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「どういうことだ?」


ライドさんったら、間近から私の顔を覗き込むのよ。

近いですってば。

ライドさんはハンサムさんだから良いですけれど、私はあんまり近くから見られたくないですー。


お尻でずりずり後ずさってしまったわ。


「何日か前にもみんなで話したでしょう? 人為的にビーストのコロニーを作るとしたら、その目的は何かって」

「ああ」

「何か、分かったのか」

頷くライドさんと鋭い視線を向けてくるセスさん。

ジェリーさんも整えた書類を封筒に入れながら私を見たわ。


「分かった、というわけではないんです。でも、ビーストが増えて、その被害も増えた。ハンターさんの需要は高くなったけれど、ハンターさんのビースト退治の成功率は高くない。結果、実際に今、どうなったか」


少し冷めたホットミルクを一口飲んで、私は続けた。


「王宮に対して不信感を抱く人が増えました」


3人の目が一瞬にして険しくなったわ。

セスさんは、もともと眼光鋭い感じだけれど。


ビーストの脅威、その不安は、言い換えれば王宮の対応に対する不満だわ。


それを明確に表したのは領主のチャーチさん。陳情書まで送っているけれど、善後策が講じられないことでその声が中央に届いているのかすら不審に思っている様子だったわ。

でも、それはチャーチさんだけじゃない。

ビーストの被害が増えていて心配だ、と占いに来るひとの殆どがそう口にしていたのだもの。


その裏には、王宮がきちんとビーストの退治、制御、管理を行えていないことに対する非難の思いが隠れている。


王様が統治するこの国で、表立って王宮への不服を口に出すことはご法度なのでしょうね。


「王宮とハンター協会との不和、というのはビーストに対する恐怖を増長させるでしょう。つまり…」

「王宮に対する不信感も増す」

そうなわけよ。


それは、王宮に対する不信感を煽るために、流された噂なんじゃないかってこと。

噂には尾鰭がつく。勝手にひとり歩きする。真実かどうかなんて関係ない。もしかしたらと思わせることができれば、それで十分。


「だけど、それこそ何のために?」

ジェリーさんが猫のような目を吊り上げた。


何のため?


「王宮の権威を失墜させて得をするひとがいるってことですかね?」

それが誰かは、私には分からないけれど。

…私には、分からない?

「………………」


3人が鋭く視線を交わすのを、見ないフリしてミルクを飲み干す。

かろうじて、ほんのりあったかい。


ライドさんたちには心当たりがあるのかもしれないわ。

だってライドさんは、…王子様だもの。


おやすみなさいを言って、カップを洗ってから自室に戻る。

きっと3人で話したいことがあると思うから。



ブラッドリー・ロチェスター第二王子。髪の色も瞳の色も違うけれどライドさんがブラッドリー王子その人であることは間違い無いわ。


このネックレスは王子様のお墨付きであることを表しているのではないかしら。

だから、物珍しげなお客さんがたくさん来るのよ。

そして、大っぴらには言えない不満を訴えていく。

地方の民の声が、私を通して王子様に届くことを願って。


王宮に仇なす者。

そんなひとがいるかどうかすら私には知りようが無い、と思ったけれど。

…思い出したの。

ライドさんがブラッドリー王子として私の前に現れたとき、その未来を脅かすように視えた髪の長いすらりとした軍服の後ろ姿。


それに、あのとき。

スクイレルの街で泥棒を捕まえたあのとき。

捕らえた彼らの未来に視た、長い髪を束ねたひと。

なんとなく、どこかで視たひとのような気がしたのよ。


ビーストの密輸に関わっていそうなあのひとは、ブラッドリー王子の未来に視たひとと、同じひとだったのではないだろうか。


あれは一体、誰なのかしら。



翌日、領主のチャーチさんに会いに行ったの。

この街のひと達はビーストの恐ろしさをよく知っていて警戒を怠らない。

一般のひとがビーストに遭遇する機会はほぼ無いと考えられるわ。


占いに来るひとたちだけを視ていても、ビーストの情報は得られそうもないの。


そこで、領主のチャーチさんにお願いして自警団の方たちに会わせてもらうことにしたのよ。

彼らならビーストに遭遇する可能性があるもの。


自警団は組を分けて日替わりで見回りをするんですって。

出発前を狙って、日参したわ。

応援ってことで手土産はチョコレートバーよ。

見回りをしながら、小腹が減ったら食べられるようにね。


そうして3日目。自警団は皆男性で、その日の担当は8人。4人ずつに分かれて違う場所をチェックするそうなの。

その内のひとりが私とそう歳の変わらない男の子で、彼がビーストの形跡を見つけることが分かった。

私たちは、彼のグループについて行くことにしたの。


「わあ、ヘビイチゴがたくさん」

チェックするのは山とひとの生活域との境になるあたり。背の高い柵がビーストの侵入を防ぐように立てられていて、有刺鉄線を思わせるトゲトゲしたものが張り巡らされている。

その柵に沿って続く、畦道のような通りに小さな赤い実がたくさん実っていたの。


「美味しくないよ」

チャズ・テイトというその少年は年齢の割に大人っぽい口調で言ったわ。

「そうなのよね。見た目は可愛らしいのに、残念よね」

小さい頃に食べたことあるわ。

ほんの微かに甘いけれど、食感が良くないし、総じて「美味しくない」のよ。


チャズはくすりと笑って手を差し出した。

その目は「食べたことがあるんだね」と言っているようだったわ。

「そこ、足元気をつけて」

「ありがとう」


この世界の男性って若くても紳士だわー。

こう、躊躇いなく手を取ってくれるって、元の世界ではあんまりなかったもの。


女性の私が、自警団の見回りについて来るのは非常識って自覚、あるのよ。でも、そんな私にも紳士的に接してくれるの。


親切には報いたいわ。

ビーストの手がかり、見つけられるといいけれど。



自警団の皆さんは細かく様々な場所をチェックしていく。ライドさんも年配の方と話をしながらビーストの痕跡を探してるわ。


1時間ほど歩いた頃、チャズが足を止めた。

「アーサーさん! あれ!!」

指差した先、大きな木の幹に引っ掻いたような傷があった。

皮が剥がれている箇所もあるわ。


うん。ここまでは予知の力で視た通り。

アーサーさん、と呼ばれたのはライドさんと話していた年配のひとよ。

すぐにやって来て、チャズと一緒に確認を始めたわ。


「間違いない。ビーストのマーキングの跡だ」


アーサーさんが睨みつけるように幹の傷を見て言った。


マーキングをした、ということは、ビーストにとってここは縄張りの一部。

きっとまた来るわ。縄張りをパトロールするのは動物の習性だもの。


「どうだ?」

ライドさんがすぐ側に来てそっと尋ねる。

私は頷いた。

「来るわ。明日の夜。それも、一頭じゃない。二頭いる」

二頭いる、ということは、コロニーに属している可能性が高いわ。

コロニーに属さないビーストは、単独行動が基本だもの。


コロニーを探し始めてひと月以上。やっと、もしかしたら手がかりになるかも知れないビーストを見つけられたかもしれないわ。


私はライドさんと視線を合わせて頷き合った。

だけど、コトは決して簡単には運ばない。


翌日の夜、ビーストがやってくるより前にその場所に来て、ビーストがパトロールのために姿を現すのを待つつもりでいたの。


「待って!」

ひそめた声で、前を歩くライドさんを引き留めた。

セスさんやジェリーさんの表情にも緊張が走る。


チャズが見つけた、マーキング跡のある、大きな木がある場所はもっと奥よ。

そして、()()()()()()未来では、ビーストが現れるのはもう少し遅い時間だった。


だけど今。


「いるわ」


さわさわと柔らかな風が吹く。そこかしこに聞こえる葉擦れの音、その中に、地を這うような低い唸り声が混じってる。


二頭じゃない。もっと、いる。

ビーストはすでにそこにいて、茂みにその身を隠していたわ。


まるで、私たちを待ち構えるように。


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