原っぱでの楽しみ
原っぱでひとりになって、きょろきょろと辺りを見回していたの。そうしていたら、ふいに耳元で、穏やかに胸に染み入る低い声が聞こえたわ。
〈ヨツバ〉
「ライドさん?」
どこにいるんだろう? 目につくところには見つからなくて、さらにきょろきょろしてしまう。
耳元からは忍び笑う気配がしたわ。
〈ヨツバ、送信側をオンにして〉
っは。そうよ。そうだった。
私は慌てて右のピアスの小さなスイッチを押した。
「ライドさん? どこですか?」
〈ちゃんと見えるところにいる。今戻るよ〉
そう言った後、ライドさんは本当にすぐに戻って来たのよ。
「待たせた」
「ライドさん。どこに行っていたんですか?」
「ヨツバが絵を描き始めたのが見えたから、俺も手作りに挑戦してきた。ほら」
手渡されたのは、四つ葉のクローバーにてんとう虫がちょこんと乗ったイラストの掘られた大きなクリップよ。
お札やカードをお財布に入れずに持ち歩くときに使うような形のね。
「わあ、可愛い。ライドさんが作ったんですか?」
「イラストだけ好きに入れさせてくれる露店があったんだ。ところでヨツバ、スケッチブックを見せてくれないか?」
「…え?」
ライドさんのイラストはざっくりと単純なフォルムだけれど、ちゃんとなんだか分かるし可愛らしさもある。
きっと、風景も描いたら上手なんじゃないかしら。
見るの? 私の絵を?
「ヨツバに声をかけた男が絵を描いていただろう?」
ああ! あのひとの絵を見たいのね!
それならどうぞ。とっても素敵よ。
私はスケッチブックをめくって、ライドさんに渡した。
「どうぞ」
「ありがとう」
ライドさんは髭の男のひとが描いた絵をしばらく眺めていたわ。
空はだんだんと夕焼けに色づいて、雲が細くたなびいている。
ゆっくりと流れる雲を見つめていたら、くすっとライドさんが笑ったの。
うん?
「ユニークな絵だな」
ぎゃあ!
ライドさんったらいつの間にか私の絵を見ていたのよ!
いーやー! 見ないでー!!
その夜、夕飯のときにまた明日も午後にあの原っぱに行きたいと話したら、これまたあっさりとお許しが出たのよ。
わーい。やったね。
そのかわり、ジェリーさんとセスさんにも私の絵を見られちゃったけど。
「前衛的だね」
ジェリーさん…。はっきり下手と言っていいのよ。
「…………」
セスさんは、チラッと私の絵を見た後、髭の男性の絵をじーっと見ていたわ。
「素敵な絵ですよね。また明日も来てくれるっておっしゃってたんです」
「また? 明日も?」
ポーカーフェイスのセスさんにしては珍しく驚いた様子よ。
そうしてスケッチブックをジェリーさんに渡したの。
受け取ったジェリーさんも目を丸くしていたわ。
「これは…」
ね? ジェリーさんも素敵だと思うでしょう?
感嘆したような2人の様子に、私は自分のことのように満足したわ。
明日も原っぱに行くことを快諾してくれたのは、みんなもあのひとの絵をもっと見たいからじゃないかしら。
ふふ。明日が楽しみになってきちゃったわ。
翌日、お髭の男性は約束通り原っぱに来てくれたわ。
おしゃべりをしながら男性が絵を描くのを眺めて過ごすのは、思いの外楽しかったの。
私は用意してきた紅茶とシャーナさんからもらったドラジェを振る舞ったわ。
「クーリッジ・ティーか?」
「あ、分かります? 美味しいですよね。ドラジェもどうぞ?」
「ああ、ありがとう。これも美味いな」
そうなの。お砂糖のコーティングは甘すぎず、中のアーモンドも香ばしくてとても美味しいのよね。気をつけないと、止まらなくなっちゃう。
「そうだ。お名前を伺ってもいいですか? 私はヨツバです。占い師なの」
「…アーク・スカイラーだ」
「アークさん。もしかして、絵は本職ですか?」
「なぜ?」
アークさんの目は私の真意を探るよう。
だからずばっと答えちゃうわ。
「実は、描いて欲しい絵がありまして。でも、本職の絵描きさんだったら気軽にお願いしては失礼かなぁと思ってですね。それに、お代もあんまりお高いと払えないし…」
アークさんは、パチパチと瞬きした。なんか、驚いているみたい。
うーん。やっぱり、こんな不躾なお願いは失礼だったかしら。
「どんな絵を描いて欲しいんだ?」
しばらく考えていたみたいだったアークさんがそう言ってくれたの!
「あの。タロットカードってご存知ですか?」
「タロットカード?」
「はい。占いに使うカードなんですけれど」
「いいや。聞いたことがないな」
…そうか。もしかしてこの世界にはタロットカードが無い?
じゃあ、難しいかしら…。
項垂れていたら、アークさんはスケッチブックに絵具を乗せながら言ったの。
「そのカードの絵を描いて欲しいのか? どんな絵でサイズはどのくらいだ?」
描いてくれるの?!
私は、22枚の大アルカナの絵柄の説明を始めた。
それから毎日、原っぱでアークさんと会ったわ。
アークさんはね、私と会っているときは、スケッチブックに景色の絵をサラサラと描いてはおしゃべりをしているの。タロットカードの絵を本当に描いてくれるのか不安になっちゃう。でも、スケッチブックに描かれていく世界に目を奪われて、描いてもらえなくても仕方ないかななんて思ったりもするの。
「アークさんは、やっぱりプロの絵描きさんなのよね?」
今日の絵には青く塗られた空に小さく鳥が飛んでいる。
アークさんは苦い笑みを浮かべて言ったわ。
「ああ、まあ、昔はそうだったな」
「昔は?」
「これでも人気のある絵描きだったんだ。運が良くてね。若いうちに作品に人気が出て、注文も多く入った。最初のうちは嬉しくて必死に描いたよ。だけどあるとき気付いたんだ。客は「俺の絵」であればなんでもいいんだってことに。人気のある絵描きの絵が欲しいだけで、絵の内容なんて見ちゃいないんだってことに。それに気づいたとき、描けなくなったんだ。何を描いていいか、分からなくなった…」
自嘲気味に笑って、アークさんは私を見たわ。
「どう思う?」
どう? うーん、そうね。
「贅沢な悩みだと思うわ」
答えたら、アークさんはふっと笑ったの。
「友人たちにもそう言われたよ。描いた絵が高い値で売れるのに、何が不満なんだとね。評価されず、描いた絵が売れず、絵を描くことを諦める連中も多い。そういう連中からしたら、売れる理由で悩むことは贅沢なことだと理解はしても、納得は出来なかった。ただ、売れさえすれば良いとは思えなかったんだ」
売れるからこその悩みよね。そもそも売れないひとは、売れる理由で悩むことは出来ないもの。
「私の国では、芸術分野で成功しても、それで生活が出来るような稼ぎを得られるひとはごくわずかだったわ。本当に一握りのひとだけだった。残念だけれど、私の国ではそういう人たちは社会的地位があまり高くないの。ほんの少しの大成功した人たちだけが、たくさんお金を稼げるわ。それ以外の人たちはどちらかというと薄利多売」
「…………」
「だから、安定した収入を得られるツマラナイ仕事を選ぶひとも多いわ。仕事にはやりがいを求めずにあくまで収入源と考えて、余暇や趣味を楽しむのよ。「好き」を仕事にすることはとても難しい。だから、私もアークさんの悩みは贅沢な悩みだと思うけれど、そうして手に入れたものが求めたものとは違ったのなら、アークさんが結果に満足できなかったことも理解するわ」
アークさんは筆を動かす手を止めて、私を見たわ。
「欲しいと思ったものでも、手に入れてみたらちょっと違ったなって思うこと、誰にだって結構あると思うのよ」
ポットのお茶をカップに注いでアークさんに渡す。アークさんはそっとカップに口をつけた。
「違ったなって思っても、それでも良いやと思うか、やっぱり願った通りのものが欲しいと思うかはひとそれぞれだと思うし、欲しいと思うものを求めることは何にも悪いことじゃないと思うわ」
「悪いことじゃ、ない?」
「ええ! 贅沢な悩みだって、悩んじゃいけないわけじゃないわ。だって、満足を手に入れるために努力しているのだもの。難しい道を選んでるのだもの。手に入ったものに満足出来なかったら、不満に思って当然よ。問題は、自分が手に入れたいものは何なのか、それを間違えないことじゃないかしら。お金なのか、名声なのか、それとも…」
微笑みかけると、アークさんは穏やかな笑みを瞳に浮かべた。そうして、完成した絵にサインを入れたわ。
それから言ったの。
「そういえば、ヨツバに占ってもらったことが無かったな。カードが無くても占えるのか?」
「ええ。いつもは夢占いをしているのよ」
そう答えると、アークさんは首を傾げた。
「夢、か。そうだ。最近、夢の中でも絵を描いていることが多いんだ。そんな夢で、なにか分かるか?」
私は頷いて、アークさんの未来を見てみた。
そして、血の気がひいていくのをはっきりと感じたの…。




