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クルミを求めて

「アークさんは、森に住んでいるの?」

勢い込んで尋ねると、アークさんはやや引き気味に目を瞬いたわ。


いやだ、アークさんったら。引いてる場合じゃないのよ!


「…住んでいる、というかアトリエが森にある。寝泊まりできるようになってるし、ここ数日はそこで過ごしているが、それが?」


「ビーストがいるわ。このまま帰ったら鉢合わせしちゃう! ライドさん」

ピアスを操作して話しかけると、ライドさんはすぐに返事をしてくれたわ。

〈どうした、ヨツバ?〉

「ビーストよ。アークさんのアトリエにビーストがいるわ」

〈…分かった。すぐに向かおう〉


アークさんは何やら考えているよう。

お髭がお顔のほとんどを覆っていて表情が分かりにくいのだけれど、信じ難い、といった気配ね。

まあ、仕方ないけれど。


「今のは?」

訝し気なアークさんの目。ちょっと怖い。

でも、ここで怯んじゃダメよ、四葉。この力で誰かを助けたい。それが私の願いでしょう?

アークさんに言った言葉は自分への戒めでもあるわ。


なりたい自分の姿がある。

でもそうなるのはとても大変。30パーセント達成ではまだまだダメなの。もっと頑張らなければ「なりたい」って「言ってるだけ」になっちゃうわ。

50パーセント達成したなら、努力が結果に反映され始めたことが感じられるのではないかしら。でも満足するには程遠い。

80パーセント達成したら、なりたい自分にかなり近づけたと思うわ。あと少しに感じられるの。ここで満足するかどうかが分かれ道よ。


だけど、100パーセントへの壁は厚くて高い。


努力する価値があるかしら? 「頑張る」って言うのは簡単よ。でもそれは、辛くて苦しいことだということが目に見えているのよ。

なりたい自分。その100パーセントの姿は、そこまでしても成りたいものなの?


辛い思いや苦しい思いは誰だってしたく無い。

私だって本当はイヤ。

…そうね。辛くて苦しい思いはみんなしたがらないわ。

だからこそ、それを押して100パーセントを手に入れたひとは、光り輝いて見えるのよ。

80パーセントで足を止めた人には、特にね。


私はどう?

まだまだ80パーセントにも届いていないかもしれないわ。元の世界にいたときよりは、「出来ている」自信があるけれど。


たったひとつ、譲れないことがある。

余計なお世話であろうと、押し付けであろうと、たとえ望まれていなくても、見て見ぬ振りをすることだけは、二度としたくない。



私は、努めて明るく微笑んだわ。

「私の仲間のハンターさんよ」

アークさんの目はますます疑わし気に細められたわ。

どうしてかしら?


「今、アトリエにビーストがいる、というのか?」

うーん。それはどうだろう?

私は首を傾げたわ。

「今、まさにこの瞬間ビーストがアトリエにいるか、というとそれは分からないけれど、アークさんがアトリエに帰るとき、そこにはビーストがいるわ」

「……ビーストが増加し被害が増えていることは知っている。それを利用して悪事を働く輩が増えていることもな」


悪事?! 悪事ってなに?!

…ああ、火事場泥棒的な?

大変大変って、家まで案内させて強盗するとかそういうこと?


…そんなヤツがいるの? 凶事につけ込むなんて最低ね!

それはそれで問題だけれど、でも今はそれよりも信じてもらうことが必要なのよね。

あんまりこういうことはしたくないけれど仕方ないわ。


「えーと。アークさんはこの後露店のパン屋さんでパンとそれからチキンのフライを買って帰る予定でいるでしょう? アトリエに帰る少し前に近くの湖に寄るわね。そこのリスと仲良しなのね? ポケットに入っているクルミはリスにあげるために持っているのでしょ? それから…」

「ちょ、ちょっと、待った! 何でそんなこと…?!」

アークさんは慌てたように立ち上がったわ。


「だって、私は占い師だもの」

「占いって…。正直、何もしてなかったように見えたぞ?」

ああ…。そうか。それも不信感を生む要因なのね。

やっぱりそれらしい呪文を唱えたり、サイコロ転がしたりした方が良いのかしら。


タロットカードが手に入ればそれが使えたけれど、こんなに疑われてしまったら、アークさんに描いてもらえる見込みは低くなったと思うし…。


むむむ。


思わず唸っていたら足音と共にライドさんたちがやって来たわ。

そして穏やかな朗々とした声で言ったの。

「ヨツバは詐欺師じゃないし、俺たちは強盗じゃない。あなたの心配も分かるが、アトリエが大事なら信じるべきだ」

ライドさんの声って不思議と説得力があるのよね。

なんていうかこう、安心できるっていうのかしら。

軽々しくなくて、心にすうっと染みてくるのよ。


「あんた達は…」

アークさんがライドさんをまじまじと見ている。

ライドさんは伏し目がちに笑みを浮かべて私のそばに立つと、するりと私の首元に指を滑らせた。


うひゃあ。くすぐったい。なになに? 虫でもついてる?


思わず固まっていたら、ライドさんの指は服に隠れたネックレスを見えるように引き出した。

うん?


はてな? と見上げたら、なんだかよく分からないけれど、いつもの凛々しい素敵な微笑みを返されたわ。

なんなのかしら。ごめんなさい。ちょっと意図が汲み取れません。


だけど、効果はあったみたい。

アークさんはそのネックレスを見て、ライドさんを見て、セスさんやジェリーさんに目を向けて、また私を見て。

小さくため息をついてから微笑んだわ。

「分かった。信じるよ」

やったー!


このネックレス、ちゃんとした占い師だって証明にもなるのかしら。専属契約の証だものね。

身分証的な役割を果たしてくれているのかもしれないわ。

そう考えると、ライドさんには感謝しかないわね!


私たちは急いでアークさんのアトリエに向かったわ。




アークさんのアトリエは童話に出てきそうな可愛らしい建物だったわ。ログハウスっぽい見た目で屋根は赤い。小さな煙突が付いているの。

ビーストはまだ来ていないわ。


もう間も無く現れることから、狭い木々の中を探しにいくのでは無く、ここで待つことになったの。

「ねえ、ライドさん?」

「どうした、ヨツバ」

ビーストが姿を現すところが正面に見える位置に身を潜めつつ声をかけると、注意深くあたりに目を配りながらライドさんが耳を傾けてくれた。


「今更なのだけれど、ビーストってどうしてひとを襲うの?」

「ん?」

ライドさんの視線がぴたりと止まったわ。


「君ねえ…」

呆れたように声を上げたのはジェリーさんよ。

「ビーストは雑食だ。生息地域から出てくる理由は明確ではないが、食料が不足している可能性が考えられている」

セスさんが静かにそう言った。

「つまり、食べるため、よね? じゃあ、アークさんのアトリエを襲うのはなぜ? 中に誰もいないのでしょう?」

「…………」


みんなで顔を見合わせちゃったわ。

自然とアークさんに視線が集まる。アトリエの中に何があるか、分かっているのはアークさんだものね。

「ふむ。ひょっとするとこれかな」

アークさんはポケットから取り出したものを見せたわ。

「クルミ…?」

「ああ。アトリエの中にはクルミが10キロ入った大袋がある。身内が処分に困って寄越したものだが、それを嗅ぎ付けられたのかも知れんな」


なるほど、雑食だものね。

すごく鼻がいいのね、ビーストって。

野生の動物なのだから当然、なのかしら。

でも、それなら…。


「…あ」

5分後の未来にビーストが現れたわ。

「来たか?」

ライドさんの声に頷く。

「ええ。あの茂みの間から来るわ。5分後よ」

「よし」


ライドさんはぽんぽんと私の頭を撫でてから、セスさんとジェリーさんに目配せをした。

そうして銃を構える精悍な横顔を、頼もしく思いながらそっと見つめたの。


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