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コロニー

それは、とてもとても、陰気な館だった。


「あの、ライドさん。ここは?」


恐る恐る尋ねたの。いいえ。分かっていたのよ。

どこに行くかは前もって教えてもらっていたのだもの。


だけど、本当にここが?

だって、なんだかおどろおどろしくて、まるでお化け屋敷のアトラクションのよう。


真っ黒い雨雲と稲光の背景が似合うと思うわ。

おとぎ話の悪者が住んでいそうな、そんなお屋敷なのよ。


「ヘンリー・ニューマン伯爵邸。例の、コルウス森林公園の管理を任されている人物の家だ」


ライドさんの変わらない落ち着いた声が教えてくれた。

ああ、やっぱりそうなのね。

ここが、目的地なんだわ。



アリオール領主、チャーチ公爵の屋敷で話し合った夜から5日。

発信器をつけたビーストを追いかけて移動しながら、コロニーがあるかもしれない王宮所有のコルウス森林公園の調査について相談したのよ。


その中で、森林公園には管理人がいるからまずはそのひとに話を聞いてみようってことになったの。

調査をするにしても、そのひとを無視して行うわけにはいかないし、協力してもらわなくてはならないからって。


それに、管理をしているなら、なぜ、コロニーの存在に気付かなかったのか、も気になるところなの。

コロニーがある、と私たちは確信しているわ。

あの、3頭のビーストがコルウス森林公園に入ったからよ。



私は不気味さすら感じるニューマン伯爵邸を見上げた。

ゴシック建築風の建物は厳かな教会みたいで、建物としてとても美しい。素晴らしい意匠の邸宅よ。全くもって造詣の深くない私でも、素晴らしいということは分かるわ。ただ、…あら?


「ライドさん、あのね…」

私はそっとライドさんの腕に手を伸ばした。



「王宮の使者の方々とハンター協会の方々ですね。王宮より連絡を頂いています。どうぞ、お入り下さい」


執事さんの対応は、丁寧だけれど重苦しい空気を醸し出していて、歓迎しているとは言い難いわ。

…でも、そうね。

管理している森林公園の調査、なんてあんまり名誉なことじゃないものね。

よく思われなくても仕方ないかも。


それにしても。


きちんと手入れされたお庭。お掃除の行き届いた邸内。なのに暗く荒廃した雰囲気があるの。

どうしてかしら?


ぞくっ。

ううう…。なんか寒気もする。



通された部屋は、庭側が大きな窓になっている、日当たりの良いお部屋だったわ。

窓から見えるお庭も、お部屋の調度も素晴らしいけれど、なにより、壁にかけられた大きな絵が目を引いた。


ストレートの長い黒髪の女性と10歳前後の女の子と女の子よりも少し年上の男の子の肖像画。


女性が真ん中で椅子に座っていて、左右に女の子と男の子が立っているの。

まるで、記念写真のようだわ。

等身大かと思うようなサイズでね、優しく微笑む女性の顔に見入ってしまったわ。


この女性(ひと)、もしかして…。



「お待たせしました。私がヘンリー・ニューマンです」


静かに扉が開いて、やってきたのは背の高い痩せた五十代くらいの男性よ。

全く柔和なところが無いの。目つきもキツくて、有り体に言うと、怖そう、なひと。


暗く鋭い瞳が私たち、ライドさん、ジェリーさん、セスさん、リアムさん、ダネルさん、そして最後に私を見た。

どことなく冷ややかで、お屋敷の雰囲気そのものの視線なの。


「…………」


…?

なぜかしら。なんだか、悲しそう…?


無意識に首を傾げていたみたい。

ふ、っと私を捉えていた視線が外れて、私たちの代表ということになっているライドさんに向けられた。



「王宮の使者の方ですな?」

「はい。先に知らせが入っているかと思いますが、コルウス森林公園の調査にご協力頂きたく、お願いに参りました」


そうなの。私たち、王宮のお使者ってことになっているのよ。

最初に聞いたときは、ライドさんもう私に正体を隠す気がないのかしらと思ってしまったわ。


「王宮に伝手(つて)があってね」

そう、何でもないことのように言われて、そうですかとだけ答えた。


伝手(つて)、か。

まあ、嘘ではないわよね。



ニューマン伯爵は冷たい表情のまま頷いたわ。

「連絡は頂いている。ずいぶんと早い到着で、少々驚いているが」

「それは申し訳ありません。急ぎ向かうように、との指示でしたので」


きっぱりトゲのあるニューマン伯爵の物言いにまったく怯むことなく、悠然と微笑みながらライドさんが答える。

さすがライドさん。

堂々としているわ。私だったらおどおどしちゃう。


先触れを到着の直前にしたのはわざとなのよ。

変な小細工されないように、その隙を与えないようにするためにね。


「…十分なもてなしは出来ないが、宿泊用に部屋を用意しよう。何日でも自由に使って頂いて結構だ。コルウス森林公園に関する資料も、好きなように閲覧出来るよう準備してある。公園の入り口の鍵はこちらだ」

「ありがとうございます」

「では、私は仕事があるので失礼する」


ニューマン伯爵はそう言うと、足早に部屋を出て行ってしまったわ。


「お仕事…」

「ニューマン伯爵は医師なんだ。森林公園の管理の仕事の傍ら、果樹園の経営をしていてね。雇用の拡大を図りながら貧しい人たちの診察に当たっている、慈善事業家だ」

「良いひとってことですか…?」

「そうだな。優れた人格の人物だと言われている。評判もいい。高潔の士、と言ったところか」

そう言ってライドさんは腕を組んだわ。

その表情は、そんな立派なひとがなぜビーストのコロニーを見逃しているのかと疑問に感じている風だった。



案内された資料室にはコルウス森林公園についての書類が整然と並べられていたわ。

ダネルさんが鍵を預かって、ハンター協会のひと達と一緒に現場の調査に向かったの。

私たちはそれぞれ資料を手に取って内容を確認しながら、ダネルさん達の調査結果を待った。


私はコルウス森林公園の地図と概要の記載された資料を手に取った。あと、こっちは業務日誌と書かれているわ。実際に管理業務に就いたひとが、日々の記録を行ったもののようね。


とりあえず、地図を広げて概要に書かれた内容と見比べてみたわ。

広さ、植えられている木の種類、その数、生息している生き物のことまで書かれているの。


えーと。ちょっとちゃんと読んでみよう。

広さ…。うん。広いってことは分かるわ。何平方メートルかとかはよく分からないけれど。この、右端に描かれた家みたいなイラストが本当に家なら相当広いわ。

遊園地とかテーマパークとか、そのくらいはあるのではないかしら。


遊歩道が複数パターンあって、公園内を隅々までたっぷり散策できるコースや短くショートカットして回るコース、西から入って南から出るコースとか、好みの時間に合わせて自然の鑑賞や森林浴が楽しめるようになっているのね。


ただし、普段は一般公開されてはいないみたい。


本来は、季節ごとに王宮主催のイベントが開催されて、その時に期間限定で一般のひとたちも公園内の散策や広場でのピクニックで楽しい時を過ごしてもらおう、というのが主な目的らしいのよね。


だけど、記録を見ると、肝心のというかメインのというか? 王宮主催のイベントってモノがここ数年、えーと、3年かな? 開催されていないようなのよ。


結果的に一般公開もされてなくて、だからこの3年の間は締め切りになってるの。


業務日誌にはその日の記録が事細かに記載されているわ。

天気や気温、木の状態や花の咲き具合、紅葉の様子や実がいくつ成ったとか。


園内の掃除は身寄りのない子供たちを雇ってあげていたみたいね。その日は誰で、日給がいくらで、枯れ葉などのゴミをどのくらい集めたか、おまけの報酬として果物やパンなどの現物も支給していたみたいなの。


これだけを見ると、ニューマン伯爵というひとはとても好人物のように思えるわ。ライドさんが言っていた通りにね。


ああ、そうだ。

どうして、3年前から王宮主催のイベントが行われなくなったのかしら。

それに、あら? なんだか変ね。

業務日誌に記載されている内容が、少し違っているわ。


3年以上前の業務日誌には、園内の様子が色々と描かれているのよ。日によって記載量に差はあるけれどね。だけど、3年前の7月くらいから園内の様子についての記載が減っているわ。

その代わり、公園の外周についての記載が増えているの。きちんと施錠されていること。ひとが入らないよう見張りを強化していること。それに、これは…。



ふうっ、と大きく息をついて、ジェリーさんが言ったの。

「これ、もう間違い無いよねー」

バサリとテーブルに置かれたのは出納帳のようね。

「3年前から不審な収入があるよー。大金」

セスさんもノートを開いて指をさしたわ。

「こちらも、3年前から柵や門扉などを頑丈なものに替えている。メンテナンスも不思議なほど頻繁に行っているな」


リアムさんはダネルさんと通信で会話しながら調査の指示を出したり報告を聞いたりしていたのだけれど、ジェリーさんとセスさんの言葉に反応して言ったの。


「3年前、ねぇ。お嬢ちゃんの方は何か分かったか?」

「例年、年3回行われていた王宮主催のイベントが、3年前から開催されていません」

うーむ、とリアムさんが唸ったわ。

「3年前、か。何があったんだろうな。知ってるか、ライド?」


窓際で壁にもたれていたライドさんが、考えるように腕を組んだ。

そして、言ったの。


「…確か、奥方が亡くなられたのが3年前の夏前、つまり今頃だったと思う」


「………………」

奥様が、亡くなった…?


みんなが、ライドさんに注目したわ。


「奥様って、さっき通された部屋に飾られていた絵の?」

「そうだ。事故と聞いているが、そのときに令嬢も一緒に亡くなっているはずだ」


娘さんも…?

それは、とても、お気の毒ね…。

さっきお会いした時の、暗く悲しい瞳は、奥様や娘さんを亡くされているせいなのかしら。



「……そうか。ご苦労さん。ああ、気をつけて戻れ」


なんとなく沈黙に負けそうな心持ちになりかけたとき、リアムさんが通信機に向かって声をかけた。

そして、私たちを見回してにやりと笑ったわ。


「いたぞ。相当な数だそうだ。何匹いるかはもう少し時間をかけて確認する必要があるな」

「そうか」

ライドさんが頷く。

コロニーがあったのね。やったわ!


「伯爵の方はどうする? 資料や鍵をあっさり渡しているし、隠す気なさそうだよねー」

ジェリーさんの言葉に、ライドさんは腕を組んだまま言ったの。

「この後どうする気なのか、慎重に話をする必要があるな」


うんうん。そうよね。調査に来た私たちに、資料を全部見せてくれているのだもの。公園の鍵だってすぐに渡してくれたし。

コロニーを匿っていること、バレるのは分かっているわよね?

バレてもいいってことかしら?


どうしてだろう。

それに、いったい、なぜ、コロニーがコルウス森林公園を巣にすることを許しているのか。その理由がとても気になるわ。


「下手に刺激してビーストを暴走させられでもしたら一大事だしなぁ」

リアムさんがそう言って顎をさする。


「首謀者は別にいるよね?」

「だろうな。金が振り込まれているんだろう? 振り込んだ人間が首謀者で、伯爵はそいつに協力してるんだろう」

ジェリーさんの言葉にライドさんが答えたわ。


「なぜ、ニューマン伯爵は首謀者に協力しているのか」

今度はセスさんが呟くように言って、ライドさんは肩を竦めた。


「問題は、そこだな」


私は、手にしていた業務日誌に再び目を落とした。

3年前のある時から公園内の清掃業務に子供を雇っていない。

同時に、それまでは無かった記載がされるようになっていたの。

牛や豚が数頭、鳥が数十羽、そして木の実が数キロ。

毎日毎日それらの量が記載されていて、その量は徐々に増えていっている。


これって、ビーストの餌なのではないかしら。


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