マーキング
ぞわりと肌を舐めるように、不気味な風が抜けていく。
薄暗闇の中、風はどこか生臭い。
空気が張り詰めて、その緊迫感で心臓がちりちりと縮み上がる。
今にも頭からかぶりと喰われてしまいそうな、そんな錯覚に恐怖で足が竦みそう。
腕に爪を立てて、震えそうになる身体を叱咤する。
しっかりして、四葉。
大丈夫よ。
ちゃんとあたりを探って。ビーストの動向を読んで。数分先を視て。
ビーストは6頭。
少し離れたところにいる大きなビーストはすぐにここを離れるわ。あれは追えない。
残り5頭。
左にいる1頭が最初に飛び出して来る。続けて真ん中、背後に回り込んでくるのが1頭、右に2頭。
ちらりとライドさんが私を見る。
その視線に応えて頷いた。
「全部で5頭。10秒後、左から来ます。その5秒後に真ん中。30秒後に後ろ。来ます!」
「ぐあぁおお!!」
ひええっ! 近い近い! 怖いっ!!
だだだだだだ、っとライドさんが散弾銃を撃つ。目にも留まらぬ速さで弾(?)を入れ替えると正面から飛びかかって来たビーストも続けて撃っていく。
あ!
「ジェリーさん! 右! 来ます! 今!!」
「ちょ、遅い!」
だって〜!
どぅん!! という重たい音がジェリーさんの手にある手持ちの大砲のような武器から響いた。
うっわ、耳痛っ。
大きな音に負けないように、私は声を張り上げる。
「セスさん後ろ! 7時の方向、上! ライドさん、それまだ生きてる。尻尾が!」
「了解」
「分かった」
セスさんもジェリーさんと同じ武器をビーストに向ける。その武器は、大きな音と衝撃で、ビーストの巨体を弾き飛ばした。
「ぎゃうんっ!」
「ぎゃおぉんっ!」
どおんと地面に落ちたビーストがよろよろと立ち上がってこちらを睨む。
ライドさんが正面から向かって来た2頭目を仕留めたところで、私たちは3頭のビーストに囲まれてしまった。
3頭とも、セスさんとジェリーさんの武器の攻撃を数回受けていて、ダメージは少なくないはずよ。
なのに、赤く血走った目ですっごい睨んでて、あんまり怯んだ様子が無いんですけど?
「ちょっと、コレどうすんの」
「あんまり効かないな、その武器」
「物足りない…」
「まあ、殺傷力無いしね」
「それよりアレは?」
「問題ない」
「こっちもばっちり」
暢気ですね、みなさん?!
ずいぶん悠長にお話されているように聞こえますけど?
こちらの隙を窺うようにビーストたちは尻尾を揺らめかせているわ。3頭の内特に大きな1頭が、猫科の動物がそうするように前足を畳んだ前傾姿勢になった。
やばくない?
予知能力なんか無くたって、あれは誰の目にも飛びかかって来るのが分かるわ。
セスさんが武器を構える。
私はライドさんの背後に隠れるようにしていたのだけれど、そのとき、目の前の光景とは別の映像が見えたの。
うん?
「…ライドさん、来ました。たぶん」
「やっとか」
小さくため息をついて、ライドさんが私を見たわ。
もう大丈夫だよって、安心させてくれるような優しい目で。
獲物に飛びかかる姿勢のビーストが、後ろ足に力を込めたその瞬間。
ぴかッと強烈な光があたりを照らし、同時に微弱な電流に触れたときのような、びしっと全身を打つ痛みを感じた。
「ーっ!」
痛いっ。
なにこれ、ちょ、痛っ!
びしっ、びしって、3秒おき位になんか痛い!
しかもどんどん強くなってない?
あうっ!
ひーっ。痛いよー!
「ヨツバ!」
思わず膝をつきそうになったの。でも、ライドさんが支えてくれたわ。その腕に遠慮なくもたれかかって、一定の間隔で襲って来る痛みに震えていたら、その痛みはビーストたちも感じていたらしく、ビーストたちはだんだんと強くなるその痛みを嫌ってか、逃げ出そうとしている。
なんなんだろう。本当に電流みたい。低周波マッサージ機を間違って最大出力にしちゃった時の衝撃に似てる。
「っぐうるるる…。きゃうんきゃうんっ」
怯えたように身をすくめ、ビーストは後退りはじめているわ。
ガタゴト、ぶるるる、と大きな音を立てて何かが近づいて来る。
ガタゴトいってるのは馬車よね?
一緒に聞こえる、自動車のエンジンみたいな音は何かしら?
その、得体の知れない何かから逃げるように、ビーストたちは徐々に距離を取り、やがて走り去って行ったわ。
ほっ、と息をついたのも束の間。
びしっ!
「痛っ!」
「っつ!」
風が鞭打つような、一際強い痛みににぎゅっとしがみついたら、ライドさんは強く抱きしめてくれた。
よしよしと、頭や背中を宥めるように撫でてくれる。
その手はとても気持ちいいけれど、隙間を縫うようにして襲って来る痛みが、痛っ、痛いっ、痛いってばぁ!
そっと窺うと、セスさんやジェリーさんも顔をしかめている。
ガタゴト、ガタゴトと馬が荷車を引く音がすぐ間近で止まって、
「よお、ライド。無事か?」
よく通る、朗々とした声が響いた。
「リアム! もういいからそれを止めろ!」
「はいはい。ぅおーい! もういいぞぉ!」
そのひとが背後に声をかけると、ぶるんぶるん鳴ってたエンジン音のようなものが止まって、電流にあたるような痛みも止まったの。
「大丈夫か、ヨツバ?」
「…はいぃ。今のは一体?」
本当はあんまり大丈夫じゃないわ。最後の方、かなり痛かった。涙がじんわり浮かんじゃったのを誤魔化すの苦労しちゃう。
すんっ。
「久しぶりだな、ライド」
リアム、と呼ばれていたそのひとは大股で近づいて来るとにかっと笑った。
歳はライドさんたちと変わらないくらいかしら。
野性味のある風貌で、そうね、ガテン系っていう感じのイケメンよ。
「ああ。助かったよ」
頷くライドさんは、若干渋い表情で荷車の上のものを見上げた。
「ジェリー、それにセスも、元気だったか?」
「まあね」
「ああ、変わりない」
笑顔の豪快なそのひとに、ジェリーさんとセスさんも近寄って来るわ。
みんな、お知り合いなのね。
それからそのひと、リアムさんは私を見た。
とても興味深そうに。珍しい動物でも見るみたいに。楽しそうにね。
「変わった?!」
驚きの表情で私を振り返ったライドさんに、頷いて答えた。
「はい、そうなんです」
ライドさんたちは顔を見合わせたわ。
それは昨日の夜のこと。
コロニーの手掛かりになりそうなビーストをどうするか、その作戦会議をしていたときのことよ。
ビーストに発信器をつけて追跡したいわけなんだけれど、それをどうやるか、をみんなで考えていたの。
そのときに昼間見た未来が変わっていることに気づいたのよ。
「なに? どういうこと? 占いって結果変わるの?」
ジェリーさんは訝しげよ。
「変わりますよ。そうでなければ、「助ける」なんて出来ないです」
未来は変わる。変えることができる。
だからこそ、ビーストに襲われる未来を持ったひとをビーストに襲われない未来に導くことが出来るのだもの。
マーキング跡のあったあの場所で、私が予想したビーストは2頭。
でも。
「ビースト、もっといますね。5、頭…です」
しかも、私たちの先回りをするように潜んでる。
「5頭?!」
「場所も、もっと手前です」
ライドさんは腕を組んで、ふむ、と少し考えてから言った。
「俺たちの行動を読んでるってことか」
そうね。ビーストを探している私たちがマーキングの跡を見つければ、その場所にまた来ることは予想できると思うわ。
セスさんが頷いた。
「昼間、自警団に同行していたのを知っているんだろう」
「誰が…、っ懐柔の魔法石を持ってるやつ?」
ジェリーさんの言葉にライドさんが頷く。
「おそらくな。ビーストを操って、俺たちを襲わせるつもりなんだろう」
「ライドを狙って、か?」
「敵の狙いはやっぱりライドってこと?」
セスさんとジェリーさんが同時に言って、ライドさんは苦笑いしている。
「………………」
ライドさんが狙われるのは、やっぱり王子様だからかしら。
王子様だと何故狙われるのか、は分からないけれど、以前、恨みを買いやすい職業だとかって言っていたじゃない?
あれはハンターのお仕事ではなく、王子様のお仕事の方だったのかもしれないわ。
「分からないさ。俺を狙うにしてはやり方が回りくどい」
まあ、確かにね…。
ライドさんを狙うためにビーストを準備する、なんて…。ぶっちゃけ、準備の方が大変よね。
「まあ、じゃあ、それは置いておいて。どうする?」
「5頭は、発信器をつけて追い払うにしても多い」
「そうだな。…あいつを呼んでおくか」
あいつ…?
「いいんじゃない。どの道、コロニーを見つけた後は僕たちだけじゃ対応出来ないだろうし」
「間に合うのか? 今、どこにいるんだ?」
「昨日確認したときはポタモス地域にいると言っていた。ギリギリだな」
そう言いながら魔法石を操作して、「あいつ」に連絡を取っている。
スピーカー機能で電話をするように、相手の声も聞こえるようになっていたわ。
呼びかけに応えたそのひとに、ライドさんはざっくりと明日の作戦を説明したの。
「分かった。だが、追跡するのに5頭もいらねぇだろ。その内2頭をウチにくれねぇか?」
一頭は最近結婚したハンターさんへのご祝儀。もう一頭は明日協力してくれるハンターさんたちと分けるんですって。
ライドさんが了承すると、そのひとは必ず駆けつけると約束してくれたわ。
そうして、ビーストを追い払うのを手伝ってくれるって。
そうなの。昨夜ライドさんが「あいつ」と言った、そのひとこそ今目の前にいる、リアム・ペレットさんよ。
ハンター協会の代表なんですって。




