楽観視しているわけでも、被害が出ることを諦めているわけでも、被害を受けている人々を見捨てているわけでもない。ましてや、被害に目を瞑り、魔法石の利益を優先したわけでもない。考え得る限り、出来る対策は全て、行っている。だがそれでも十分ではないことも分かっている」


ライドさんの声は、深く、強く、柔らかく、そして温かい。

どこまでも広くて大きな優しい心を表すかのよう。

その真摯な言葉は、傷ついてしまった伯爵の心にもきっと届く。


私は耳を澄ましてライドさんの言葉を聞いた。


「王宮は被害の根絶を目指し、方法を模索してきた。それは難しいことだと思われていたが、叶える手段がやっと見つかった。我々は必ず、被害を無くしてみせる。その男よりも早く」


堂々と自身ありげに述べられる言葉は、きっとそうなるだろうと思わせる力がある。

決して空疎にも高慢にも聞こえないわ。


「具体的にどうする気だね? 他国のようにビーストを排除するのか?」

「他国がビーストを国外に排除し侵入を防ぐことを、なんの犠牲も被害も出さずに成功させていると思うか? それは簡単なことではない。我々が考えているのは別の方法だ」


ライドさんは意味ありげに私を見たわ。

あら? なんだかイヤな予感。


「別の方法、とは?」

「ビーストを養殖する。彼女のアイデアだ。すでに場所の準備やひとの手配も行っている」


……私のアイデア。私のアイデア、ですかね?

大丈夫かしら。私、責任重大なんじゃない?


おかしいわね?

守護者(セイバー)として祭り上げられたら困っちゃうと思ってマヨイビトだってことを隠していたはずなのに、ビースト養殖の発案者として祭り上げられてる気がするわ。


ほらほら。伯爵ったらそんなに大きく目を見開いちゃって。瞳がこぼれ落ちてしまうわよ?


仕方なく、私はへらりと笑って見せたわ。

自分でも、美しいとはとても言えない笑顔のはずだけれど、伯爵はそんな私を見つめてる。


どうしよう。ほっぺたが引き攣っちゃう。


「…妻は、名をアヤメといって、マヨイビトだ。もしかして、お嬢さんも…?」

「…………お名前と、お顔立ちから、そうじゃないかと思っていました。“アヤメ”は私の世界では花の名前です。凛とした気高く美しい花です」

「そうか、やはり…。容姿が似ている、というわけではないが、まとう雰囲気というか空気というか、共通したものを感じたよ。妻は、慣れぬこちらの世界で、戸惑うことも意に沿わないこともあったろうに、健気にこちらの世界に馴染もうとしていた。だが、ドレスでの立ち居振る舞いに苦労していたようでね。無理をさせたのではないかと、亡くしてから後悔したよ。もっと、妻の世界の文化を取り入れてやれば良かった、と」

伯爵は、そう言って肖像画を見つめたの。瞳が寂しそうよ。胸が痛いわ…。


大事なひとを亡くした辛さは、私には経験がない。

慰める言葉なんて、見つけられない。


だけど、伯爵がアヤメさんをとても愛していたことは分かる。アヤメさんも愛されていると、実感していたのではないかしら。

だって、肖像画のアヤメさんはこんなにも幸せそうに微笑んでいるもの。

見知らぬ世界。見知らぬ土地。知っているひとの、誰もいない場所。


心細い思いをしたはずよ。望郷の思いで、まるで雑巾を力一杯絞るみたいに、胸がきゅうっと締め付けられるような、そんな思いもしたかもしれない。


でも、アヤメさんには伯爵がいたから。

伯爵の愛の大きさの分だけ、きっと、アヤメさんは幸せだったと思うわ。


「郷に入っては郷に従え、という言葉があります。住めば都とも言います。アヤメさんは素直で真っ直ぐで心の強い、本当にアヤメの花のような女性だったのだと思います」

「ああ…。本当に、その通りだ」

伯爵は懐かしむように小さく笑うと、しっかりと顔を上げ、ライドさんを見据えた。


「私は、先ほども言った通り、あの男のように王宮から政権を奪取すべきだとは考えていない。あくまでも王宮に、ビーストの対策を行って欲しいと思っている。ビーストに脅かされる国を作った王宮の責任だからな。王宮がビーストに対する抜本的な改革を行うのならば、私は協力を惜しまない。そして、森林公園の不正使用やそれに付随する事柄についても、相応の罰は受けるつもりだ」


そう言って、一度目を伏せた伯爵は、瞳を仄暗く煌めかせた。


「だが、妻と娘の死の真相は確かめたい。あの男が関わっているのか。あの男が死なせたのか。死なせないまでも、二人の遺体に傷をつけたのはあの男なのか」


伯爵の訴えに、ライドさんは力強く肯いた。


「ああ。その男を確保して、すべてを明らかにしよう」


それから、ライドさんは改めて伯爵に向き直り、問うたわ。


「伯爵。“その男”とは誰なんだ?」





まあ、そうよね、と思うけれど。

“その男”は名前や身分、職業などの身元が分かるような個人情報を伯爵に話してはいなかったの。

さもありなん、よ。


すでにだいぶ遅い時間だったけれど、私たちは簡単な作戦会議をすることにしたの。

“その男“の対策をどうするかを考えるためにね。


「…それにしても、ハンターを使って反王宮組織を結成するとはな」


リアムさんは苦虫を噛み潰してたっぷり味わってしまったような、とってもとっても渋ーい表情(おかお)で言ったわ。

ハンター協会と王宮はすごく仲良しというわけではない、というような話を聞いた気がするけれど、表立って対立するには相手が悪すぎるものね。


リアムさんもダネルさんもライドさんの正体を知ってそうだし、上手く間に入ってハンターの方々をまとめていたのでしょうし。


その仲間内から離反者が出た。しかも、気づかないところで。

ハンター協会代表であるところのリアムさん的には、あまりよろしくない事態よね。


「困りましたねぇ」

人を食ったような、狐めいた笑みを浮かべてダネルさんが言う。

ちっとも困ってるように聞こえないから恐ろしいわ。


「反王宮組織に加担してる者は何人ぐらいいるんだ?」

「大体、100人くらいですね」

リアムさんに尋ねられてフドーさんが答えた。

「ひゃく……?!」

「多いですねぇ」


フドーさんはもう縛られていないわ。

落ち着いた様子でコーヒーを飲んでいる。


参ったな、って頭をがしがし掻きながらリアムさんが視線を送ると、ライドさんは仕方ないさと肩を竦めて見せるの。


ジェリーさんは眉間にシワを寄せて考え込んでいるし、セスさんは…。

そう言えば、セスさんはさっきからずっと黙っているわよね。一生懸命、手元の何かを読んでいるみたい。何を読んでいるのかしら?

あからさまにじろじろ見つめても、顔も上げないわ。

視線には敏感なひとなのに…。相当、集中していて気づかないのか、気づいていて無視されているのか。


…後者かしらね?


首を傾げている間にも、話は進んでいく。

フドーさんたちの計画では、今晩こっそり抜け出して“その男”の元に行き、私たちがやって来たことについて相談するつもりだったそうよ。


「外で待ち伏せされてるなんて思ってなかったですよ。なんで分かったんです?」

「優秀な占い師がいるからね」

ライドさんが私を見て微笑むの。

やだわ、照れちゃう。


このお屋敷に着いたとき視えたのよ。夜、2階の窓から出て行く怪しげな人影が。

まさか、御子息とは思わなかったけど。


対して、フドーさんは不思議そうに私を見ているわ。

「占い師…。若そうに見えるけど?」

「18です」

「18? そう。…あのさ、母さんの世界って、どんな世界?」

「どんな?」

と、言われても…。

説明するのは難しいわ。

科学の発達した世界だと話しても、きっと伝わらないでしょう?

電気とか通信とかテレビとかゲームとか。


ああ。なんだか懐かしいわね。

テレビのバラエティ番組をBGMに、スマホでだらだらとネットサーフィンして。


流行りのファッション、キレイなスイーツ、話題のテーマパーク。

あるのが当たり前で、ここには無いものたち。


でも、生活はあまり変わらないわ。

食べて寝て働いて。食事は美味しいし、安全な寝床もある。

家族はいないけれど、未来を視る、私の力が役に立つ。


「…そんなに、違いませんよ。ところで、フドーさんのお名前は、アヤメさんがつけたんですか?」

「ああ、そうだけど…?」

なんでそんなこと聞くんだ、って瞳が私を見つめる。

「じゃあきっと、不動明王からいただいたんですね」

「ふどーみょーおー?」

「ふど()みょ()()、です。私の世界では信仰の対象なんですよ。煩悩に悩む人をすくい上げて煩悩を断ち切ってくれる、とても有難い神様的なものです。良いお名前ですね」


ほんの少し荒んだ印象だったそのひとは、微かに頬を赤らめてはにかんだ。


「それで、俺はどうしたらいい?」


私たちをぐるりと見回して、フドーさん、いえフドウさんが言ったわ。

私はライドさんに提案をした。


「もう一度、お屋敷を抜け出してもらうのはどうでしょう?」


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