噂
「最近はビーストの被害が多いでしょう? 恐ろしくて人気の無いところは歩けやしない。少しでも不吉なことがあると何かの前兆じゃないかと思ってしまうわ。それで、私の夢はどうかしら?」
50代くらいのその女性は大袈裟にため息をついてから私を見た。
彼女の夢は切っても切っても翌日には爪が10センチも伸びてまた切る、という夢。
うーん。夢の内容はともかく、このひとにビーストの影はないな。
シュエットの街からアリオールの街に移動して3日。
この街はシュエットの街よりも外側、つまりビーストの生息地域寄りに位置するの。
そのせいか、ビーストに対する不安を口にするひとが多いわ。
「いつも気をつけていらっしゃるんですね。大丈夫。その夢はビーストに関する悪い予兆ではありません」
私は月のカード、次に正義のカードを指差した。
「月が満ちたり欠けたりするように、今は不安に支配されがちですが、これまで通り慎重な行動を心がければ危険が近づくことはないでしょう。と言っても、ここ数日のことですので、大きな変化があったらまたご相談くださいね」
にっこり。
笑いかけると女性は少しほっとしたよう。
「そう、良かった。王様はちゃんとハンターにビーストを狩るよう命令を出してくれたけれど、失敗するハンターも増えているというしねぇ。王様のすることに間違いはないだろうけれど、やっぱり心配でねぇ」
失敗する? ビーストの退治に失敗するハンターが増えているってこと?
「王宮では、地方の民のことをどのようにお考えなのでしょうか」
座るなりそう言ったのは、いかにも働き盛りという感じの壮年の男性よ。
「もはやハンターにはビーストを抑えることは難しくなっています。その現状を正しくご理解いただけているのか。陳情書は送っているのですが返答は無く、読んで頂けているのかすら分からない。我が領土は自警団を組織して独自に対策を行っていますが、十分ではありません。なんとか、この窮状を打開すべく方策を講じて頂きたいのです」
「………………」
ヤバい。愛想笑いが引きつっちゃう。
この男性はこの地方の領主さんで、お名前はケント・チャーチさん。
ええっと、お話の内容はビースト対策についての王宮の対応への不満…もしくは希望、かしら。
なんて言うかこう、もっと愚痴っぽく言われるなら世間話のひとつなんだけれど、このひと、ガチよね。
これって、占い師に訴えるようなことなのかしら。
私、王様に奏上申し上げる機会なんて無いし、よしんばあったとしてもよ? 聞き入れてもらえるわけが無いわよ。
だって、ただの占い師だし。なんの権力も無いもの。
ねぇ?
どうして、私に言うのかしら。
困ったな。
こういう相談は想定外よ。
「正しい手順で申請していれば審議の上、その結果必要と判断されれば意見は王宮に届きます。その点は心配ありませんよ」
助け舟を出してくれたライドさんは、そう言って紅茶をチャーチさんに出した。
執事さん風の衣装は、今日もとても良く似合っているわ。
「ですが、ハンター協会と王宮との不和の噂も聞きますし、このままビースト退治が進まないのでは、と危惧する者もおります」
危惧する者も、ね。それってご自身のことなんじゃないかしら。
「そういったことはありませんよ。根も葉もない噂を信じては、それこそ領民が不安になるでしょう。ハンター協会と王宮は一枚岩とは言いませんが連携は取れています。これまで通り、ビーストの足跡やマーキングの跡などを発見した場合は速やかに通報してください。そういったものがないか、自警団を組織して警戒にあたる、というのはとても良い案だと思いますよ」
説得力のあるライドさんの言葉に、チャーチさんは何度も頷いていたわ。
頷きながら自分を納得させたみたい。
来たときは焦りが見えたけれど、帰るときは落ち着いた様子だったわ。
それは良かったのだけれど。
占って欲しいという感じじゃなかったなぁ。
実際、占いの話は出なかったしね。
今日は私が食事当番。
今夜はラーメンと餃子よ!
帰り道で生麺と焼くだけの餃子が売っているのを見つけたの。
ラーメンなんて久しぶり。
ラーメン丼も買ってきちゃったわ。
キャベツやもやしや玉ねぎをたっぷり茹でて、麺に付属のスープを茹で汁で割って、と。
フライパンいっぱいに並べた餃子もいい感じに焼き上がった。よし。
麺は茹で時間短めにしよう。ほら、私、手際が悪いしね。盛り付けてる間にのびちゃいそうだもの。
よおし!
「出来ました〜」
リビングに声をかけて、早速みんなで食べ始める。
うん。まあまあね。お店の味、とはいかないけれど、家庭の味としてはまあまあじゃない? 美味しいわ。
「ヨツバが当番のときって麺料理が多いよね。それか、丼物」
ジェリーさんが呟く。
だって、献立考えるの大変なのだもの。
クリームシチューがご飯のおかずにならない人もいるでしょ?
そういうの考え始めると決められなくなっちゃうのよね。
冬だったら、私が当番の日は鍋料理になると思うわ。
「元の世界で馴染みのあるメニューなんだろう。俺は、毎回楽しみだよ」
ライドさんはそう言って微笑んだ。
ありがとう、ライドさん。ライドさんは素敵よ。たとえ持っているのがラーメン丼でも。
「のびるぞ」
は!
セスさんの声に我に返った。
そうよ、のびちゃう。もう、おちおち見惚れてもいられないわ。
夕食後のリラックスタイム。
リビングでホットミルクを飲むのが習慣になったわ。
みんなも、それぞれ思い思いに過ごしている。
だいたい、ジェリーさんは何かの書類を読んでいて、ライドさんはその書類に何かを書いていて、セスさんは腕立て伏せか腹筋をしていることが多い。
私はぼーっとソファの上で膝を抱えて、今夜は腕立て伏せをしているセスさんの筋肉を眺めながら考えていたの。
「何を考えているんだ?」
「ビーストのことよ、って。あら? ライドさん、書類仕事はもういいんですか?」
「ああ。後はジェリーに任せる」
ジェリーさんを見ると、ライドさんが記載した内容を確認しているみたい。
手伝えるわけじゃないし、何の書類か、とかは聞かないけれど、ただビーストを退治していればいいってことではないみたいで、大人って大変ね。
「この街に来てから、ビーストの被害が増えてるって話をよく聞くんです。今日は、ビースト退治に失敗するハンターさんも増えてるってお客さんが話していて」
「そりゃあねー、ビースト退治案件自体が増えてるから相対的に失敗する件数も増えるよねー」
トントンと書類を揃えながらジェリーさんが言うの。
「相対的に…。ということは成功している件数も増えているってことですよね?」
「増えてはいるだろうが、そもそもビースト退治は成功率が高くない」
セスさんは腕立て伏せを終えてストレッチをしている。
その言葉に驚いたわ。
成功率が高くない?
「でも、ライドさんたちがビースト退治に失敗しているところなんて見たことがありません」
いつも、あっという間に倒しているじゃない?
「それはヨツバがいるからだ」
「私?」
ライドさんに言われて首を傾げる。
「ビーストが出現する場所とタイミングを正確に言い当てるだろう? だから俺たちは失敗せずにビーストを倒せる」
「君に会う前は、僕たちもよく失敗してたよ」
「そうなんですか?」
「…逃げられることはあった。怪我も多かった」
「そうだな。今は怪我をすることもほとんど無い」
凛々しい微笑みに胸が高鳴る。
「私、役に立ててます?」
「もちろん」
嬉しい!
即答してもらってにやけちゃうわ。
へらへら笑っていたけど、ふと、領主さんの話を思い出したの。
「どうした?」
わぉ。ライドさんったら近いわ。いつの間にこんなに近くに座っていたの?
「ええっと、ハンター協会と王宮との不和の噂なんですけれど」
「ああ…。困ったものだな。何故そんな噂が出たのか」
「なぁに? そんな噂があるのー?」
ジェリーさんが顔をしかめる。
「今日、領主がそう言っていたんだ。その噂がどうしたんだ?」
「誰かが故意に噂を流した、ということは考えられませんか?」
根も葉もない、とライドさんは言っていたわ。でも、火のないところに煙は立たないと言うし。
何もないところに煙が立ったのなら、それは誰かが火を起こした、ということなのではないかしら。




