再会の約束
倒されたビーストを前に、アークさんは詠嘆のため息をついた。
「大したもんだな。こうも簡単にビーストを倒すとは思わなかった。ヨツバがいるからか?」
私…?
「ライドさんたちが強いからだと思うけど?」
手間取ってるところ見たことないし、ライドさんたちが強すぎて簡単に見えるのよ、きっと。
…ジェリーさんは、どうしてそんなに胡散臭いものを見るような目で私を見るのかしら?
「まあね。僕たちはもちろん強いけれどね」
ライドさんはそんなジェリーさんの肩を叩いて苦笑したわ。
「もちろん、ヨツバのおかげだ。ヨツバが占いでビーストの動きを読んでくれるからな」
「それなんだが、一体どんな占いなんだ? ビーストの動きがわかる占いだなんて…」
あらやだわ、アークさん。そこに興味を持たれると困るのよ?
私は精一杯のお愛想笑いで答えたわ。
「企業秘密です」
えへ。
念のため、アークさんにはアトリエではなく人の多い街のホテルに泊まってもらうようにしたわ。
10キロもあるっていうクルミも、早急に保管場所を変えるようにしたの。と言っても、ビーストに嗅ぎ付けられたらまた襲われかねないでしょう?
だからね、半分は街のパン屋さんに寄付して、半分は湖の周りに埋めたり撒いたりしたの。
残念ながら、リスは私には近づいてきてくれなかったわ。アークさんの手のひらからクルミを取っていくのを、遠目に見ただけよ。
羨ましい…。
アークさんとはまた明日、宿泊するホテルのカフェで会う約束をしたわ。
そうして翌日、私はあんぐりと口を開けて呆然としてしまった。
「やあ、おはよう」
そう言って晴れやかに笑うそのひとが誰なのかさっぱり分からなかった。
テーブルを間違えているのではないかしら、と思ったくらいよ。
でも、私は知らないひとでも、ライドさんたちのお知り合いかも知れないでしょう?
だから、そうっと様子を伺っていたのだけれど。
「おはよう、アーク。さっぱりしたね」
ライドさんがそう言って、ジェリーさんやセスさんが挨拶を返しているのを聞きながら、目が点になってしまったわ。
アークさん、なの?
だって、だってお髭がないわ。
…言われてみれば、背格好や髪の色は確かにアークさんとおんなじだけど…。
ええぇっ…!
やだ。うっすらと、そうじゃないかなって思っていたのだけれど、アークさんやっぱりイケメンだわ。もっとおじさんなのかなと思っていたの。でも、それほどおじさんではなかったわね。
ライドさんよりいくらか上、ってくらい?
目を見開いたまま固まる私にアークさんは苦笑したわ。
「おかしいか?」
つるりとほっぺたを撫でながら、アークさんが渋く微笑む。
わあ。なんか素敵。
こんなに素敵なら、アークさん自身のファンが出来て、アークさんが描いた絵ならなんでもいいって言われちゃうのも、さもありなんって感じよ。
「いいえ。お髭が無い方が若く見えるし素敵です」
素直にそう言ったら、アークさんは少し照れたように目を細めたわ。
「そうか? ありがとう。実は、職場に戻ることにしたんだ」
職場?
職場、というと…。私は首を傾げた。
「では、王宮に?」
そう言ったのはライドさんよ。アークさんは頷いたわ。
「ああ。有り難いことに、戻って来いと言ってもらえているんだ。以前受けた依頼も待っていてもらっているしな」
「王も王妃も喜ばれるだろう。特に、病に伏せっている王妃には慰めになると思う」
「そう、だといいが」
そう言ってらアークさんはコーヒーに口をつける。
待って? ちょっと待って。
職場が王宮?
それってつまり、アークさんは王様や王妃様にお仕えする画家さんってこと?
それって、ずいぶんすごいことなんじゃない?
アークさんはコーヒーのカップを置くと私を見たわ。
「だから、また会えるだろう」
うん?
それって、職場が王宮だからまた私と会える、と言っているように聞こえるのだけれど、どういうことかしら。
王宮なんて行く機会が私には無いし、私は逆に、もう気軽には会えないんだな、って思ってたところよ?
さすがの私も、アークさんに会うために王宮を訪ねようと思うほど、怖いもの知らずじゃない。門前払いされることが分かり切っているもの!
「それから、これ」
アークさんがテーブルの上に出してくれたのは、カードの束よ!
「わ! 見てもいいですか?」
「もちろんだ」
そっと手を伸ばしてカードを手に取ったわ。
0番の「THE FOOL」から21番の「THE WORLD」まで、お願いした通りの絵柄が美しく描かれている。裏は植物のツルのような模様になっていて、ちゃんとラミネートっぽい加工もされているの。
すごいわ。ちゃんとしたタロットカードよ!
「素晴らしいわ! どうもありがとう、アークさん。すごく嬉しい!! ええっと、そのう。それで、お礼はいかほど…?」
恐る恐る聞いてしまったわ。
だって、王宮が職場の画家さんに、22枚も絵を描かせてしまったのよ!
これってかなり大それたことだったんじゃないかしら。
一生かかっても払えないような金額だったらどうしよう?
アークさんは笑って首を横に振ったわ。
「命を助けてくれただろう。これはその礼だ。受け取ってくれ」
「えっ? でもっ…」
それとこれとは話が別なのでは?
こんなにたくさん描くのには、時間も労力もいっぱい必要だったはずよ。
プロの画家さんにこれだけ描かせてただ働きって訳にはいかないわ。
「そうだな。もし良かったら、預かっていたこの絵具のセットを譲ってくれないか。ヨツバは知らないようだが、これはかなり貴重なものだ。十分釣り合うと思う」
…本当?
どうしよう。判断できない。
アークさんの絵は素晴らしいわ。だけどそれをお金に換算することが私には出来ないし、相場も知らない。
シャーナさんがくれた絵具のセットの価値も分からないし…。
ライドさん…!
すがるように見つめたら、ライドさんは頷いて微笑んだ。
「大丈夫。彼の言っていることはほぼ正しいよ」
…ほぼ?
「サーマン伯爵夫妻がヨツバにくれたあの絵具は希少な色の絵具が含まれていて手に入り難いものだ。制作会社が独自に開発した他にはない色でね。金額で比べたら釣り合わないが、とにかく手に入らないものだから、絵を描くものにとって価値が高いものであることに間違いはない。彼自身がそれと引き換えに、と言っているのだからいいんじゃないか。命を救ったことも事実だし、それに、なによりこれはヨツバのために描かれたものだろう」
そう? ライドさんがそう言うのなら、きっと、受け取っていいのね。
「ありがとう、アークさん。大事に使うわ」
アークさんはとっても素敵に微笑んだわ。
「こちらこそ。貴重な絵具と楽しい時間をありがとう。それじゃ、俺は王宮に向かう準備をするからこれで失礼する。またな、ヨツバ」
「はい」
…はい、と答えてみたけれど、また会う機会があるかしら。会えたらいいな。そうね、きっと、またいつか。
そのあと、私はパン屋さんでクルミのたっぷり入ったパンを買って、サーシャさんを訪ねたの。そろそろ次の地域に移動しようかって話が出ていたから挨拶にね。
「はあ? スケッチブックの絵を1枚あげた?!」
やだ。ジェリーさん、どうしてそんなに怒るの?
「だって、すごく貴重な絵具をくれたのに、まるっと横流ししてしまったのだもの。なんだか悪いなぁと思って、事情を話してきたの。サーシャさんにスケッチブックを見せたらアークさんの絵だってすぐに分かったのよ。本当に有名なひとなのね。むしろアークさんに使ってもらえるなら嬉しいって言ってくれてね、すごく気に入ったって言う一枚をあげたのよ」
ジェリーさんは拳を握ってぷるぷる震えているわ。
「ヨツバ、俺はこの絵が欲しい」
セスさんが、いつも熱心に眺めている絵を指差した。
「ちょっと待ってセス! あのね、ヨツバ。このスケッチブックはこれだけでちょっとしたひと財産なんだよ。アーク・スカイラーは世界中にファンがいる超有名な画家なんだ! 僕はなんで君がアーク・スカイラーを知らないのか理解できないくらいだよ? いい、これとこれとこれの3枚は連作だからね。絶対にばらばらにしないでよ? それからね…」
連作だったんだ? 全然気がつかなかった。
ジェリーさんの話を右から左に聞き流しながら、そっとセスさんとアイコンタクト。
セスさんが欲しいと言った絵は、後でこっそりあげるわね。ジェリーさんには、内緒よ?




