野営
結局、野営になったわ。
シエロ地域のシュエットという街まではまだかなりあるんですって。無理は禁物ってことで、だいぶ手前で野営をすることになったの。
といっても、私は荷馬車の荷台で寝ていいって言われたのでありがたくお言葉に甘えることにしたわ。
男性陣がどうするのかはあえて聞かないことにした。
夕飯はね、次の街にたどり着けないことを見越して、お昼を食べた屋台で買っておいたの。
みんなそれぞれ好きなものを選んでいるわ。
ちなみに私は助六寿司。
お稲荷さんなんて久しぶり。これもきっとかつてのマヨイビトが伝えたもののひとつなんでしょうね。
このお弁当を手に取ったとき、「そういうところだよね」ってジェリーさんが呟いたわ。
まあ、指摘されたのだから、そうであろうものは選ぶなよってところかしら。
でもだって、食べたかったのだもの。
焚き火を囲んでお弁当を食べるって、なんか、キャンプみたいね。
パチパチと燃える炎を眺めながら、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみたわ。
「あのぅ、私がこの世界の人間じゃないってバレちゃったから聞くんですけど、ビーストから取れた魔法石がなんの魔法石だったかって、どうやって知るんですか?」
不思議だったの。ビーストを倒したそのときには、そのビーストの中にある魔法石がなんの魔法石か分からないのよ。
でも、分からないのは私がその方法を知らないだけで、他の人には分かるのかもしれないじゃない?
それってもしかしたらこの世界の常識かもしれないし、おいそれとは聞けない雰囲気があったのよね。
ライドさんは、ふっと笑ったわ。
「開き直ったな。そういう気持ちの強さは好ましいと思うよ」
「…そうですか? まあ、あまり繊細ではない自覚はあります」
「打たれ強いとか、逆境に強い、というのはヨツバのようなハプニングに見舞われたひとには必要な強さだろう。サツキはかなり参っているようだからな」
サツキ…。さっきも名前が出ていたわ。
「聖女さん?」
参っている…。
言いようのない不安が、瞬間的に胸の中を渦巻いた。
聖女さんはどうして…。
でも、ライドさんは小さく首を横に振って話を元に戻したのよ。
「ああ。いや、魔法石の話だったな。倒したビーストはそのまま王宮が管理している解体業者のもとに届け出る決まりになっている。解体業者以外の者が勝手に魔法石を取り出したり、皮を剥いだり肉を売ったりすることを禁じているんだ」
そういえば、魔法石やビーストに関するものの流通については全て管理されている、というような話を聞いたような?
「じゃあ、業者さんに取り出してもらうまで分からないんですね。すぐに取り出してもらえるんですか?」
「ああ。持ち込んだ者の目の前ですぐに取り出して確認する。後でトラブルになるのを避けるためにね」
「魔法石は取り出せばそれがなんの魔法石なのか、見て分かるものなんですか?」
「魔法石鑑定士、という専門家がいてね。過去に採取されたことのある魔法石ならすぐに分かる。だが、もしそれが初出のものだと調査が必要だ。持ち込み主の証明書を発行してもらい調査結果を待つことになるな」
ふうん?
今まで倒したビーストからはどんな魔法石が採れたのかしら。
ジェリーさんが小枝を火に加えながら言ったわ。
「君の協力で倒したビーストから採取された魔法石はみんな照明の魔法石だったよ。レアなものではないけれど、数が必要なものだから解体業者が喜ぶ。ひとつだけレアなものがあって、それが温泉の魔法石」
あらやだ。心の声が聞こえちゃったのかしら。
私は首を傾げて聞き返した。
「温泉の魔法石?」
ジェリーさんも探るように首を傾げたわ。
「温泉は知ってる?」
「…はい。私の世界にも温泉はありました。地中からお湯が湧き出すんですよね? 元の世界ではそのお湯を利用した入浴施設は人気でしたよ」
「お湯が、湧く…?」
ジェリーさんの眉間にシワが寄ったわ。
えぇ…? 湧かないの…?
私も眉間にシワが寄っちゃう。
「どうやら、同じ「温泉」でも少し違いがありそうだな」
ライドさんはなんだか楽しそう。
セスさんは…。さっきから私の手元をじーっと見てるわよね。
そんなに食べたいかしら。お稲荷さんと太巻き。
一個ずつ残した器をそっと差し出すと、変化の乏しい表情がほんの少し明るくなったように見えたわ。
「僕たちの世界では、温泉は温泉の魔法石で作るんだ。温泉浴場に設置して、源泉を作るんだよ。効能は魔法石によって色々だけど、知っての通り効果は永遠じゃないから切れたら交換する必要があるね」
へえ。行ってみたいわね、魔法石で作った温泉。
「バレちゃったついでに、他に聞きたいことはないのか?」
ライドさんが揶揄うように言うわ。
そうね。あるわ。あるんだけれど。
聖女さんが参ってしまっている、という話と関係するのではないかと思うのよ。
さっき、ライドさんは話すのをやめたのよね?
聞いても良いのかしら。
ライドさんは促すように微笑む。
私、思い切って聞いてみたわ。ここで聞かなかったら、聞くきっかけを作るの、難しくなる気がしたし。
「元の世界に帰る方法について、なんですけど」
ライドさんは穏やかな笑みを崩さなかったわ。
視線を逸らすこともなく、言ったの。
「ヨツバ。残念だが、我々はマヨイビトを元の世界に戻す、その手段を持たない」
ライドさんの静かな声が、ゆっくりと言葉の意味を伴って胸に届く。
「マヨイビトの原因となる時空の歪みを意図的に作ることも、自然に発生する歪みの場所や時間を予測することも、歪んだ先に繋がった異世界がどのマヨイビトの世界なのか、または全く違う世界なのかを知ることも、今の我々の技術では不可能なんだ」
やっぱり、そうか…。
ライドさんの話はサーディンの街でギレルモおじさんが話してくれた内容と一致する。
改めて具体的に聞くと、確かに難しいと思うわ。
稀にしか起こらない現象を予想する、というのは。
「預言者の方でも、分からない…?」
気になっていたのよ。王様に仕える預言者のライシャさん。マヨイビトのひとりが守護者だと預言した。そのひとなら分かるのではないかしら?
「ライシャの預言は大まかなものだ。件の守護者についても、いつどこに現れるとピンポイントで預言したわけではないからな。どこかにマヨイビトが現れるであろう、この一年ほどの間に、って感じかな」
そうかー。
それじゃあ、まぁ、無理ね。
ジェリーさんが焚き火で温めたホットミルクを差し出してくれた。それも、無言で。
慰めてくれるの? ふふふ。本当、ジェリーさんってツンデレだわ。
「聖女さんが参ってるっていうのは、帰れないから、ですか?」
私の言葉に、ライドさんは眉をひそめたわ。
「そう。当初から手段がないことは隠さずに伝えているのだが。こちらでの生活が長くなるにつれ、故郷への想いが募るのだろうな。気丈に振る舞ってはいるようだが、余計に目が離せないと聞いている」
「……………」
家族や友人、大切なひと。
そういうひとたちに会えないことはもちろん辛いわよね。それに、確か音楽をするひとだってギレルモおじさんが言っていたわ。コンクールとかコンサートとか、そうした大事なイベントだってあったかもしれない。
「ヨツバは、冷静だな」
ライドさんはそう言うと、ぽんと私の頭を撫でたわ。
ふふ。ライドさんは頭を触るのが好きね?
大きな手が、優しくふんわりと頭を撫で降りていく。
ライドさんも励ましてくれるのね。
私は諦めてないわ。元の世界に帰れるその場所、瞬間を見つけられる可能性を。
ビーストのコロニーを探しながら、同時に、その場所を探している。
ただ…。本当は少し、悩んでもいる。
「もうひとつ、聞いてもいいですか?」
「もちろん、いくつでも」
「アークさんのアトリエで、クルミを狙ったビーストが現れたでしょう? 餌になりそうなものを置いておいて、ビーストを誘き寄せることって出来ないですか?」
そうなの。あのとき、それが出来るんじゃないかって思ったのよね。
罠を張ってビーストを捕まえられたら探し回らなくても良いじゃない?
良い案、と思ったのだけれど、ライドさんはうーんと首を捻ったわ。
あら。だめ?
「餌になるものを置いて、そこで一日中見張るつもり? 現れるかどうかも分からないのに?」
ジェリーさんが肩をすくめてそう言うの。
…そうか。そうかー。
でも、私なら、来るかどうか分かるんじゃないかなぁ。
餌を置いてみないと分からないけれど。
「ビーストは匂いに敏感で獰猛だ。雑食だが、どちらかと言えば生肉を好む。そばに人間がいると気づいてそちらを餌に選ぶだろう」
そう言ったのはセスさんよ。
それって、つまり…。
「そう。餌を置かずとも、ビーストにとっては俺たち自身が餌も同然だ」
はあぁっ。そうかぁ。
じゃあ、全然だめね。
今まで通り、地道に探していくしかないんだわ。
がっくりと肩を落とす私に、くすくす笑いながらライドさんは立ち上がった。
「さて、ヨツバ。そろそろじゃないか?」
ライドさんの手の中で、じゃきんと銃の撃鉄を起こす音がした。
セスさんとジェリーさんも静かに銃を準備しているわ。
「ええ、ライドさん。もうすぐよ。あと3分ね」
ライドさんたちも、私も、一点を見つめてそのときを待つ。
この場所を野営地に選んだのは、ここを今夜、ビーストが通る未来が見えたからなの。
ビーストは人間を恐れない。
だからここで焚き火をしても賑やかにおしゃべりしていても、ビーストが私たちを避けて行くことはないってライドさんたちが言うから、ビーストが現れるまでの間にご飯を食べていたのだけれど、避けないどころか餌だと思われてるなんてね。
ビーストが現れる場所、その茂みの位置は予め伝えてあるの。このビーストはコロニーとも関係なさそう。
焚き火の火が爆ぜる音が小さく響く。
その音に混ざって、草を踏む音が聞こえてきた。腰掛けている大きな石から地響きさえ感じるわ。
茂みが大きく揺れ始めた。
唸り声が聞こえる。
「ぐあぁおぉん!!」
ビーストが飛び出して来た刹那。
ぱんぱんぱんぱん!
軽やかな銃の音、そして少し遅れてビーストが地面に落ちる鈍い音が、林の中に響いた。




