追いかけて
「出発した?!」
元の世界で言うところの、県警とか警視庁にあたる、その街の警察組織の建物にやって来たの。
だけど、肝心の、クマさんのような見た目の男性は少し前に部下のひと2人を連れて隣町のボニートに向かったと言うのよ。ボニートに住む子爵家から不審者の通報があって、急行することになったそうなの。
ボニートに行くにはシーヘアというあまり治安の良くないエリアを通ると近いの。
急いでいるから、そのシーヘアを通過する経路を選んだだろうっていうのよ。
「行きましょう、ライドさん!」
私はライドさんの腕を引っ張って走った。
だって、ひとりじゃ馬に乗れないし、道だって分からない。それに、そもそも、ライドさんの馬だもの。
ライドさんはすぐに私を追い越して、逆に私を先導するように私の手を引いて前を行く。
「姉さんはここで待っていて」
「ジェリー…!」
「祈っていて」
追いかけてくるジェリーさんの足音を聞きながら、馬を待たせている場所まで急ぐ。
待機していたセスさんが私たちの様子に気づいて険しい顔をしたわ。
「セス、ボニートに行くぞ!」
「了解」
短く答えたセスさんは、私がライドさんの馬に乗るのを手伝ってくれてから、自分の馬に乗った。
すぐにジェリーさんも来たけれど、ライドさんは先に馬を走らせた。
どうか、追いつきますように。
ライドさんの操る馬は、今までにないスピードで走っていたわ。
馬ってこんなに早く走れるのね。すごいわ。正直、怖いのっ!
でもそんなこと言ってる場合じゃないもの。いつもはライドさんの前に乗せてもらっていたのだけれど、今はとにかく速く走らせるために後ろに乗ってるの。
バイクの2人乗りみたいにね。
私はぎゅっと目を閉じて、前傾姿勢のライドさんの腰にしがみついていたわ。
クマさんのような男性は、お名前をレオナルドさんとおっしゃるのですって。ボニートに向かって急行したってことは、レオナルドさんたちものんびりはしてないと思うのよ。
だから、追いつくためにはレオナルドさんたち以上のスピードが必要なの。分かっているけど、だめ。酔う。気持ち悪い。
しがみつく腕につい力が入ってしまう。
早く早く。お願い。早く追いついて…!
15分くらい走ったかしら。ライドさんの声がした。
「いたぞ!」
いた? 本当? 無事ね?
なんとか目を開けて、ライドさんの背中越し、前方に目を向ける。
本当だわ。まだ距離があるけれど、レオナルドさんたちは馬から降りているわ。誰かと話している。なんか、あんまり人相も態度も良くなさそうなチンピラみたいな2人組よ。
もしかして、あれが不審者かしら。
でも、良かった。追いつけるわ。
ほっとしたの。でもそのときよ。
見えたわ。ほんの少し先の未来が。
「ライドさん! ビーストよ、来るわ!!」
「っ! どこだっ?」
「レオナルドさんたちが背中を向けている方、彼らの真後ろからよ!」
どんどんともの凄いスピードで彼らに近づいていく私たち。レオナルドさんと思われるひとがこちらに気づいたわ。
同時に、立ち並ぶ木の陰に、潜んでいるビーストが見えた。
「ライドさん!! あそこよ!!!」
ライドさんが銃を取り出す。
え。このスピードのまま撃つ気なんだ?
レオナルドさんが驚いた顔をしているわ。もう、表情が分かるくらい近い。
私も驚いていますけれどね!
「下がれ! レオナルド!!」
ライドさんが怒鳴った。
その瞬間、ビーストが飛び出して来たの!
間一髪よ。ライドさんの声に反応したレオナルドさんは、チンピラさんたちを突き飛ばすようにして地面に伏せた。部下のひとたちもなんとか避けられたみたい。
数発の銃声がしたわ。
血を流しながら唸り声を上げるビーストと、地面に伏せたレオナルドさんたちの間に入って、ライドさんは銃を構え直した。
セスさんとジェリーさんと、3人でビーストを囲むように対峙する。
「ヨツバ?」
はい?
…ああ、えっと。コロニーに帰るかどうかを見るんでしたっけ。
うーんと。うん。残念だけど、このビーストはコロニーとは関係ないみたい。
「このビーストは違います」
「OK」
すぐさま銃弾がビーストの急所を襲う。
最初の発砲で、私にはどこを撃ったのか分からなかったけれど、すでに傷を負い動きを封じられていたビーストは反撃することなく倒れたわ。
でも、まだ絶命していない。だらりと舌を出し荒い息をつきながらぎょろりとライオンの瞳が動いた。
「ライドさん、尻尾のヘビが!」
頭をもたげたヘビの口から何かが飛び出した。
「危ない!」
そう叫んだのはレオナルドさんよ。
同時にライドさんの銃がヘビの頭を吹き飛ばしたけれど、部下のひとりを庇ったレオナルドさんはヘビが吐き出した液体を腕に浴びてしまったの。
「痛ぅ…」
低く呻いたレオナルドさんの腕は、まるで硫酸を浴びたみたいに焼け爛れてしまっていたわ。
酷い…。なに? 毒?
やだわ。尻尾のヘビ、怖すぎる。
「課長!」
部下のひとりがレオナルドさんに駆け寄ったわ。
課長?
レオナルドさんは課長さんなの?
いつものようにセスさんがビーストのトドメを刺して、その間にライドさんが私を馬から降ろしてくれた。
ジェリーさんが小さな箱を手に持って、レオナルドさんのそばにしゃがみ込んだわ。持っているのは救急箱みたいね。とても手際よく応急手当てを始めたわ。
「悪いな、ジェリー」
「本当だよ。ドジだね」
「まったくだな」
体格に見合った、低くどっしりとした声は明るくて、表情も朗らかだわ。
皆さん、お知り合いみたいね?
「ライド、それにセスも。助けてくれてありがとう。わざわざ来てくれたんだろう? ビーストの情報が出ていたのか?」
出かける前に確認したんだが、とレオナルドさんは首を傾げた。
ゆっくり2人に視線を振って、それから私を見るとレオナルドさんはにこっと笑ったの。
わ。いかつい見た目でいらっしゃるけれど、笑うと可愛らしくなるんだわ。
愛嬌があるっていうのかしら。
「いや。情報は彼女からだ。彼女はヨツバ。占い師だ」
ライドさんが私の肩を抱くようにして紹介してくれたの。
だから、ぺこりと頭を下げたわ。
「はじめまして。ヨツバです」
レオナルドさんは驚いたように目を丸くして、改めて私を見た。
「そうか、君が…! 俺はレオナルド・コーツ。君のおかげで助かったよ。どうもありがとう」
「あ、いいえ。とんでもないです…?」
なんだろう。なんだか興味深そうに見られている気がするわ。
「なるほど。ライドが目をかけている占い師がいる、と聞いていたが、こんなに若いこだったとはな。歳はいくつ?」
「18です」
ライドさんが目をかけている…。それって専属契約のことかしら?
「そうか。いろいろ大変なこともあるだろうが、困ったことがあったら遠慮せず、警察署に相談に来るといい」
そう言って、レオナルドさんは破顔した。
わぁ。とっても暖かい雰囲気のひとね。優しくて頼りがいのあるひとだって感じられるわ。
「ありがとうございます」
明るい笑顔につられて目一杯微笑み返したとき、巻き終わった包帯の上をジェリーさんがばちんと叩いたの。
わ。痛そう…。
「いっ! てぇぞ、ジェリー!」
「そう? じゃあ早くちゃんと手当てしてもらわないとね。馬には乗れるでしょ。戻るよ」
「しかし…」
言い淀むレオナルドさんに部下のお2人が言ったの。
「戻ってちゃんと手当てを受けてください、課長。通報のあった子爵家には俺たちが行きます」
「大丈夫ですよ。容疑者も見つかりましたし、写真を見せて目撃した不審者と同一人物かどうかの確認をしてきますから」
写真…。
「だが…」
レオナルドさんは何か心配そうに部下の2人の顔を見て、それから私を見たの。
うん? ああ!
「大丈夫ですよ。今日はもう、この道にビーストは出ませんから。おふたりが襲われることもないです」
レオナルドさんはほっとしたように表情を崩したわ。
「そうか。じゃあ、すまないが行ってきてくれ」
「はい!」
ふと見ると、チンピラさんたちはセスさんにしっかり押さえつけられて、観念した様子よ。
いつの間に…。
部下の方のひとりが何やら取り出して、チンピラさんたちを撮影しているみたい。
「あれも、魔法石ですか?」
聞いてみたら、レオナルドさんは穏やかな笑顔で頷いたわ。
「…ああ。転写の魔法石というんだ」
転写の魔法石…。
本当に、いろいろな種類の魔法石があるのね。
「僕は荷車を取りに行ってくるよ」
ジェリーさんに声をかけられて、ライドさんが頷いたわ。
「頼む。ヨツバの顔色が良くないから、しばらくここで休んでるよ」
「そう? じゃあ、そいつらの見張りにセスは置いていく。レオナルド、行くよ!」
ジェリーさんとレオナルドさん、それからレオナルドさんの部下の方達がそれぞれ馬で出発したわ。
それを見送って、ライドさんはそっと私の頬を撫でた。
「だいぶ馬を急がせたからな。酔ったんだろう? 座って休んでいると良い」
少しひんやりした手のひらが気持ちいい。
とても、ありがたいわ。乗り物酔いが治らなくて、すぐには馬に乗れそうもなかったから。
ライドさんは木陰にあった平たい石に私を座らせて、ライドさんの大きな背中に寄りかからせてくれたの。そよぐ風に吹かれながら私はそっと目を閉じた。




