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うっかりさん

そういえば私、シャーナさんの新居に現れたビーストを退治するとき、ビーストがコロニーに関係あるかどうかチェックするの、忘れたわ…。



思わず黙りこんだ私にライドさんが声をかけてくれたわ。

「どうした、ヨツバ?」


それはシャーナさんの結婚式から3日後のこと。

朝食の席で、この街に来てから3週間近く経つけれど、あんまり進展ないね、って話をしていたときに、ふと思い出しちゃったのよ。


このホテルの朝食はアメリカンブレックファーストタイプ。ヨーグルトにシリアル、卵料理にハムやソーセージやベーコン、たっぷりのパン。


動揺のあまりスプーンで掬い損ねたスクランブルエッグが、無残な様子になってしまったわ…。


うう。言いづらいけれど、隠してもおけないわよね。

おずおずと打ち明けると、3人ともあんまり気にしてないようだったわ。

「仕方がないさ。あれは場所が悪かった」

ライドさんがそう言うと、セスさんも肯いたわ。

「あのビーストはどの道退治するしかなかった。気に病む必要はない」

「過ぎたことをいつまでも気にしなくていいから、次は忘れないでよね」


はあい。ごめんなさい。気をつけます。

みんながあっさりと許してくれてホッとしたわ。



その日、サーシャさんがご主人のダリオさんと一緒に訪ねてくれたわ。

2人ともお元気そうよ。笑顔が明るくて、幸せが溢れているわ。

「こんにちは、ヨツバさん!」

「こんにちは、サーシャさん。それにサーマン伯爵も。先日は披露宴にお招きいただいてありがとうございました。とても楽しかったです」

「こちらこそありがとうございました。それに、ダリオと呼んでください。あなたのおかげで妻も使用人も無事だったこと、改めてお礼に参りました」

ダリオさんは優雅に礼をされたわ。合わせてシャーナさんもお辞儀をしたの。


あらあら。そんな。

「お気になさらず。お役に立てたのなら嬉しいです」

私、慌てて言っちゃったわ。

両手をぶんぶん振る私を、サーシャさんはふふふと笑ったの。

「それだけじゃありませんわ。準備もたくさん手伝って下さったし、これも…」

サーシャさんがそう言って取り出したのは、エリーさんがくれたストールよ。


「本当にありがとうございました。こちらは本当に素晴らしいお品ですね。友人たちからも、エンジェルズ・ローブのベールがとても素晴らしいって羨ましがられたんですよ」

「とても、お似合いだったもの。サーシャさんのウェディングドレス姿、本当にキレイだったわ」

思い出すと自然と顔がほころんじゃう。


「これはお礼です」

可愛くラッピングされた袋は受け取るとずっしり重たかったわ。

「なにかしら?」

「うちの菓子職人の新作ですわ」

そう言われてうきうきと袋を開けると、中身はカラフルな楕円形のお菓子だったわ。

カラフルなのはパステルカラーに着色されたお砂糖でコーティングされているからよ。

「ドラジェ、ですか?」

「ええ! よくご存知ですね。それからよろしかったらこちらも受け取ってください」


ダリオさんが渡してくれたのはひと抱えもある大きな箱型のカバンだったの。

「私の父は絵が趣味で、これは父オススメの絵具セットなんです」

絵具?!

絵具って、元の世界では結構高価だった記憶があるけれど、こっちの世界ではどうなのかしら。

「これは少し珍しいものなんです。是非、絵を描いてみてくださいね」

ダリオさんがにっこり微笑んだわ。


何かしら。今まで全く知らなかったけれど、こちらの世界ではみんな当たり前に絵を描くのかしら。

終始にこやかな新婚さんからは幸せが移ってくるようで、お話してるだけでとても嬉しい気持ちになったわ。


お2人の後ろ姿を見送って思ったわ。本当に幸せそう。ハートが飛び交うのが見えてきそうよ。

それにしても、といただいたカバンを見てちょっとため息が出ちゃう。


だってね私、絵心全くナイのだもの…。


これこそ宝の持ち腐れよ。

ライドさんがやって来て言ったわ。

「せっかくだから、絵を描いてみたらどうだ?」

「とんでもないわ、ライドさん。絵なんて子供の頃のいたずら書きくらいしか描いたことないもの」

美術の成績はいつも「良」だったわ。作品などの評価ではなく、真面目な態度や美術史などの筆記試験で点を稼いでいたのよ。


「上手い下手と楽しいかどうかは別のものだ」

ライドさんは微笑んだわ。


「楽しいと思うのなら出来栄えなど気にせず楽しめばいい。続けているうちに、もっと上手くなりたいと思えば、自然と工夫したり学んだりするものだし、そうでなくても何かを作るというのはそれだけで楽しいものだったりするぞ」


そう、かしら?

ライドさんに言われると、そんな気もしてくるわ。

そうね。

絵を描くこと自体は嫌いじゃなかった気がするの。

だけど、とても上手な友人の絵を見てしまうと、明らかに見劣りする自分の絵を見せるのが嫌だったわ。


ずっと、働き詰めだった私を気にかけてくれていたみたい。

ライドさんは午後の占いをお休みにして、私を景色の良い原っぱに連れて来てくれたわ。

「描いても描かなくてもいい。すこし、のんびりしよう。俺がそばにいては描きにくいだろうから周りを見回ってくる。危険がないよう見ているから安心しろ」

優しいライドさんの言葉に頷いて、私はしばらく景色を眺めた。


そうして、なんとなくスケッチブックを開いて鉛筆で写生を始めたのだけれど、うん、まあ下手よね。

そもそも、どう描いたら良いのか分からないわ。

見たままを描けばいい、と美術の先生は言っていたように思うけれど、見たままをって言ったって、ねえ?


小さく見える木の一本一本を細かに描いていけばいいのかしら。あら? あの山の裾野まで描くつもりだったのに収まらなくなっちゃった。おかしいわね?

山の大きさに対して、私の描いた道の大きさ、なんだかへん? うーん。こっちをこう直して、こっちをもっと小さくして…?


「なんだろう、これ」

なんだか、不思議なスケッチになっちゃったわ。

でも、無心で鉛筆を動かすのは確かにちょっと楽しい。

満足出来るものが描けたら、きっともっと楽しいでしょうね。


そのとき、ふと人の気配がして、振り返ったの。

そうしたら、顔中お髭だらけの、年齢のよく分からない男性がすぐ後ろに立っていたのよ。

ぎょっとしたわ。全然気づかなかった。


「なかなか、個性的な絵だな」


個性的…。便利な言葉ね。


「よろしかったらあなたも描いてみませんか?」

特別な意図はないわよ。ちょっとカチンときちゃったとか、そんなこと言うならあんたも描いてみなさいよ、なんて思ってないったら。


スケッチブックをめくって、新しい紙を表に出してから鉛筆と一緒に渡すと、そのひとは拒むことなく私の隣に座ると、サラサラと鉛筆を走らせた。


「………」

すごいわ。

本当に、景色を写し取ったように画用紙に絵が出来上がっていくの。

技術とかサッパリ分からないけれど、とても上手!


「素敵…」

私は絵具の箱を男性に向かって開いて見せた。

「是非、絵具も使って下さい!」

「これはまた、立派な道具だな」

男性は本当に驚いたようにしげしげと絵具セットを見ていたわ。

「いいのか? あんたは分かって無さそうだが、わりと貴重なものだぞ?」

そうなの?


「いただいたものなんですけど、私の絵はご覧の通りですし、私が使うよりはあなたが使った方が何倍もいいと思うわ!」

男性はすこし躊躇ったけれど、筆に手を伸ばして絵具を使い始めた。


完成した絵はため息が出るほど素晴らしかった。出来上がっていく工程を見ているのも、とても楽しかったわ。


「そんな風に喜んでもらえると、描き甲斐があるよ」

男性はそう言ってちょっと笑った。

「また、描いてもらえます? あなたの絵をもっと見たいわ!」

男性はしばらく考えていたわ。

正直、断る理由を探していたと思う。

でも、じいっと見つめていたら、仕方ないなって感じで笑ったの。

「明日も同じくらいの時間にここに来るよ」

やった!


「ありがとう! 楽しみにしてるわ」


もし、お願いした絵柄を描いてもらうことが出来たなら、描いて欲しい絵があるの。


お願いできたらいいなぁと思いながら、そのひとと分かれたわ。

あら? そう言えば、ライドさんはどこに行ったのかしら?


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