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晴れの良き日に

その晩、駆けつけてきた警察官に男たちは連行されて行った。ライドさんがことと次第を説明して、ライドさんとジェリーさんの2人が同行することになったわ。警察官は私にも事情聴取を受けさせたかったようだけれど、ライドさんが何かを見せると態度をくるりと翻したの。

なにを見せていたのかしら。

袖をまくっていたように見えたけれどね?


ホテルに戻っていいことになって、セスさんと一緒に帰ったわ。

「ビーストの密輸は重罪だ」

道々、セスさんが話してくれたの。

ビーストは危険な生き物だから、ビーストの被害を無くすために、ビーストが生息できるような森や林を一切無くしてしまった国もあるんですって。


そういう国はビーストの被害は無くなったけれど、かわりに魔法石はもちろん、ビーストの肉や皮、骨や角を使ったさまざまな製品は全て輸入するしかないってことになるわよね。


セスさんは苦く笑ったわ。

「技術が未発達だった昔は、ビーストを排除することを選ぶ国も多かった。それ自体は悪いことじゃ無い。上手く使いこなせない魔法石や皮や骨や角よりも、国民の命を守ることを優先するのは当然だ。問題は、住むところを失い、追い立てられたビーストの多くがこの国に入り込んだということだ」


セスさんの操る馬はとても静かに穏やかな歩調でホテルへの道を進んだわ。ホテルのある、この街の中心に近いあたりには繁華街もあって、ホテルに近づくに従って人通りも増えてくる。


「ビーストの対応に追われながらも、この国はビーストを活用する方法を選んだ。それにはとあるマヨイビトの尽力が大きかったようだがな」

どきっとしたわ。

「マヨイビトの…?」

「ああ。さまざまな魔法石の使い道を考案した、と聞いている。おかげで魔法石の加工技術が発展し製品化が進み、便利な道具が量産できるようになった。結果、魔法石の需要が増え、価値が跳ね上がったんだ。そして、ビーストを追い払った国が、ビーストを欲しがるようになった」


「…それで、密輸? でも、魔法石を使った道具は他国にも売っているのでしょう?」

貿易の目玉商品だと聞いたことがあるもの。

「もちろんだ。だが、魔法石には可能性がある。製品化されない、とてもレアで有用なものがな。今回、懸賞金の対象になっている「眼病根治の魔法石」などはそのいい例だ。病気治療に効果のあるものや軍事力にプラスになるような魔法石は発見されたとしても広く輸出はしないし、発見されたことを発表もしないだろう」


なるほどね。

そういうレアな魔法石を求めて密輸するのか。

だからビーストのまま売るのね。自分で魔法石を取り出したいんだわ。レアなものは横取りされかねないものね。


「ビーストを排除した国は、魔法石製品の利便性と引き換えにビーストの脅威の無い平穏を手に入れている。逆にいえばこの国は、言葉は悪いが、ビーストの脅威に国民を晒すことと引き換えに、経済的な豊かさを手に入れているんだ。こうした政策に批判がないわけじゃ無いが、ビーストの被害を出さない対策を国は行っているし、魔法石による恩恵を多くの国民が理解し、受け入れている」


ビーストの被害を抑える為ハンター協会が発足し、国と協力しながらさまざまな苦難を乗り越えて現在のこの国がある。その苦難には、決して少なくない犠牲が含まれているに違いないわ。

だから国はビーストの密輸を特に厳しく禁止しているのね。


「ビーストの密輸に関しては以前から指摘があった。だが、なかなか証拠や現場を押さえることが出来ずにいた。あの男たちを捕らえられたことは良かったが、主犯は別にいるだろう。ヨツバ、不審者に気を付けろ。少しでもおかしいと思ったらすぐに言え」


セスさんの切れ長の瞳がきらりと光ったわ。

やだ。たじろいじゃう。

…それって、私が仕返しに狙われるとかそういうことですか?

うそでしょ?!

え…。本当、に…?


セスさんの目はとても本気だったわ。冗談を言っているようでも、ちょっと脅かしておこうって感じでも全くないの。


「…はい。わかりました」


大人しくそう言うしかないくらい、真剣で怖い目だったのよ。


でも、正直、心配しすぎだと思うのよ。ただね、ちょっと気になることもあるの。それはね、男の未来に見えた密輸の現場、その場所にいた、長めの髪をひとつに束ねた男の後ろ姿に見覚えがある気が…、してきたことなの。

どこで会ったひとだろう? どこかで見ただけかしら?

それとも、単なる既視感…?


ほんの少しもやもやしたけれど、ホテルに着いてお部屋でシャワーを浴びたら、もやもやも洗い流してしまったみたい。

なにをもやもやしていたかも忘れて早々に寝てしまったわ。



次の日、シール伯爵夫人が会いに来てくれたのよ。

「こんにちは。昨日はどうもありがとう。本当に泥棒が入ろうとして、そして逮捕されたと聞きました。我が家が無事だったのはあなたのおかげよ」

「とんでもないです。でも、お役に立てたのなら嬉しいです」

本当に良かった。大切なものが盗まれずに済んで。


シール伯爵夫人は私より少し歳上の可愛らしい女性と一緒だったわ。

「こちらは孫のシャーナですの。あなたの話をしたら、ぜひ会いたいと申しましてね」

「はじめまして。シャーナ・ケインです。祖母の家を助けてくださって本当にありがとうございます。これ、良かったら召し上がって下さい」

ウェーブのかかった金色の髪をハーフアップにしたシャーナさんは、そう言って焼き菓子のたくさん入ったカゴを差し出してくれたの。


「わあ、美味しそう!」

フィナンシェ、マドレーヌ、カップケーキにこっちはスコーンかしら。

どれもとても美味しそう。ほのかに甘いいい匂い!

「いいんですか?」

嬉しいわ。実はこちらの世界に来てから「お菓子」ってものが遠い存在だったの。

デイジーホームで作っていたクッキーと、ギレルモおじさんが作ってくれたフルーツのスイーツくらいよ。


ちゃんとこういうお菓子もあるのね!


「私、占いって大好きなんです。私も占っていただけますか?」

シャーナさんはわくわくと瞳を輝かせているわ。

「もちろんです」

「実は私、結婚するんです。2週間後に挙式と披露宴を行う予定なの。2週間後、お天気はどうかしら? 晴れたらいいなと思っているのだけれど」

「…………」

幸せそうなシャーナさんの笑顔。でも。

2週間後…?

ヤバイわ。それはちょっと遠すぎて分からないわ…。

いやん。せっかく来てくれたのに、役に立てないなんて。

こういう瞬間が切ないのよね。


「シャーナ。ヨツバさんは夢占いをなさるのよ。2週間後のお天気じゃなくて、まずは夢のお話をなさいな」

口籠っていたら、シール伯爵夫人がそう言って下さったわ。助かった。


「あら、そうでしたのね、ごめんなさい。夢は、ええと、そう。お花畑をお散歩する夢でしたわ。一面にピンク色のお花が咲いていました」


その光景を思い出すように微笑むシャーナさんを見つめながら未来を見てみた。

花がたくさん咲いている庭園が見えるわ。

丸いテーブルがいくつも設置してあって、シャーナさんはテーブルの位置や椅子の数や花壇のお花の咲き具合をメイドさんたちとチェックしているみたい。


「ガーデンウェディングですか? 準備はかなり進んでいるようですね」

「ええ! 明日は花壇のお花を確認して、寂しいようなら追加で植えようと思っているんです」

お花は十分だと思うけれど…。

うん? 待って。あれは…!


思わず立ち上がったら、がたんと椅子が音を立てて倒れたわ。

「ヨツバさん?」

「シャーナさん。すぐにその、ウェディングの会場に案内して下さい!」


たくさんの植物に囲まれた緑豊かな庭園。その片隅に、ビーストがいるわ!



庭園に着いたときには、すでにビーストは姿を現し、美しく整えられたお庭を闊歩していたわ。

「ひっ!」

ビーストを見て、シャーナさんは真っ青になった。

当然よね。


シャーナさんたちにはシール家の馬車に乗ったまま、少し離れたところに待機してもらうことにして、私たちはビースト退治に向かったの。


ここはシャーナさんと結婚相手のダリオ・サーマン伯爵の新居になる予定の邸宅なのですって。

あ、まずい。

メイドさんがビーストに気付いて悲鳴をあげるわ。

その声に反応するように、ビーストが屋敷に向かう。

「ライドさん、建物の中に逃げるわ!」

「っ!」

わわっ!

ライドさんは無言で馬を操り先回りしようとしたけれど少し遅かった。

メイドさんの悲鳴が響いて、ビーストがメイドさんを追いかける。

がちゃん、とガラスが割れる音がしたわ。

「待って、ライドさん。出てくるわ!」

「どこだ?」

「あの窓!」

指差して叫ぶと、ライドさんとセスさんが同時に銃を構えた。

直後、飛び出して来たビーストに向かって2人は同時に発砲したわ。


どさりと重たい音を立ててビーストは倒れた。

それを確認して、ジェリーさんが屋敷の中に走って行ったわ。

いつも通りセスさんがビーストのとどめを刺して、無事にビーストは退治できたけれど。


私はお庭とお屋敷を見回してため息をついた。

だって、丹精された花壇は踏み荒らされて、新築らしい建物も傷だらけよ。

窓ガラスは交換すればいいとしても、床や壁も直さなくちゃいけないと思うわ。


はっ。そうだ。メイドさんは無事かしら?


そう思ったところにタイミングよくジェリーさんが戻って来た。

「何人か怪我をしてるけどみんな軽傷だよ。だけど…」

良かった。大きな怪我をしたひとはいないみたい。

でも、ジェリーさん、とても渋い顔をしているわ。


「どうした?」

ライドさんに聞き返されて、ジェリーさんは大きなため息をついた。

「ビーストが爪を引っ掛けたみたいでさ。ドレスが、ね」

ドレス? それってまさか、ウェディングドレス?!


仕留められたビーストをよく見ると、その前足の爪に白いレースの布が引っかかっていた…。


惨状を目の当たりにしたシャーナさんの嘆きようはとても見ていられなかったわ。破れてしまったドレスを抱きしめて泣き続ける彼女に、かける言葉が見つからない。

連絡を受けて駆けつけて来た婚約者のダリオさんが一生懸命慰めていたわ。


ドレスは本番までになんとか直すようドレスメーカーに依頼するようだけれど、特注のベールは間に合わないかもしれないんですって。


翌日から私たち4人は、時間を作って花壇を直すお手伝いをしたのよ。

セスさんは床や壁の修理の方が得意らしくてそちらを手伝っていたけれど。


シャーナさんの結婚相手のダリオ・サーマン伯爵家は焼き菓子を販売する事業をしているのですって。

お二人が結婚した後は、焼き菓子の製造も始めるそうで、腕の良い菓子職人を雇って新しい焼き菓子を開発中なのだそう。お手伝いに伺うたびに試作品のお菓子をご馳走になってしまったわ。試作品とはいっても、お菓子としては完成されたものよ。とってもとっても美味しいの!


なんとかお式の当日にはお庭は綺麗に整ったわ。

ピンクのスイートピーも咲き揃っている。

お式の前、4人で花嫁さんの控え室に会いに行ったの。

「ヨツバさん! それに皆さんも。この度は本当にありがとうございます。皆さんのおかげで無事に今日を迎えることが出来ました」

シャーナさんは嬉しそうに微笑んだわ。

「おめでとうございます。シャーナさん、とってもキレイ!」

ドレスもちゃんと直っていて、レースをふんだんに使った可憐なデザインはとてもシャーナさんに似合っていた。

「ふふ。ありがとう。でも、やっぱりベールは間に合わなくて。残念ですけれど、仕方ありませんね」

ちょっぴり悲しげなシャーナさんに、私はそっと持ってきたストールをかけてあげた。


「これは…」

エリーさんがくれた、エンジェルズ・ローブのストールは美しい刺繍で縁取られた透け感のある生地で、ほら、マリアベールみたい。


「エンジェルズ・ローブ…?」

鏡を見てシャーナさんが呟く。

「ええ。素敵よ。とっても似合うわ!」


シャーナさんは微笑んだわ。

天使みたいに、曇りのない、幸せいっぱいの笑顔だった。


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