行方
「これを見てくれ」
ライドさんが示したのは大きな地図だった。
その地図を見ると、みっつの小さな光が点滅しながらゆっくりと移動していく。方角は分からないけれど、地図の上の方へ。
…なにこれ。紙の地図よね? なんで光が動いてるの。どんな仕組み?
「どう思う、ヨツバ?」
「すごいです。魔法石って、本当に不思議ですね。これって、この光がビーストにつけた発信器の位置を表しているんですよね?」
素直にそう言ったら、ライドさんは少し困った顔をしたわ。どうしたのかしら?
「…ああ、まあ、そうなんだが。そうじゃなくてだな」
「はい?」
「ビーストが向かっている先を見てくれ」
ビーストが向かっている先…?
なんとなく、リアムさんが笑ってる気がするわ。
呆れたようなジェリーさんの視線は気にしないことにして…、でも、幼稚園児を見守るような微笑みを浮かべるリアムさんの部下のひと、ダネル・ドハティさんの視線はちょっと気になる。
えー…。なんか試されているようでヤな感じ。
特に感情を表さないセスさんをチラ見したら、セスさんの視線は地図の上をすぅっと上の方へ滑っていく。
ヒント…?
えっと。この線は地域の境…、よねきっと。
ああ、地図に地域名が書いてあるわ。
今いるのはシエロ地域だからこっち側でしょ。で、隣がポタモス地域。
光が向かっている方、地図の上部は…、メー、ア。
メーア…? メーアって、王都の?
「王都に向かっている…?」
え? なにそれやばいじゃない?
王都って言ったら、元の世界での首都みたいなものでしょ?
大都会の人口密集地。そんなところにビーストが現れたら大混乱だわ。
「大変! すぐに追いかけないと!!」
私、慌てて立ちあがろうとしたわ。そうしたら、ライドさんが私の肩を抱くようにして言ったの。
「落ち着け、ヨツバ」
「無理です」
落ち着いていられないわ。こうしている間にもどこかの誰かに危機が迫っているかもしれないのだもの。
って言うか、どうしてみなさんはそんなにのんびりお茶を飲んでいらっしゃるの?
「ヨツバ。大丈夫だから」
ライドさんが私の肩を抱く手に力を込めて言う。
大丈夫? 大丈夫って?
「不測の事態に備えて、ウチの連中が追跡してる。何かあれば対応する。心配はいらない」
おろおろする私に、リアムさんが言ったの。
そう。そうなの。なんだ。良かった。
リアムさんの部下のハンターさんたちなら万一のときも上手くやってくれそうよね。
そうよ。
ビーストを倒さずに逃すのだもの。
もしもの時のことを、ライドさんが考えていないはずはないわ。
ほっとして力を抜くと、ライドさんの手は優しくぽんと頭を撫でて離れていった。
ああ、離されちゃった。
…名残惜しい、なんて思ってしまったわ。
だって、ライドさんの手、暖かくて力強くて、触れられていると安心できて好きなんだもの。
いけないいけない。今はビーストのことを考えなくちゃね。
私は地図を見た。小さな光はゆっくりと動いている。王都の方角に向かって。
でも、どうして? コロニーに向かっているのではないの?
まさか…。
「王都のそばに、コロニーが?」
ライドさんは眉を寄せて、うーむと唸った。
「やはり、そう思うか」
うん?
「他にあります?」
首を傾げたら、ジェリーさんが言ったの。
「あの3頭に王都もしくはその付近を襲わせようとしている、とは考えられない?」
ああ…。3頭のビーストはコロニーに向かってるのではなく、どこかを襲撃しようとしているのではないか、ということ?
「そこらへん、ヨツバの占いで分からないかなー、って思ってるんだけど?」
うーん。
どうかしら。「今」がどうかは、もう分からないのよね。でも…。
「可能性は有ると思いますけど…」
「けど?」
「懐柔の魔法石で操られているのは、別のビーストだと思いますよ」
「…どういうこと?」
あら。メイドさんが私にだけ美味しそうなケーキを持ってきてくれたわ。あ。向こうで奥様が小さく手を振っている。
わーい。ありがとうございます♡
ピンク色のクリームでバラの形のデコレーションがされていてとても可愛らしいの!
食べるのが勿体無いくらい。食べるけど。
いただきま〜す。
はむ。んー。おいしー。
一瞬にしてケーキに夢中になってしまったわ。ふわふわっとした浮かれた気持ちが、ジェリーさんのジト目と目が合って、きゅッと萎んだ。
「ねえ、どういうことなの?」
セスさんも思案顔よ。
「倒した方のビーストに、操られていた個体がいた、ということか?」
そう言われて、頬張ったケーキを味わいながら、少し考えたわ。考えた、と言うか記憶を探ったと言うか。
もぐもぐ。
…私、言わなかったのかしら。
「さっき、もう1頭ビーストがいたんですけど…」
言いませんでしたっけ?
「ん?」
「ほう?」
私の言葉にライドさんがふ、っと顔を上げたわ。
リアムさんはなんだか不思議な笑みを浮かべているの。
私の言動を面白がっているみたい。
「ヨツバ、それは確かか?」
「はい。最初は6頭いたんですけれど、戦闘が始まった途端1頭どこかに行きました。たぶん、その1頭が操られているビーストです」
「は?! なにそれ、聞いてない!」
言ってなかったみたい。
ジェリーさんって雰囲気が本当に猫っぽい。シャーって、毛を逆立てて、怒ってるぞって目に訴えてくるの。
「5頭、と昨夜も言っていなかったか?」
ライドさんも「頭を抱える」といった表情よ。
実際に頭を抱えたわけじゃないし、表情に見えるほど困っているわけではないと思うけど。
言い忘れていたの、マズかったのかしら。
「ええっと、昨夜は5頭に視えたんですけど、行ってみたら6頭だったんです。ただ、1頭は離れたところにいましたし、さっきも言った通りすぐにどこかに行ってしまいましたから」
「なぜ、その1頭が操られていて、他のビーストは操られていないと考えるんだ?」
リアムさんはやっぱり面白がるように言うのよ。
ダネルさんは相変わらずリアムさんの横でニコニコと私を見ている。
…なんとなく、なんとなくだけど。ダネルさんは見かけに寄らず腹黒いんじゃないかしら。
ニコニコが本音を隠しているようで、胡散臭い。
「懐柔の魔法石の希少性から、敵がそれを複数所持しているとは思えません。操られているのは1頭と考えます」
「ふむ。それで?」
「敵にとってもそのビーストは虎の子です。失うわけにはいかないはず。敵の方が数で優位と言っても、こちらもビーストを退治するつもりでいるハンターですから、倒されてしまう可能性が少なからずある、と考えると思います」
「だから、実際に襲ってきたビーストの中に操られているビーストはいない、と?」
「はい」
私が自分の考えを話すと、今度はダネルさんがニコニコと言ったわ。
「希少、と言ってもひとつは持っているんですよね? だったら、敵がもう一つ持っている可能性は否定出来ないのではありませんか?」
もちろん、その可能性はゼロじゃないわ。
「そうですね。ただ、もし、複数所持していたとして。それであればあの場に2頭連れてくる必要はないかな、と思います。襲ってきた5頭の中に操られているビーストがいたのなら、5頭だけで事足りるはずだと思うんです」
「なるほど。確かにそうですね。では、我々の狙い通りこのビーストはコロニーに向かっているのでしょうか」
テーブルの上に目を向けると、ゆっくりゆっくり地図上の小さな光は上部へと進んで行く。つまり、王都メーアの方向へ。
「さっき視えた限りでは、3頭は一緒に同じ方向に向かっていました。2日の間にはコロニーに合流せず、ずっと森の中のようなところを進んでいるように視えました」
だから、コロニーはかなり遠い森の中にある、と思っていたわ。
「森…」
と呟いて考え込むライドさんの向かいで、リアムさんが言ったわ。
リアムさんはずぅっと面白そうに私を見ているのよ。
「だが、懐柔の魔法石とやらで操られているビーストがその3頭の中にいないとしても、今ここで見えていないだけで、操られているビーストが合流している可能性もあるだろう?」
「ないですよね? この後は分かりませんけれど、少なくとも今は。もしそうなったら、追跡しているリアムさんの部下の方が気付くでしょう?」
はてな? と首を傾げて答えたら、リアムさんがにやりと笑ったの。
「もちろん」
…。そんなことは無い、と分かっていて聞いたわね?
なんなのかしら。やっぱり試されているのかしら。
「もういいだろう」
ライドさんがため息まじりに言ったわ。
「ああ。理路整然と話が出来る子は好きだぞ」
リアムさんはにんまりと笑う。
理路整然? そうでも無いけど?
でも、そういう言い方をするってことは、やっぱり試されていたんだわ。
まあ、リアムさんたちから見たら役に立ちそうも無い小娘に見えるわよね。
「リアムたちがゴチャゴチャ言うと、問題点が分からなくなるよー」
ジェリーさんがぼやいた。
「で、この後どーするの?」
ライドさんが地図に目を落として言ったわ。
「…そうだな。ビーストはヨツバの言う通り森に向かって進んでいる。この地図では分かり難いが、この光が進んでいる先、この辺りに森がある」
「そこは…!」
セスさんが眉を寄せた。
ジェリーさんも少しぎょっとした様子よ。
「へぇ」
リアムさんは相変わらずにやにやと楽しそう。
ライドさんが指差す先は地域の境とは違う波線で囲まれているわ。
地図の表記の仕方が元の世界とは違っているみたいで、それが何を表しているのか分からない。
じっと見つめたら、ライドさんが教えてくれたの。
「これは、王宮所有の森林公園だ」
森林公園…?




