天使の羽衣
レオナルドさんの一件から3日が経った。
レオナルドさんの腕の傷はすぐにきちんと治療を受けて、大事には至らなかったそうよ。
あの日、エリーさんは無事にレオナルドさんと会えて、とても喜んでいたってジェリーさんが教えてくれたわ。
お礼にって、今日、とっても素敵なストールが届いたのよ。
パールのように光沢があって、薄らピンクにも見える白い透け感のある美しい生地なの!
「わぁ、ステキ!」
肩にかけてみると、肌触りもさらさらとしていてすごく高級そう。フチに細かい刺繍までしてあるわ。いいのかしら、いただいちゃって。
「エンジェルズ・ローブか」
ライドさんが言ったわ。
「エンジェルズ・ローブ?」
なぁに、それ? 確かに、天使が羽織っていそうなくらい素晴らしいものだけれど。
ジェリーさんが説明してくれたわ。
「エンジェルズ・ローブはこの国の名産品のひとつだよ。機織の魔法石を使って織る特別な布なんだ。姉さんは裁縫が趣味でね。機織りは本職じゃないけれど、大枚叩いて機織の魔法石を手に入れていろいろ作ってる。本職に負けないくらい腕は良いよ」
「エリーさんが織ったの? すごい!!」
ひとの手でこんなに美しい布が作れるなんて、信じられないわ!
ふふ。ジェリーさんったら誇らしげね。そうよね。お姉さんが素晴らしい技術を持っているのですもの。
ただ。残念なことに、ステキなストールを身につける機会が、私にないのよね。
普段着にはとても似つかわしくないわ。
貴族のご令嬢だったら普段使いもするのかもしれないけれど、パーティとか舞踏会とか、ドレスを着るときでないと出番がなさそう。でも、庶民の私にはパーティも舞踏会も縁がないわ。うーん。せっかく頂いたのにこう言ってはなんだけれど、宝の持ち腐れね。
汚さないうちにしまっておこう。
使うチャンスはないかもしれないけれど、こういうものって手元にあるだけで心が弾むわね。
あら? 箱の中に手紙が…。
「…うふっ」
やだ。にやけちゃうわ。
「なに? 急に笑わないでよ、気持ち悪い」
ジェリーさんが嫌な顔をしたけれど、気にしなーい。
だって、エリーさんの手紙にはレオナルドさんにプロポーズされたってことが書かれていたのよ。
エリーさんが言っていた、「期待していること」ってプロポーズだったんだわ、きっと。
「エリーさん、結婚されるんですね。おめでとうございます」
ジェリーさんにお祝いを言ったら、ジェリーさんはぴしっと時が止まったように固まったの。
そうして、みるみる瞳が見開かれていくわ。
…おや? なんだか様子が…。
「ほう、やっと覚悟を決めたのか」
ライドさんが目を細めて微笑んだ。驚いた様子はないから、ライドさんはレオナルドさんとエリーさんが恋人同士だって知っていたのね。
………。先日、初めてエリーさんに会ったとき、ライドさんの腕にべったり抱きついていたのはなんだったんだろう。あのときは、エリーさんはライドさんのことがお好きなのかと思ったけれど。違ったってことよね。
ライドさんとエリーさん。2人とも背が高くて美男美女で遠目にもお似合いに見えたわ。
エリーさん、本当に美しくて、ハキハキしていて、素敵なひとだったの。お仕事も出来るんだろうなぁ。
私なんて全く敵わない…、って。やだ。張り合う必要なんてないじゃない? 敵わなくて良いのよ。
でも。エリーさんの好きなひとがレオナルドさんだって分かって、なんだかちょっとほっとしちゃ…。うん?
ほっとした? なんで? やだ。なにこの気持ち。なんか、だめよ。だめだめ。これはこれ以上考えちゃいけない気がする。
ついつい見つめてしまっていたライドさんから、無理やり視線をセスさんに移動させた。
セスさんはちょっとジェリーさんを見て、見ていた地図に視線を戻したわ。
「聞いてない!」
数秒後、ジェリーさんはそう言ってむすっとしかめっ面になったの。
ええ、そうでしょうね。様子から、そうなんだろうなと思ったわ。
ウィーズルというこの国には、王都メーアを中心にぐるりと囲むように5つの地域があるわ。
イメージ的には王都が首都で、地域は県って感じかしら。それが、それぞれもっと巨大になった感じ?
今、私たちはモンテという地域に向かっているの。まずはスクイレルという街に行ってビーストの動向を探ってみることになったのよ。
移動は、ライドさんとセスさんはそれぞれ馬で。ジェリーさんは荷馬車で、私はその荷台に荷物と一緒に乗せてもらっているの。
移動中は、役立たず感半端ないわ、私。
その分、スクイレルの街に着いたら頑張るわよ!
数時間後。私はぐったりとテーブルに突っ伏していた。
ええ、そうよ。頑張る、と言ったわ。
気持ちも強く思ったわ。
だけどこれってちょっとすご過ぎない…?
スクイレルの街のひとたちは、占いがお好きでいらっしゃるようね。地域性なのかしら。初日っから結構な行列が出来てしまったのよ。
ここはスクイレルの街の中心にあるモールの一角。人通りが多くて賑やかなのよ。モールにはちゃんとした店舗のあるエリアと、旅の行商人っていうのかしら、薬売りとか道具売りとかがそれぞれ自由にテントを張ってお店を出せるエリアがあるの。
場所代は必要だけれどね。
私たちはそこにスペースを確保したわ。行き交うひとが気ままに立ち寄る、そんな感じを予想していたのだけれど、私の予想に反して、看板を出して少しするとどんどんとお客さんがやって来たのよ。
占いって、人生相談的な側面があるでしょう?
私が未来を見る分にはそれほど時間はかからないのだけれど、あんなことがあって、こんなことが心配で、それで夢がこうだった、ってお話を聞いているとどんどん時間が過ぎちゃって。
行列がなくなったのは、午後3時を過ぎてからだったわ。
ああ。お腹が空いた。
「お疲れ様ー」
今日はおしまいの看板を出して、テントの裏でジェリーさんがテイクアウトのお弁当を出してくれたわ。
わーい。唐揚げだ。嬉しい。
早速もりもり頬張った。美味しい! 冷めちゃってるけれど、硬くないしべちゃべちゃでもないわ。
お母さんもお料理は得意だったけれど、お弁当の唐揚げは傷まないようにしっかり目に揚げるから、いつも少し硬かったっけ…。
「……………」
ちょっと箸が止まっちゃったら、ジェリーさんが目ざとく気付いて首を傾げた。
「どうしたの? 口に合わない?」
「いいえ! とっても美味しいです!」
えへ。
笑って答えると、ジェリーさんも向かいに座って同じように食べ始めたわ。
あら。待っていてくれたんだわ。先に食べたのかと思ってた。
なんだかんだ言って、ジェリーさんも優しいのよね。
ふふ。
「なに?」
おっと。鋭い視線。
いえいえ。えーと。
「初日からお客さんが多くてびっくりしました」
ジェリーさんはあったかいお茶まで入れてくれたわ。緑茶よ。こちらのお茶も元の世界とおんなじに美味しいの。
「ライドとセスに、目についたひとには片っ端から声かけるように言ってあるからねー」
「…なるほど」
占いって、そもそも女性のお客さんが多いから気がつかなかったわ。
大量のお客さんはナンパの成果だったのか。
どおりで。私の姿を見て鼻白んだ表情したひとたちが少なくなかったのも納得ね。
値踏みされるみたいにじろじろ見られることって多いから、慣れてるつもりだったけれど、それにしても視線が痛いひとがいるなぁと思っていたのよね。
そうか。これからはそういうお客さんがたくさん来るのね…。
頑張れるかしら、私。




