金髪美女さん
ばしゃっ!
勢いよくジェリーさんに浴びせかけられたコップの中身はフレッシュなレモンジュースだったわ。
うわぁ。あれは目に入ったら痛そう。
ジェリーさんは表情を変えずに眼鏡を外して汚れたレンズをハンカチで拭いてるのよ。
そんなジェリーさんの淡々とした様子に、女性はますます怒りが増したように見受けられるわ。
あ〜あ。
だめよ、ジェリーさん。
一生懸命怒っているのにしらっとされたら悲しくなるじゃない。嵐が通り過ぎるのを待つみたいな態度は、火に油を注ぐのよ。
あ…。金髪美女さんが手に持ったの、シュガーポットじゃないかしら??
まさかあれもぶちまける気?
…昨日見たときはそこまでしてなかったわよ。
高い位置に結われた長いポニーテールが揺れている。
怒らせ過ぎよ、ジェリーさん。一体なにをしたのかしら。
隣で一緒に様子を伺っていたライドさんが小さくため息をついて立ち上がったわ。
そうしてジェリーさんと金髪美女さんの元にゆったりとした歩調で近づくと、声をかけたの。
なんて言っているのかは分からないけど、金髪美女さんからは一瞬で怒気が消しとんだわ。
……………。
美女さんはライドさんの腕に抱きつくように腕を絡めてうっとりと微笑みかけている。
すごいわ、ライドさん。さすが、美形は違うわ。
ライドさんは、その手振り身振りからどこかへと美女さんを誘っているよう。
2人が歩き去ったのを見届けてから、私はおしぼりをたくさん持ってジェリーさんの元に向かった。
セスさんは…。
振り返ると、セスさんは私を見て「行ってこい」ってゆっくり瞬きをした。
「大丈夫ですか?」
おしぼりを差し出すと、ジェリーさんはじとっとした目で私を見たわ。
「汚れてもいい服って、こういうこと? 昨日はここまで言ってなかったけど、分かってたの?」
ええ、まあ。
おしぼりで汚れたところ拭きながらジェリーさんは恨めしそうにしているの。
ホテルのカフェのテラス席。ホールスタッフさんがテーブルを綺麗にしてくれる早業に感心してしまう。
あっという間に整えてくれたわ。ありがとうございます。あ、コーヒーお願いします。
「お砂糖被らなくて良かったですね」
「レモンジュースも被りたくなかったけどね。教えてくれれば良かったのに」
「教えても、ジェリーさんは避けなかったでしょ」
教えなくても、避けられないタイミングじゃなかったと思うのよ。
そう言うと、ジェリーさんは口をへの字にして空を仰いだわ。
「…なにも聞かないのはみんな分かってるからだと思っていいの?」
ジェリーさんがボソリと呟く。
「そんなわけ無いですよ。聞いていいのかなぁ、って様子を伺ってるだけです」
実際、あの美女さんが誰なのか、とか何を言い争っていたのかとかは分かってないもの。
だけど、あの女性は誰ですか、とか喧嘩の原因は何ですか、とか聞いていいのかどうか迷う。
何でかって、ひとと深く関わることに慣れてないから。
大したことじゃないかも知れないわ。なんとなく聞いたって、構わないことなのかも知れない。
でも、そうじゃなかったら?
膿んでしまった傷は、一度開いて膿を出してしまわなければ癒えることはないわ。
分かっていても、痛みを伴うその行為を強いる勇気がない。膿を出し切ってあげられるという自信もない。
私はそういうところに踏み込んでいく程優しくない。
だから。
聞かれたくないこと、言いたくないことってあるでしょう?
無理には聞かないわ、って、キレイゴトを盾にして他人との距離をキープしちゃう。
ひとを傷つけたくないって言いながら、その実、自分が傷つきたくないのよね。
そういう自分の弱さがキライだわ。
分かっていて、自分を変えられない自分がキライ。
「ぷっ」
気がついたら、ジェリーさんが面白そうに私を見ていたわ。
やだ。なんで笑ってるの?
「なんて顔してるの。そんな、この世の終わりみたいな顔するほどのことじゃないよ。何が一番大切かってことがあのひとと僕は違うだけ。あのひとに何を言われても僕の一番は変わらないし、あのひとも自分の一番を変えない。だからぶつかった。それだけだ」
それだけ…?
「でも、私、お役に立てなかったですよね。占ったのに」
誰かの助けになりたいと思っていたのに、それが上っ面な気持ちだと気づいてしまったわ。
落ち込まずにはいられないわよ。
「そんなことを気にしてるの?」
「そんなこと?!」
ジェリーさんは呆れたように肩をすくめたわ。
「君の占いを活用出来るかどうかは僕の問題だよ。僕はちゃんと汚れてもいい服を着ているし、君の占いは役に立ったさ。僕とあのひととの諍いの原因や解決に君が責任を感じる必要はないよ。お人好しだね」
「でも…」
「ほら、元気だして。いつもみたいに憎まれ口を叩いてごらん」
そう言って、私のほっぺをむにっと摘むの。
慰められてしまったわ。
えへ、って笑いかけたとき、冷ややかな声がすぐ側から聞こえてきたの。
「ジェリー。女の子の顔に気安く触るのはやめなさい」
見ると、金髪美女さんとライドさんが戻ってきていたわ。ライドさんがなんとも不思議な、笑ってるんだか笑ってないんだか分からないような笑みを浮かべていて、ジェリーさんは慌てた様子で私のほっぺから手を離した。
「姉さん…!」
…姉さん?
ええっ? この金髪美女さん、ジェリーさんのお姉さんなの??
似てな…。
「はじめまして。ジェリーの姉のエリーです。あなたがライドの言っていた占い師さんね? 不肖の弟が迷惑かけてごめんなさい」
美女さんの明るい笑顔は目に眩しいわ。
「はじめまして、エリーさん。ヨツバです。迷惑なんてことは…」
「ふふ。優しいのね。意地悪されたらすぐに言ってね。私が殴っておくから。ところで、私も占って欲しいわ!」
え?
「姉さん、彼女の占いは高いよ」
「あら、そうなの?」
「いえっ、そんなっ」
もうっ。ジェリーさんったら。このひと、なんとなく、高額はふっかけにくい雰囲気あるわよ。
ジェリーさんのお姉さんだもの。ご紹介割引ってことにしておくわ。
エリーさんは椅子を引いて隣に座るとにっこり笑った。
「明日、期待していることがあるの。私は明日、笑っているかしら?」
なんだか嬉しそうにそう言うのよ。うきうきしていて、それを楽しみにしていることが満面の笑みから見て取れるわ。
…明日?
勢いの良いエリーさんの言葉に引きずられるように、すぅっとエリーさんの明日が見えた。
………………。
笑ってない。泣いているわ。
ナニカに取り縋るようにして…。なんだろう。もしかして、遺体…?
写真はこの国の警察官の制服を着ているように見えるわ。
「ちょっと、やだ、ヨツバちゃん?」
私の表情から何かを察したのか、エリーさんの笑顔が強張った。
「エリーさん。体格の良い男性でお髭の、例えるならクマ、みたいなひと、心当たりありますか? 多分、警察官です」
エリーさんが息を飲んだ。
「…ええ。分かるわ」
「そのひとに、会わせてください。今すぐに!」
そのひとに、きっとなにかある。
でも、なにがあるのか、どうしたら回避できるのかはそのひとを見なければ分からないわ。
エリーさんはとても驚いた様子だったけれど、すぐに立ち上がった。
「案内するわ」
難しい顔で話を聞いていたライドさんは、私が見ると頷いてくれた。
「行こう」
そう言って私の手を握ってくれたの。
いつの間にかセスさんもそばにいて、
「馬を用意してくる」
と走って行った。
「行くよ、姉さん」
ジェリーさんがエリーさんの手を取る。
私もライドさんと頷き合って、セスさんを追いかけた。




