見つめる現実
今日も占いのお仕事を終えて、街をうろうろと歩き回った。
占いは相変わらずそれなりの人数のお客さんが来てくれる。
心配ごとや悩みごとやときには愚痴を聞いて、分かる範囲の可能なアドバイスをして。
「助かった」ってわざわざ別の日にお礼を言いに来てくれるひともいるの。
良かった、と思うわ。
やり甲斐を感じられる。モチベーションも上がる。
あれから4日経って、その間に来たお客さんで、ビーストに遭遇するひとはひとりだけだった。そのビーストも無事に退治できたわ。
私、きっと、役に立てている。
未来を知ることのできるこの力で、誰かを助けることが出来たらって、ずっと思っていたわ。
元の世界ではほぼ全く出来なかったことが、この世界では出来る。たとえ、助けられるのは関わることのできたほんの僅かな人たちであったとしても。
それは私がずっと望んでいたこと。
なのに、なんとなく気持ちが晴れない。
今日ね、ウエンディさんが来てくれたの。
「三日三晩泣き続けて、やっと諦めがつきました」
そう言ったウエンディさんの瞳にはまだ涙が浮かんでいたわ。
その後の警察の捜査で、マイクが魔法石を工場から持ち出していたことは間違いないことが分かっているの。
マイクはウエンディさんが信じていたような「良い人」ではなかったけれど、でも、マイクのウエンディさんへの気持ちは本物だったかもしれない。
「ずっと、エリックが側にいてくれました。彼の気持ちを知っていて、利用しているようで後ろめたい気持ちもありますが、喪失感で打ちのめされそうな時間を乗り越えられたのは「愛してくれる人がいる」という安心感があったからです。だって、マイクは私を愛してはいなかったかもしれないでしょう?」
ウエンディさんは紅茶をそっと飲み、ため息をつく。
「騙されたんだって言う人がいるんです。魔法石を持ち出しやすいように、マイクは私を騙したんだって。そうかも知れないし、そうじゃないかも知れません。もう、彼の本心を知ることはできないし、だったら、どちらで考えても良いんじゃないかって思ったんです。本当は、私は騙されていたんだと考えた方が楽なんじゃないかと思ったりもするんです。でも、エリックが、私が魅力的だから、マイクも心惹かれたに違いないと言ってくれます」
ウエンディさんはそっと目元を拭う。
「私、お役に立てなくて…」
ずっと気になっていたの。
私、結局ウエンディさんの役に立ってないわ。マイクを見つけることは出来たけれど、結果は…。
「とんでもない。私、ヨツバさんとお話できて良かったと思ってます。そうでなかったら、私、たったひとりでロイスというひとを見つけていたかも知れないでしょう?」
恐ろしいわ、とウエンディさんは眉を寄せた。
「それに、エリックのことも。あのひと、不吉な夢を見て、私への告白を迷っていたのでしょう? ヨツバさんが助言してくれたから告白してくれたんですわ。マイクがあんなことになって、すぐにエリックに気持ちを移すというわけではありませんけれど、今エリックは私の支えなんです。ずるいですよね。でもいずれ、エリックの気持ちに応えることが出来るんじゃないかと思っているんです」
そう言って、ウエンディさんはふふっと笑ったわ。
「ヨツバさんには不思議とずるい考えも話せてしまうわ。話せて、すっきりしました。これ、良かったら貰って頂けませんか? ウチの新作です」
それは手のひらに乗るサイズの円盤みたいな形のもの。何かしら?
「スイッチを入れるとお部屋の埃を吸い取ってくれる、極小クリーナーです。是非、使ってくださいね」
ウエンディさんは来たときとは違う、少し晴れやかな笑顔を見せてくれた。
その夜。
眠れなくて、そっとキッチンに行った。
お腹が空いたわけじゃないわよ?
寝付けないときはホットミルクが良いって聞いたような気がしたから、試しに飲んでみようかなって思ったの。
みんなを起こさないように気をつけながら、ミルクをカップに注いでレンジ的なもので温める。
あちち。
ちょっと熱くなりすぎちゃったかな?
はあ。分かってるの。
眠れないのは不安だからよ。
だからね、そろそろ、ちゃんと現実を見た方がいいと思うの。
私、元の世界に戻れないんじゃないかしら?
散歩と称して、毎日街を歩き回って、考えたわ。
この世界は広くて、私の力ではとても全てを見通せない。見ることのできる未来はほんの2、3日先までで、例えば、その日見た場所が帰れる場所だったとしても、それが1週間後だったら分からないわ。
それに、たとえ時空の歪みがこの世界と別の世界を繋ぐ未来が見えたとしても、その世界が元の世界であるかは分からないし。
そうよ。私が生きている間に元の世界と繋がることが、無いという可能性だってあるわ。
もしそうだったら、この世界全てのずっと先の未来を知ることが出来たところで、元の世界に戻ることなんて出来ない。
「………………」
ことりと音がして、顔を上げるとキッチンの入り口にライドさんが立っていた。
「ライドさん。ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」
「いや。眠れないのか?」
「いえ、えーと。…はい」
ライドさんは自分でもお茶を入れて、ダイニングテーブルの隣に座ったの。
…こういうとき、向かいに座らない、普通?
いつもの定位置は隣ですけれどもさ。
「何か、気になることでも?」
ライドさんは優しく囁くように言った。
近いわー。なんか、ライドさんが側にいるとほっとするな。優しいんだもの、ライドさん。
「ここのところ、元気がないだろう? 気になっていた」
元気ないかな?
そんなに落ち込んでいるつもりはないのだけれど。
「実は…。私、自分の力があれば、元の世界に帰れるんじゃないかと思ってたんです。時空が歪んで異世界へと繋がる場所、時間、それが占いで分かれば、って。でも、自信が無くなってきました」
「そうか」
ライドさんは穏やかに相槌をうつ。
「この世界はいい世界だと思います。別の世界から来た私でもちゃんと生きていける。みんな親切で、ライドさんのおかげでお金も稼げているし、共同生活しながら必要なことも教えてくれる。私きっと、ビーストのことが解決した頃にはひとりで生活できるようになっていると思うんです」
多分、そう出来るようにライドさんたちがしてくれているんだって、そんな気がする。
「それにこの世界では、元の世界では出来なかったことが出来ます。それは嬉しいしありがたいことです。でも、この世界は私の世界じゃない。家族も友達もいないし、思い出もない。ひとりでも、生きてはいけるだろうけれど、きっと寂しい。親元を離れて暮らすひとはたくさんいるし、大人になれば自立した生活を送るものだとも思うけれど、全く会えないのとは違う。私は元気で暮らしているけれど、それを伝えることも出来ないし」
心配、しているんじゃないかしら…。
ひとりでご飯を食べたり買い物したりするの、平気よ。
だけど、毎食、毎回ってなったらやっぱり寂しいと思うの。ひとりじゃ何にも出来ないほど弱くはないつもりだけれど、ひとりで何でも出来るほど強くもないことは自覚してる。
ライドさんの大きな手がそっと私の頬に触れた。
「ヨツバ。ひとりだなんて、悲しいことを言うな。家族も友達も思い出だって作ることが出来る。俺が、寂しい思いなんてさせない。側にいるし、家族にもなる」
「家族、に…?」
どういう意味?
家族。…だめよ、四葉。過度な期待は良くないわ。
ライドさんは、優しいひとだもの。私がひとりぼっちを嘆いたから、慰めてくれているのよ。
お嫁さんにしてくれる、とか考えちゃだめ。
だってライドさんは…。
近づいてくる優しい瞳は笑みを含んでいて妖しく魅入られてしまいそう。
私は慌てて目を逸らし、姿勢を正して改めて微笑み返した。
「ありがとうございます。ライドさんはいつも優しくて、兄みたいだなって度々思っていたんです」
ライドさんはぴたりと動きを止めたわ。
「…うん? お兄さん…?」
「はい。少し歳が離れているので、一緒に遊んだりはしませんでしたけれど喧嘩もしたことがないんです。意地悪なことは言うんですけれど、でも、いつもちゃんと見守ってくれました。ライドさんは見た目は全く似てないですけれど、その見守ってくれる感じが兄を思い起こさせて、失礼ながら勝手にお兄ちゃんみたいだなって」
「…そう?」
首を傾げるライドさんは心なしか肩を落としているように見えたわ。
やっぱり、失礼だったかしら?
そのとき、廊下の方からガタッて音がしたの。
あら? 何の音かしら。




