野の花
アリオール領主、ケント・チャーチさんは公爵様なのですって。
詳しいことは分からないけれど、要するにお貴族様ってことよね? それも高位の。
私、失礼なこと言ってないかしら。
少し遅い時間だったけれど、私たちは報告のためにチャーチ公爵邸を訪れたの。
チャーチ公爵邸は、個人のお宅とはとても思えない広大な敷地を有していたわ。
これ、チャーチ公爵邸が特別なのかしら。それともこちらの貴族の方はみなこのくらいの土地を持っているのかしら。
元の世界の感覚では、ちょっと信じられない広さなのよ。
事前に作戦は伝えてあってね、予定通り倒した2頭のビーストを見て、チャーチさんは満足そう。
結果報告を聞くために待機していた自警団の方も、ひとまず安心した様子。
ビーストはその後すぐに、リアムさんの部下のひとたちの手で専門業者の元へと運ばれていったわ。
私たちは十分にガーデンパーティが出来そうな素敵なお庭で、温かいスープとサンドイッチを振る舞ってもらったの。
今夜のビースト退治の労いの意味もあるみたい。
若くて綺麗な奥様が初老の執事さんと一緒にメイドさんたちにテキパキと指示を出していたわ。
奥様は姿勢が良くて上品で堂々としていて、公爵夫人然としているの。
柔らかい笑顔を絶やさずに、ライドさんたちや自警団の方や、リアムさんたちハンター協会のみなさん一人一人に声をかけながら飲み物を勧めたり食事が足りているか確認したりしている。
おかげで和気藹々とした雰囲気で、自警団の方とリアムさんの部下のひとたちも打ち解けて、話が弾んでいるように見えるわ。
こういうの、内助の功って言うのではないかしら。
政治家の妻とか梨園の妻みたい。
むさ苦し…、いえ、ええっと、逞しい男性ばかりの中で、目立ちすぎることなくふんわりと場を取り仕切る奥様に、目を惹かれてしまうわ。
素敵な女性。
花壇には色とりどりの金魚草。
初夏のお庭を華やかに彩る花は独特の形が可愛らしい。
グリーンは、オリーブかしら。
力強く真っ直ぐに伸びていて、金魚草の可愛らしさとは対照的。お互いを引き立て合うようで、まるでチャーチさんと奥様みたいね。
こつ、と背後で足音がして、振り返ると奥様が微笑んでいたわ。
「ヨツバさんのような若いお嬢さんがビースト退治に参加されていたなんて、驚きました。とても活躍されたとか」
花壇のそばの小ぶりなガーデンテーブルに誘われて椅子に座ると、どこからともなくメイドさんが現れて紅茶を入れてくれたの。
「とんでもない。私なんて、なんにも出来ないですよ。ビーストを倒したのも追い払ったのも、みんなライドさんたちがやってくれたんです」
私がそう言うと、奥様は小さく首を振ったわ。
「ヨツバさんあっての作戦だ、と聞いていますわ。私こそ、先ほどビーストの死骸を見ただけで卒倒してしまいそうでしたもの。とてもすごいことだと思いますよ。ビーストは一般市民にとっては脅威ですから。退治していただいて、本当にありがたいですわ」
にこにことそう言った奥様は、そうだ、と両手を打ったの。
「ヨツバさんの占いはとてもよく当たると評判なのですってね? 私も占っていただきたいわ」
「なにか、心配ごとでも?」
「実は、明後日友人を招いてお茶会を催すのですが、なにか粗相をしてしまわないか心配ですの」
そそっかしいんです、と奥様は恥ずかしそうに微笑むの。
そそっかしい…。そんな風には思えないわ。すごくしっかりしているように見える。
私はポケットからタロットカードを取り出した。
「では、占いますね」
裏返したカードを混ぜながら明後日のお茶会の様子を視てみる。
「明後日はお天気も良く、お茶会はとても楽しいものになりそうです。ですが、使用する食器は事前に点検した方が良さそうですね。特にティーカップ。青い花模様のカップを使う予定でいらっしゃいますね? この月のカードは「水が漏れる」という意味があります」
多分、ヒビが入っているのだと思うわ。少しずつ漏れ出た紅茶がソーサーに溜まって、お客様の一人がドレスを汚してしまう。
「まあ…!」
「それから、奥様は当日菫色のドレスを着られると思いますが、お客様の一人がとてもよく似た色のドレスをお召しです」
「……!! 本当にすごいわ。たしかに、青い小花柄のティーカップを使おうと思っていました。傷がないか、しっかり確認しますわ。それにドレスも! それでしたら淡い黄色とオレンジの中間のような色のドレスにしますわ。それなら大丈夫かしら?」
お客様は3人。菫色、グリーン、オフホワイトにブルーの模様。うん。大丈夫。
私は頷いた。
「はい。大丈夫です」
ほう、っと奥様は息をついてお茶に口をつける。
「ありがとう。占ってもらって良かったわ。お礼はどうしたら良いかしら?」
良かった、と嬉しそうに微笑んで貰えると私も嬉しい。
でも、お礼。お礼か…。
「あの。お礼の代わりに教えていただきたいことがあるんです。失礼は承知なのですが、お尋ねしてもいいでしょうか?」
もやもやと気になっていたことなの。だけど、聞ける相手がいなくて。
気さくなこの奥様なら、聞いてもいいかしら。
…ええいっ! 旅の恥はかき捨てよっ!!
「まあ、何かしら?」
「私はこの国の人間ではありません。ですから、この国の常識を知りません。あの、あのぅ、貴族の方はやはり貴族の方と結婚されるものなのでしょうか?」
思い切って聞いたわ。
そおっと窺うと、奥様は大きな目を大きく開いて、それから、
「…まあまあ。ふふふ」
と優しく笑ってライドさんたちを見たわ。
「あの中のどなたかがお好きなのね?」
「…っえ、と。…あの、その………」
奥様はライドさんたちが貴族だって分かるのかしら?
私の疑問を読み取ったように奥様は頷くの。
「知り合いでは無いので具体的には分かりませんが、ヨツバさんがご一緒されていたお三方は貴族でいらっしゃいますわね。話し方、立ち居振る舞い、そういったものから分かりますわ。それから、ハンター協会代表のリアム・ペレット氏は侯爵でいらっしゃるわ。あの方は有名な方ですから、私もお名前は存じ上げておりました。ペレット侯爵の隣にいらっしゃる方も、貴族でいらっしゃると思いますわ」
にこにことそうおっしゃるの。
ということは、私が貴族ではない、ということも分かるってことよね。
「婚姻についてですけれど、貴族は貴族と結婚するもの、と決まっているわけではありませんわ。そういった法の縛りもありません。ですが、格、と言うものを気にする方は少なくないと思います。例えば、私の父は伯爵位にありますが、私の結婚相手には伯爵位以上の方をと希望していました。友人にも同じ考えの方がいましたわ。ご両親がやはり同じようにお考えなのでしょう」
奥様は落ち着いたゆっくりとした口調で話を続ける。
「ただ、お気づきと思いますが、格下の者と結婚したくない、と皆が考えたなら、格上の者と結婚することもあり得ません。考え方は人それぞれ違います。爵位、などと言う見た目よりも実を重んじる人も沢山います。位の高さと経済力は比例しませんのよ。貧乏な貴族令嬢よりも裕福な豪商の娘と結婚したい、という方もいらっしゃいますわ」
ほほほ、と奥様は朗らかでそれでいて上品に笑うの。
こういった「品」が、育ちの違いの現れなのかしら。
「それから、庶民の、そうですね、例えば街の飲食店や販売店の看板娘のような方を見初めて奥方に迎えられる、ということもありますわ。気位の高い貴族の娘よりも、裏表の無いまっすぐな感情を向けてくれる町娘の方が、気負わずに接することが出来るのだそうです。そういった例を私も何組も知っていますわ」
奥様は微笑みを浮かべたまま、淡々と言葉を続けるわ。
「良いことばかりお話して、騙すようなことになってもいけないので、率直な実態もお話しますね。貴族と庶民とでは文化や風習が違います。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、そうなのですわ。それは、生まれ育った国や地域が異なることによって生じるものとは違って、大きな隔たりなのです。その垣根を乗り越えれば苦労することは避けられません。実際に、私の知り合いの方は、「奥様はそんなこともご存知ないのですか」とメイドによく言われるのだと嘆いていらっしゃいました。その方はとても良い方なのですけれど、これまで必要の無かったマナーや社交界での付き合いなどは、身に付いていないと大変だと思いますわ」
奥様は少し申し訳なさそうに、けれど毅然とおっしゃったの。
「その方の苦労を見ているから言うのですが、私はあまりお勧めしませんわ。身分違いの恋、というのはロマンス小説の題材としては人気ですが、実際には苦労の方が多いのです」
「ロマンス小説…?」
「ええ。王子様が町娘と恋をするお話はシリーズにもなっていて、とても人気がありますの」
「王子様が?」
「作り物語ですわ、ヨツバさん。実際には起こり得ないから夢を見るのです。好き、という気持ちだけでは片付かないデリケートな事柄もありますし、無用なトラブルを避けるため、王家の男子は「野に咲く花を手折ってはならない」と厳しく教えられるのだそうですわ」
野に咲く花…。
「ヨツバさん。身分など無くても、あなたは立派です。まだ若いあなたが、危険を顧みずにビーストに立ち向かう。本当に頭が下がりますわ。私、ヨツバさんには幸せになって欲しいと思いますの。ヨツバさんは、ビースト退治に貢献し、皆の平穏と安寧に寄与しているのですもの。誰よりも幸せになって欲しい。ですから、どうぞ、よくお考えになって。昔話にある通り、幸せは意外と身近にあるものですわ」
奥様はそう言いながら、テーブルの上で私の手をしっかりと握ったの。
「でもね、ヨツバさん。私の話を聞いた上で、貴族に嫁ぐと決心されたときには、なんでも相談なさって下さいな。苦労している知人を近くで見ていますから、きっと的確なアドバイスができると思いますわ。それに、物語には主人公を助ける存在が不可欠でしょう? 私、そういう者に昔から憧れてますの」
そう言って、茶目っ気たっぷりにウインクしたのよ。
本当に、素敵な女性。
「ありがとうございます。そんなことになるかは分かりませんけれど、お言葉、心強いです。それから、お話を聞かせてくださったことも、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げると、奥様は私の手を握ったまま、うふふと笑ったわ。
優しいひと。チャーチさんは幸せね。こんなに素敵な奥様がいらっしゃって。
それから少し雑談をしていると、
「失礼します。あちらでヨツバ様をお呼びです」
とメイドさんが呼びに来たの。
「あら、残念。ヨツバさん、お話できて楽しかったわ」
「私の方こそ、参考になるお話を聞かせていただいてありがとうございました」
改めてお礼を言って、なんだか難しい顔をしているライドさんたちの元へ向かったの。




