作戦会議
ホテルは、いわゆるビジネスホテルのようだったわ。
ビジネスホテルって利用したことはないけれど、ビジネスマンが出張で使う寝泊りするだけの比較的安価なホテルってイメージよね。
ジェリーさんが手配してくれたのが、まさにそんなお部屋のホテルだったの。ベッドと書物机だけのシンプルな客室。一応、シャワールームとトイレはついているわ。
もう遅い時間だったから、各自部屋で休んで明日の朝ロビーに集合。朝食を食べながら今後の作戦会議をすることになったの。
レイの街でのビースト退治で、随分とくたびれていた私は、閉じてしまいそうな目をなんとかこじ開け、シャワーを済ますとそのままベッドに倒れ込んだ。
翌日は、まあ、予知の力を使わなくても分かっていたことだし、使ったところで回避なんかできないんだけれど、要するに盛大に寝坊したわよね。
少しの寝坊なら大慌てで顔洗って着替えてってバタバタするところだけれど、こんなに遅刻だと却って落ち着いちゃうわ。だって、もうじきお昼なのよ。
みんながこんな時間までただ待ってるとは思えかったけれど、とりあえず、待ち合わせ場所だったロビーのカフェに行ってみたの。
そうしたら、ジェリーさんがコーヒーを飲みながら新聞のようなものを読んでいたわ。
「おはようございます」
「………この時間にその挨拶? いい度胸だね」
呆れたような、怒っているような、ジェリーさんの声と表情。
まあ、当然か。今朝は相当待たせてしまったのだし。
「すみません。寝坊しまして」
「ライドかセスと同じ部屋にしてあげようか? そうしたら起こしてもらえるでしょ」
あははは。ような、じゃないわ。はっきりきっぱり怒っていらっしゃる。
「以後気をつけますので、それはご勘弁を」
大きなため息を聞きながら、注文を取りに来たホールスタッフさんにコーヒーをお願いした。
それから、ジェリーさんが持っている新聞に目を向けたの。
言葉が分かる、というのはこの世界に来て一番不思議に思うことだけれど、会話ができるだけじゃなくて読むこともできるの。文字は私には日本語のように見えるし、私が書く日本語の文字も意図した通りの意味で読んだひとに伝わるわ。
となると疑問に思うのは、マヨイビトは日本人以外にいないのかってことよね。
日本人だけが迷い込む異世界。そんなことってあるかしら。
他のマヨイビトに会ってみたいわね。私自身がマヨイビトだってことを隠している間は難しいかもしれないけれど。
「その記事、昨夜話していた懸賞金の記事ですか?」
ジェリーさんが持っていた新聞を指差すと、ジェリーさんは頷いたわ。
「そうだよ。守護者の発見者に1,000万、眼病根治の魔法石の発見者に5,000万ペタルだって。魔法石の方はそれ自体に相当な値がつくだろうから、プラス5,000万ってことになるね」
多っ!
「すごい金額ですね…」
「まー、ね。その金のために必死になって探してくれるくらいの額じゃないと意味ないでしょ。特に魔法石の方は命がけだし」
「命がけ…」
「そ。金額が魅力的だったこともあって、今朝は号外も出ていたよ」
「号外…?」
「滅多にないことだからね」
号外って速報を知らせるためのものよね。
「でも、ジェリーさんたちは昨夜もう知っていましたよね…?」
昨夜のうちに出たのならまだしも、今朝って遅くない?
「え?! っとー、それは…」
ジェリーさんの目が、眼鏡の奥で猫の目みたいに丸くなったわ。
「優秀な情報屋がいてね」
頭の上から落ちて来たのは、落ち着いた柔らかな低い声だった。
「ライドさん。セスさんも。今朝は待ち合わせをすっぽかしてしまってごめんなさい」
私の隣にライドさんが、ジェリーさんの隣にセスさんがそれぞれ座った。
ライドさんは微笑んでくれたわ。そうして、私の頭をぽんと撫でたの。
「疲れていたんだろう。気にするな」
セスさんはライドさんに同意するように頷いていたわ。
良かった。2人とも、それほど怒ってないみたい。
ええっと、
「情報屋、ですか?」
聞き返すとライドさんは頷いたわ。
「ああ。ヨツバと同じように契約している情報屋がいて、そいつから教えてもらったんだよ」
なるほど。そういうひとがいるのね。
王様の行動についての情報を、公式発表前に入手できるって結構すごいことなんじゃないかしら。
「お2人は今までどちらに?」
「ハンター協会だ」
セスさんが答えて、持っていた地図をテーブルに広げた。
「懸賞金が効いたらしくてハンターが大勢詰めかけていた」
セスさんは大きな地図の上に別の地図を重ねて広げたわ。
「あら。じゃあ、王様の思惑通りってことですよね。良かったですね」
「成果が出ればな」
成果?
「ビーストの討伐はとても危険で難しい。懸賞金目当てのにわかハンターは失敗する可能性が高いだろう。だが、手練れのハンターたちがこれまで以上に頑張ってくれれば期待できるさ」
ライドさんが説明してくれたわ。
そうか。ハンターがたくさんいればいいってものではないのね。腕の良いハンターがたくさん必要なんだわ。
「これはこの国の地図ですか?」
「ああ。こっちはこの街のハンター協会が現在把握しているビーストの情報だ。目撃された場所に印がつけられている」
国全体の地図の上に置かれたのは、この街の地図を大きく引き伸ばしたもの。
ハンター協会は民間の組織なんだそうよ。街ごとに管理されていて、王都メーアの中心の街マッカレルに本部がある。ハンターには階級があって成果によって階級があがるの。報酬は出来高だけれど、階級が高いと指名でビースト退治の依頼があったり、ハンター協会からの情報を優先してもらえたりするらしいわ。
印の数は7つ。え、7つ?!
「この街だけで7頭もビーストがいるんですか?」
それは多いんじゃ…。
「ああ。ただ、じっとしてるわけじゃないからな。もうこの街にはいないかもしれないし、別のビーストがいるかもしれない。問題は、目撃されているビーストがみな単体だということだ」
「単体…?」
そんな話をしていたら、サンドウィッチの盛り合わせや焼きそばの大皿が運ばれてきたわ。
いつの間に注文したのかしら。
「ビーストが増えている原因は、大きなコロニーが形成されたせいだろうと言われているんだよ。群れを作ることでハンターに狩られることを防いでいるのさ。はい」
ジェリーさんがサンドウィッチと焼きそばを取り分けてくれたわ。
「ありがとうございます。賢いんですね、ビーストって」
「ビーストは本来群れを作らないんだが、稀に集団を形成するケースがある。そうなると繁殖ペースが上がり、その上討伐されにくくなるからどんどん大きな群れになる」
セスさんがそう言うの。
うーん?
「それって、大変なことなんじゃ?」
「そうだ。だから今回はその大型コロニーを丸ごと潰すことが目標だ」
なんだか、オオゴトね。
「難しいのは、根絶やしにすれば良いってものではないことだな」
ライドさんがそう言ってお箸を置いた。
少し前から感じていたことだけれど、ライドさんもセスさんもジェリーさんも食べ方がキレイなのよね。
ナイフやフォークやお箸の使い方はもちろん、その所作が美しいわ。姿勢がいいからかしら。
「それは、魔法石を採取するためですか?」
ビーストをあえて全滅させない理由はそれしか無いわよね。
「ああ。魔法石の効果は永遠ではないからな。必要な魔法石を確保するためには、ビーストを絶滅させるわけにはいかないんだ。だから、ハンター協会はその街に侵入したビーストの情報しか扱わない」
なるほど。増えすぎないように、そして減りすぎないように、その匙加減は確かに難しいでしょうね。
「養殖はしていないのですか?」
「「「養殖?!」」」
やだ、ハモった。
そんな、何言ってんの?! みたいな目で見ないでください。ちょっと聞いてみただけなんです。
元の世界でも人工的に繁殖させることが難しい生き物はいたものね。
ビーストなんて飼育すること自体難しそうだもの。無理なのかもしれないわ。
私はサンドウィッチを頬ばりながら地図を眺めた。
「考えたこともなかった」
「ああ」
「……………」
もぐもぐ。
このサンドウィッチ美味しいわ。パンもハムもきゅうりもみんな美味しい。ハムのしょっぱさが絶妙。
「街に入り込んだビーストはみんな退治しても平気なんですか?」
「あ、ああ。ビーストは元々森や林などを住処にしている。この国はビーストが生息できるよう、森や林を残しているんだ。魔法石を使った様々な製品はこの国の主力産業だ。だから、ビーストの数については国とハンター協会が協力してコントロールしているんだがな。魔法石は必要だが、一般市民に犠牲者が出ては元も子もない」
ライドさんはそう言って小さくため息をついたわ。
ジェリーさんが地図を指差した。
「本当はねー、ハンターはビーストが街に入ってくる前に仕留めなくちゃいけないんだ。こういうエリアでね。そのエリアを突破して街に入ったビーストは退治しちゃって問題ない。で、僕たちがこれからどうするかなんだけど…」
ふむふむ。どうするの?
コーヒーをそっと飲みながら、続く言葉を待った。




