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真夜中のお茶会

音の出元は廊下にいたセスさんとジェリーさんだったわ。

セスさんもジェリーさんもなんだか不満そうな表情なの。


「ごめんなさい。うるさかったですよね?」

話し声って耳につくものね。

寝るのを邪魔してしまったかも。

急いで謝ったらセスさんは首を横に振った。


「いや。喉が渇いたから来ただけだ」

「僕もー」

2人はそう言うの。

「じゃあ、お茶、入れますね。座っていて下さい」

「ああ、頼む。悪いな」


ちゃんとお湯を沸かそうかな。

湯沸かし器にヤカンをセットしてお湯が沸くのを待つ間にカップの準備をする。

テーブルからはため息が聞こえてきたわ。


「振られてやんの」

「うるさい。振られてない」

「でもはぐらかされた。家族なんて曖昧な言い方するからだ」

「曖昧か?」

「自分の歳、自覚しなよ。お父さんみたいって言われなくて良かったね」

「そんなに離れてないだろ」

「だが、家族に当てはめると兄のポジションなんだろう。信頼されすぎるのも考えものだな」

「…どうしろと」

「ちょっと、凹んでないで頑張ってよ」

「そうだ。きっちり射止めてくれ」


………聞こえていますよ。話の趣旨はまるで分からないけど。

4人分のお茶をいれてみんなに配る。

さながら、真夜中のお茶会ね。


「ヨツバは兄がいるのか?」

セスさんに聞かれて頷いた。

「はい。竜葵りゅうきという名の兄がいます」

「リューキ?」

「リュウキ、です。イヌホオズキという植物を生薬にしたときの呼び名なんですよ。疲労回復効果のある薬なんです」

へえ、とジェリーさんが目を細めたわ。

「君の名前にも意味があるの?」

「私の名前は、シロツメクサの葉っぱのことです。普通は三つ葉だけど時々四つ葉のものがあって、私の世界では幸運の象徴とも言われていて人気のある植物なんですよ」

「シロツメクサは知っているが、葉が四つあるものは見たことがないな」

ライドさんがそう言って少し首を傾げたわ。どうやらジェリーさんもセスさんも同じみたい。

この世界には三つ葉はあるけど四つ葉は無いのかしら?


「そうですか? 成長点が傷つくことで葉が四つになるらしいですよ。私の世界では意図的に作って売られたりもしていましたけれど、やっぱり原っぱで自分で見つけてこそラッキーって感じですよね」

子供の頃よく探したわ。見つけると、何か良いことありそうな気がして嬉しかった。


「そうか」

そう言ってライドさんは微笑んだわ。

そして、ジェリーさんとセスさんは、なんていうか、何か言いたげな瞳で見ているの。

「あの…?」

ほんの少し、迷うように視線を彷徨わせてからジェリーさんは言ったわ。

「ヨツバは、元の世界のこと、どう思ってる?」

うん?

「どう、とは?」

「こんなことを聞くのは酷かもしれないけれど、やっぱり、帰りたい?」

「……………」

「マヨイビトの中には、元の世界に帰りたくないっていうひとも少なくないんだ。家族に恵まれていなかったり、紛争で危険だったりして、ね。ヨツバは元の世界に帰る手段が無いってライドが説明したときにすごく冷静だったから、もしかしてと思ったんだけれど?」


目からウロコ。

帰りたくないっていうひとがいるのか。

…そうね。異世界から来たひとに対して、フォローする体制がすごくしっかりしているみたいだものね。

私はマヨイビトだってことを隠していたからそのフォローを受けなかったけれど、元の世界で生活に苦労していたり、平和じゃなかったりしたら、こちらで生きていきたいと思うかもしれないわ。


「そんなこと思いもしなかったって表情(かお)だね。ごめん」

ジェリーさんは目を伏せた。


帰りたいに決まってる。私はそうだけれど、そうじゃないひとがいる。

私がどっちなのかはみんなには分からないのだし、きっと、今まで気を使ってくれていたのね。


だから、元の世界や家族のこと、あんまり聞かれなかったんだわ。

帰れない場所や会えないひと達のことに、不用意に触れないように。


帰る方法が無いのに「帰りたいか」って聞かれるのキツいわよね。「酷」ってそういうことだわ。

…でも、聞く方だってきっと辛い。


だけど、「帰りたいか」って聞かれて言葉に詰まったのは、「だって、帰れないじゃない!」って憤ったからじゃない…。


「…私、知ってたんです。サーディンの街でお世話になったカフェのおじさんからマヨイビトについて教えてもらったときに、元の世界に戻ることは難しいって聞いていましたから。だから、ライドさんからそのことを聞いたときは、やっぱりそうなんだなって思いました。でも…。さっき、ライドさんにも話したんですけれど、私なら元の世界に帰れるんじゃないかって思っていたので、ちょっと暢気に構えていたんですよね」


帰れない、ということが、それほど切実ではなかった。


「思って()()?」

セスさんの問いかけに、私は小さく笑った。

「思って、いました。でも、やっぱり無理っぽいなって、ここ数日思い始めていたんです」

「だから、元気がなかったのか」


そうなの。暢気に「私なら平気」「きっと大丈夫」なんて思っていた。いいえ、不安はあったわ。でもその不安からは目を逸らした。けれど、複雑で巨大な自然現象は私如きの予知能力じゃ太刀打ち出来そうもない。

それが分かってきちゃったから、少し落ち込んでる。

というか、途方に暮れちゃってて。

それが、ライドさんたちには「元気がない」ように見えたのね。


「元の世界よりもこちらの世界の方がいい、と思うマヨイビトの方が気持ちは楽かもしれないが、俺は、ヨツバが、帰りたいと思う故郷を持っていることを良かったと思うよ」

ライドさんは優しく微笑む。

「暖かい家庭で愛されて育ったのだろうことを良かったと思う。家族のもとに帰れない辛さは大きいだろうが、それでも、思い出は財産だからな。それに、ヨツバが言ってくれただろう? 嫌なこともみんなで分ければ少しはマシになると。ヨツバもひとりで抱え込むな。辛いことも悲しいことも寂しいこともなんでも話せ。みんなで分ければきっと楽になれる。言葉にできなければ、ただ一緒にいるだけでもいい。こうしてみんなでお茶を飲んで、他愛のない話をするのは、煩わしく感じる時もあるかもしれないが、話しているうちに気が晴れたりするものだ。家族っていうのはそういうものだろう」


そうだよー、ってジェリーさんも言ったわ。

「出来ることはしてあげるよ。だから、何か困ったら、取り敢えず言ってみてよ」

助けてあげられるとは限らないけど、なんてわざと意地悪く笑うのよ。


「そうだ。夜にこうして茶を飲むのも悪くない」

セスさんがそう言ってお茶に口をつける。

それは、夜でもお茶に誘っていいってこと?

遠慮なく声をかけちゃうわよ?

セスさんはただ静かに見つめてくれる。


「もちろん、楽しかったことや嬉しかったことも話してくれ。もし、嫌じゃなかったら、いつか、家族のことや元の世界の思い出も聞かせてほしい」

ライドさんが甘やかに囁く。


みんな本当に優しいの。

少し塞ぎ込んでいただけで、こんなに心配してくれる。

私、恵まれているわよね。

「正直に言うと、まだ実感がないんです。本当に絶対に帰れないのかしら、ってまだ思ってる」


そっとカップの中の紅茶を揺らすと、琥珀色の液体が小さな波を立てる。

カップの中の波はすぐに収まるけれど、胸の中をざわめかせる波はなかなか鎮まりそうもない。


「漠然と、不安なんです。ライドさんたちにとっては、私が「帰れない」ことは確定してることなんでしょう? でも、私はまだ、帰ることを諦められていない」

だけどね、曇った鏡を見るように自分の気持ちがはっきりとしないの。

私、本当に帰りたいのかしら…。

逆に、私は、この世界で一生を過ごす覚悟が出来る?


「ヨツバ。俺たちはヨツバを元の世界に帰してあげることは出来ないけれど、それはヨツバが絶対に元の世界に帰れない、ということとは違う。無責任に期待を持たせるようなことは言えないが、ヨツバが元の世界に帰る希望を捨てたくないのなら、無理やり捨てる必要はないんだ」

「ライドさん…」

穏やかな声に、心のさざなみが少しずつ凪いでいく。

お前はもう元の世界に帰れないぞ、って指を突きつけられているようで怖かった。でも。

たとえそうだとしても、それが事実だとしても、希望は持っていてもいい?


そう思って見上げたら、

「だけどヨツバ。俺はヨツバにこの世界にいて欲しいから、元の世界よりもこの世界いたいと、思わせて見せるよ」

そう言って、悪戯っぽくウインクするのよ。


本当に、なんて優しいのかしら!

「出来るかしら?」

ちょっぴり高飛車にそう言ったら、

「まかせろ」

って、自信満々に胸を張るの。


それからその晩は夜通しいろんな話をしたわ。

この世界のお祭りの話、ビースト退治の話、子供の頃の遊び方とか好きなメニューとか、くだらないこともたくさん。


そうしていつの間にかもやもやと気持ちを塞いでいたものは消えていたの。


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