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距離

「どうして…」

思わず呟いたら、ライドさんは私の手を握る力を強めて言ったわ。


「マヨイビトは見た目に特別な特徴があるわけじゃない。だから、一目でわかる、というわけじゃ無いんだ。だけど、ある傾向がある。最も顕著なのは、食べ物の好みだ」

「食べ物の、好み…?」

「そう。複数のメニューから料理を選ぶ場合、かつてマヨイビトが伝えたと言われる料理を好む傾向がある。異国で懐かしい味に出会えば、食べてみたいと思うのは当然だろう。それともう一つは、魔法石やビーストに関することに疎い、ということだ」


それはそうだわ。

元の世界には魔法石なんて無いし、ビーストもいないもの。

それに、かつてのマヨイビトが伝えた料理だなんて知らないわよ。もともとこっちにもあるものだと思っていたわ。


「後は言葉使いかな」

言葉…?

「変、ですか…?」

まさか、訛ってる、とか?

「変、というか…」

「ときどき、おかしな言葉を使ってるよねー」

ジェリーさんがそう言うの。


「おかしな言葉?!」

なんだろう。何がおかしかったのかしら…。

元の世界の、いわゆる流行り言葉とか?


「同じ宿に連泊していると、そういう傾向にあることに気付く者がいる、ということだな」

ライドさんは難しい顔になったわ。

「そういう誰かが、賞金稼ぎに情報を売ったんだろう」

セスさんがそう言って、ライドさんも頷いた。

「ああ、だろうな」


どうして、その誰か、は自分で賞金を取ろうとしないで賞金稼ぎに情報を売るのかしら。ああ、そうか。さっき、ライドさんがボスの男のひとと話していた“ルール”に関係するんだわ。


でも。


「僕は一度王宮に戻るべきだと思うけど」

ジェリーさんの言葉に、セスさんも応じて言った。

「正式に守護者(セイバー)が見つかったとなれば賞金稼ぎに狙われることは無くなる」


…っ!!

「待って下さい! 確かに私は、この世界ではない別の世界の人間です。みなさんの言うところのマヨイビトです。でも、マヨイビト=守護者(セイバー)では無いのでしょう? 私は、違います!」

この国をビーストから守るなんてそんなこと出来ない。無理よ。私は守護者(セイバー)じゃない。

そんなものに祭り上げられても、私、何もできないわ。


「……大丈夫」

ライドさんの微笑みはとても甘やかで声も優しい。

取り乱す私を落ち着かせてくれる。

「ヨツバの意思に反して、無理やり王宮に突き出すようなことはしない。だが、ヨツバ。ヨツバがマヨイビトである以上、いずれ王宮には行ってもらわなければならない」

「王宮、に…?」

「預言者であるライシャ自身が判定を行う。現在王宮で聖女として活動しているサツキは、守護者(セイバー)ではない、という判定を受けている」

判定…。

それを受ければ、私は守護者(セイバー)ではない、とはっきりする。間違って守護者(セイバー)にされる、ということは無いのだ、ということね…?


それなら、安心よね。そう、なのだけれど…。



「王宮は、時空の歪みについての調査も行っている。だからマヨイビトについての情報は重要で記録をしているし、統計も取っている。もちろん、それだけではない。慣れない世界で困っているだろうマヨイビトを保護し、生活の支援を行うためでもある。ヨツバは上手にこの世界で暮らし始めているが、この先困ることもあるだろう。王宮はそんな時に助けてくれる。だから、守護者(セイバー)であるかどうかは関係なく、マヨイビトである、と王宮に申し出ることを考えて欲しい」


言われていることは分かるわ。

きっと、そうした方が良いのだろうことも。


「そうしても良い、と思ったら言ってくれれば良い。心配なことがあればなんでも聞いてくれ」


私が不安に思っていることを、なんとなく感じ取ってくれているのかしら。

ライドさんは本当に優しくしてくれる。

私が、マヨイビトで、保護すべき対象だから。


私には、「王宮」というものそのものが遠い存在で得体が知れない。そこは本当に私に取って安全な場所なのか。本当はちょっと怖い。

でも、ライドさんが大丈夫だというのだから、大丈夫なのだろうと思うわ。

ライドさんが、大丈夫と言うから。


私は、そう思うくらい、ライドさんを信用している。



だから、言われたとおり王宮に行くこと自体は問題がないの。問題は、王宮に行った、その後。


偶然見つけたマヨイビトを王宮に送り届けたら、ライドさんはお役御免、かしら。

王宮の管理の元、安全に生活できることが保証されるなら、もう安心だものね。


よく分からないけれど、なんとなく寂しい気がしたわ。

ココロにスキマが出来たみたいな。そのスキマに冷たい風が吹いたような。冷たい風が吹き抜けて、ざわざわとささくれ立つような。

いけない。

落ち着いて。


こっそりと息を吐き出して見上げると、ライドさんはわずかに表情を曇らせたわ。

大丈夫。心配しないで。私は大丈夫。もう、気にしないで?

「分かりました。少し、考えさせて下さい」

私はにっこりと微笑むわ。それから、そっと、ライドさんの手から、自分の手を取り戻す。


ジェリーさんがため息をついた。

「君が守護者(セイバー)ではないとしても、王宮に行かないのなら、僕たちは指名手配犯を連れて逃亡しているようなものだよ」

「ジェリー、そんな言い方するんじゃない」

諭すようにライドさんが言うけれど、ジェリーさんは黙らなかったわ。

「状況が分かってないみたいだから教えてあげてるんだよ。王宮は懸賞金をかけてまで、守護者(セイバー)を探してる。君はマヨイビトで、守護者(セイバー)かもしれないひとだ。君を王宮に連れて行かない、ということは、僕たちは、国が探している人物を隠しているのと同じなんだよ?」


ジェリーさんの言うことももっともだわ。言われてみればその通り。私、迷惑をかけているのね。

でも、なんでか分からないけれどささくれちゃった私の心は、ジェリーさんの言葉を素直に受け入れない。


だって、ライドさんは時間をくれたもの。

私が王宮に行っても良いと思ったら。そのときでいい、と言ってくれたもの。


ジェリーさんはそんな私の様子を感じ取ったのね。

眉を八の字にしてため息をついたわ。諦めたみたいにね。

多分、折れてくれたのよ。

そうは思ったけれど、漂った険悪な空気をどうすることも出来なくて。


ただ黙るだけの私に、セスさんが相変わらずの感情を感じさせない声で言ったわ。

「ヨツバ。勘違いするな。王宮に行かない、ということは、さっきみたいな連中にまた襲われる可能性がある、ということだ。ジェリーはそれを心配している」


心配?

「え、それって、私を、ですか?」

意外過ぎて聞き返したら、ジェリーさんが心底嫌そうな顔をしたわ。


「他に誰の心配が必要だっていうの? 僕たちはどうにでもなるよ。だけど、また賞金稼ぎに狙われたり、善意の第三者に通報されることだってあるかもしれないんだよ。王宮に行かないのは何か後ろ暗い理由があるからじゃないかって勘繰られるかもしれない。そうなったら、嫌な思いをするのは君だよ」

僕は知らないからね、ってジェリーさんがそっぽを向く。

てっきり、自分たちの立場を心配しているものとばかり…。

だって、それが当然だと思うのよ? それなのに、私の心配をしてくれているの?


ふふ。

「なんで笑ってるの」

ジェリーさん、不機嫌そう。

「ジェリーさんって、ツンデレですよね」

「なに、その言葉?! あ、説明しなくていいよ。絶対変な意味なんでしょ? そういう変な言葉使ってると、マヨイビトだって分かっちゃうんだからね」


ジェリーさんはぷりぷりと怒ったフリをして立ち上がるの。

「あーあ。予定よりだいぶ遅くなっちゃった。夕方までに次の街に着くのは無理かな。野営するかもしれないけど、文句言わないでね。それから占いで自分の身に危険が及びそうなときは分かるんでしょ。すぐに教えてよね」


ジェリーさんは先に歩き出す。

私は、ライドさんとセスさん、それぞれと顔を見合わせ、にこっと笑って見せた。

「ヨツバ」

「…………」

ライドさんが差し出してくれた手に手を預けて歩き出す。


王宮にはいずれ行かなくちゃいけないみたい。

そうしたら私の生活は変わるのかしら。

それとも、今まで通り、街で占いをしながら暮らせるのかしら。


後で、ライドさんに聞いてみよう。

ライドさんとの専属契約がどうなるのか。


それに、元の世界に戻る方法についても、相談してみたい。


心を塞いだ正体の分からない嫌な気持ちを蹴り飛ばすように、私は地面を踏む足に力を入れて歩いた。


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