疑問
そのひとの名前はウエンディ・ソールさん。
髪をゆるくアップにした二十代後半の女性よ。可愛らしいけれど、話すとちゃきちゃきしてるの。
決して小柄なひとではないけれど、仕草が小動物を思わせるわ。
「エリックからあなたのことを聞いたの。とても良く当たるって評判なんだって言っていたわ。エリックが私のことを話したでしょう? 告白はうまくいかないっていうのが占いの結果だったのに、喜ばれるから気持ちは伝えれば良いって面白いアドバイスだなって」
コロコロと楽しそうにウエンディさんは笑うわ。
明るくてさっぱりとした性格なのかしら。…だといいな。
「面白い、ですか?」
その面白いは、「変」という意味よね?
そんなことはないと思うのだけれど。ない、わよね?
「ええ。振られると分かっている告白を止めないなんて少し変わっているわ。でも、的確だったわ」
「……………」
…変だったらしいわ、私のアドバイス。
お話、長くなりそうよね?
と思っていたら、ライドさんが紅茶とマドレーヌを運んでくれたのよ。それも、白シャツにクロスタイを着けた、まるで執事さんみたいな格好で。
執事さんとしては、ちょっと、体格が良すぎる気もするけれど…。
いつの間に着替えたのかしら。
恭しくティーカップをテーブルに置く様子は堂にいっていて素敵なの。見惚れてしまうわ。
ウエンディさんもライドさんをうっとり見つめていたわよ。
ほう、と息をついて、
「素敵なひとですね」
って呟いてた。
そうなのよ。素敵なのよ。
うんうんと頷きながら紅茶をすする。
思うんだけれど、甘いお菓子と美味しい紅茶って、舌が滑らかになるわよね。
ウエンディさんはマドレーヌを一口食べて、そして言ったわ。
「私、エリックの気持ち、嬉しかったわ」
って。
エリック・セルデンさんは土砂降りの雨の夢のひと。
「エリックの家は卸売業していて、私の家は掃除機を製造しています。エリックは頭が良くて思慮深くて仕事熱心です。販路の拡大にとても貢献してくれて、市場調査をもとに新しい製品についての助言もしてくれます。両親もエリックを信頼しているし、私も彼を尊敬しています」
尊敬しているエリックさんが好きだと言ってくれたことは素直に嬉しく感じるし、誇りに思うと。
でも、それは恋愛感情ではない、ということね。
「兄のように慕ってはいます」
私、恋愛関係に疎くてよく分からないけれど、残念だなって思うわ。
エリックさんとウエンディさん、お互いに好意は持っているけれど、好意の種類がちょっと違っちゃったってことだものね?
難しいわね。
ウエンディさんははにかみながら微笑んだ。
「それに、私にはマイクがいますから」
マイク・ダイアーさんというのはウエンディさんのお家で魔法石の仕入れを担当しているひとなんですって。
この国では魔法石はとても厳しく管理されているわ。
退治されたビーストが解体業者に届けられるところから、取り出された魔法石の種類や数はもちろん、そこから魔法石製品を加工・製造する工場への仕入れもすべて王宮が認めた業者さんが行っているそうなの。
逆にいうと、王宮の認可のない業者さんは魔法石製品も、魔法石そのものも取り扱うことが出来ないのよ。
イメージ的には危険物や劇物の取り扱いに資格が必要なのと同じ感じかしらね。
そのマイクさんは3年前からウエンディさんのお家で働いているそうよ。
「ハンサムなのよ」
ふふふ、とウエンディさんは笑ったわ。
なんていうか、ちょっと自慢気ね。
お付き合いを始めたのは半年ほど前から。でもそのことはご家族や周りの方には内緒にしているのですって。
ただ、とウエンディさんの表情が少し曇ったの。
「ここ数日、マイクと連絡が取れないんです」
お仕事も無断欠勤しているのですって。
「それは、心配、ですね…」
私は、目の前が暗くなるのを感じたわ。
だって、見えてしまったのだもの。血に塗れた、凄惨な光景が。
「それで、マイクの居場所が占いで分からないか、と。…あの、大丈夫ですか? 顔色が」
「ヨツバ? どうした?!」
様子がおかしいことに気づいて、ライドさんがバックヤードから来てくれたわ。
「ライドさんっ…!」
私は震える指でライドさんにしがみついた。
その場所はウエンディさんのお家の工場の裏手に流れる大きな川の広い川原。
小石と雑草が覆う川原にはヤマモモの木が自生していて、ウエンディさんはそのヤマモモを時々摘みに行く。
本来ならウエンディさんは明日の朝行くはずだった。
その川原に、私たちはすぐに向かったわ。
セスさんとジェリーさんに連絡して途中で落ち合って、ウエンディさんに「いつも行く場所」に案内してもらった。
私はウエンディさんの未来を見たから、「川原の今」の様子は行ってみないと分からない。
もしかしたら間に合うかもしれないと思ったけれど…。
小石が赤く染まっているのが少し先に見えると、
「2人はここで待っていろ」
ライドさんが険しい顔をしてそう言ったわ。
遠目にも分かる。
ビーストに襲われたのだろうということが。
「マイクなの…?」
ウエンディさんの声は震えていた。
「それは、分かりません…。男性だとは思いますけれど」
しゃがみ込んでしまったウエンディさんの横に私も座った。
ライドさんたちが連絡したのだろう。やがて、警察官がやって来たわ。
警察の調べで、遺体の男性はロイス・ファースというひとだったことが分かったわ。
亡くなってから数日経っているそうよ。
あまり真っ当なお仕事はしてなかったみたい。前科があって、すぐに身元が分かったようなの。
そうして、ボロボロになった遺体の下には魔法石が落ちていたというの。
その魔法石は鑑定の結果、吸引の魔法石であることが判明したの。吸引の魔法石は掃除機を製造する際に組み込まれるもので、ウエンディさんのお家の工場から持ち出されたものだったよう。
これはちょっとした問題のようよ。
魔法石の管理、という面でね。
2日後、エリックさんに付き添われて、ウエンディさんが再びやって来たわ。
「今、工場は管理局の調査を受けています。仕入れを担当していたマイクは、魔法石を持ち出すことが可能ですが、未だに行方が分かりません」
消え入りそうな声でそう言うと、ウエンディさんはしくしくと泣き出してしまったわ。
そんなウエンディさんを、痛ましそうに見やって、エリックさんは言ったの。
「警察は、魔法石の持ち出しに関してはマイクを疑っています。彼女の父親は、マイクを信じたい様子ですが、状況的に難しくなってきました」
警察がマイク・ダイアーについて調べたところ、彼にはかなりの金額の借金があったの。
借金の返済にあてるために魔法石を盗んでいたのだろうと考えられているみたい。
「魔法石の管理は厳重、と聞きますが、盗まれていたことに気がつかないものなのでしょうか?」
仕入れの数と完成した製品の数に差が出来るでしょう?
「加工の過程で破損することがありますから仕入れの数と同じ数の製品が出来るわけではないんです」
教えてくれたのはエリックさんよ。
「なるほど」
「ただ、改めて調べてみると、マイクが入社してから、仕入れの数に対して製品にならなかった魔法石の数がかなり多く計上されていたようです。仕入れの数と製品の出荷数を細工することは不可能なので、破損したことにして持ち出したのでしょう」
「お金に困っていたのなら、相談してくれたら良かったのに…」
ウエンディさんは静かにため息をついた。
帳簿の数字が調整されていたとなると、魔法石を持ち出していたのはマイクだということは確定なのかしらね。
ウエンディさんは言ったわ。
「マイクは無事でしょうか? 魔法石を違法に売ったとなれば彼は罪を償わなければなりません。でもきちんと償えば、またやり直すことができます。私は彼を助けたい。彼の支えになりたいのです。マイクを探すのに、どうか手を貸していただけませんか?」
ウエンディさんは、恋人が借金返済のために仕方なく犯罪に手を染めたと思っているみたいよね?
でも、本当にそうなのかしら?




