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ビューティフルネーム

作者: ルルのまま

高校3年生の男子の何気ない日常の中から、ふと小さく沸いたブーム。それにちょっぴり巻き込まれるお話です。

放課後、同じクラスの西田くるみに呼び止められた。

人気のないグラウンドの端まで連れて来られると、彼女が唐突に切り出した。

「あ、あのね、あの、前から…」

えっ?前から?ってことは、もしかして「好きです。」的な?

僕の心はざわついた。

「あ、え~と、何?」

出来る限りの平静さを装って返すと、彼女はやはり顔を赤らめながらのもじもじ状態で先を続けた。

「あ、うん、あのね、松重君って…名前がしげしげって…なるんだね。きゃっ!ふふふふふふふ、ご、ごめんなさい!あの、人の名前をバカにしてる訳じゃないの!ただ、ただね、しげしげって…ぶ~ふふふふふ、あ、ごめんね、しげしげって、しげしげって…。」

彼女は笑いを堪えながら、両手で顔を覆って震えた。

あれ?なんだろ?この感じ。

「好きです」系じゃないの?

西田が僕にどうしても言いたかったことって、「好きです。」とかじゃないのかよ!

「あ、あ、ははは、そうだよ…ははは、だって、松重しげゆきだもん、間にしげしげって入っちゃってるけど…ははは、え~と、あの、え~と、何?西田さんの僕の用事って、あの、これ?」

僕は出来るだけ冷静な雰囲気でそう答えた。

だが、心の中では僅かな怒りと激しいがっかりや悲しみみたいなものと、何故か面白さでごちゃごちゃだった。

「あははははは、そう!そうなの!なんか、ごめんねぇ、結構前に気づいてすぐに言おうって思ったんだけど、もしかしたら、松重君のこと傷つけちゃうかと思って…あたしなりに色々悩んだんだけど、やっぱりどうしても言いたかったの!ごめんね、傷つけちゃってたら本当にごめんなさい。」

彼女の目に涙が見えたが、それは笑いすぎゆえの涙だとわかった。

「あ、べっ、別に全然!そんなの全然!大丈夫!俺も自分の名前だけど、しゃあないってわかってるけど、ねぇ、ははははは。」

お互い笑って「じゃあ!」と別れると、急になんだか空しい気分に襲われた。

西田、僕の名前の間が「しげしげ」になるって言うのに気づいたって言おうとするのに、悩んだんだ。

そうなんだ。

そんなことで、あいつ悩んだんだ。

…バカじゃない?

なんだよ!あの女。

ちょっと可愛いけど、こんなくっだらないことで悩んでたって…バカなの?

ははは。

ふと空を見上げると、綺麗なピンクやオレンジ、黄色に薄く紫色や群青色が混ざった中に、いくつもの小さな星が瞬いていた。

「あ~、寒っ!」

全身に冷たい風が吹きつけてくると、僕はブルッとひとつ身震いした。

羽織った上着のポケットでスマホが鳴った。

誰だ?

画面を見ると、中川からだった。

「今、お前ん家の前。」

短いメールは毎度の素っ気無いもの。

チッ!

僕は小さく舌打ちすると、家までダッシュした。

校庭を軽く5周したぐらいの距離を走ったのは、久し振りだった。

部活を引退してもう3ヶ月ほどだろうか。

自分の体力がこれほど衰えていたのかと、愕然となった。

駄目だ!これじゃ駄目だなぁ。

やっぱ、毎日少し走らないと。

僕は小さな習慣を誓った。

「あ~!おせぇよ!お前、何してたんだよぉ~!俺なんか、お前待っててすっかり冷えちゃったんだよぉ~。」

「はぁはぁはぁ、ああ、わりぃ、わりぃなって…はぁはぁはぁ。」

「ううん、いい!走ってきてくれたんだもんね。」

中川は急に女子みたいな気持ち悪いほど甘ったるい言い方をわざとしてきた。

自分の胸の前で両手をグーにしているポーズの中川は言い方だけじゃなく、上着の袖を手の甲までかかるようにして女子っぽさを際立たせていた。

「はあ?何、それ?お前、女子かっ?」

ごつい体とゴリラの様な顔の中川は、高めの声を出して更に続けた。

「だってぇ、ねぇ、しげぇ、冷えちゃったから部屋で温かいココア飲もうね!」

「はっ?ココアなんか家にねぇよ!そんなこじゃれた飲み物なんてねぇから!」

僕が少し苛立ったままそう言うと、「じゃあ…う~ん…なんでもいい!温かいなら、なんでもいい!」とすかさず女子っぽいままの中川が続けた。

「あ~…わかったから、とっとと入るべ!」

「きゃは!ついでに抱きしめて温めてくれてもい・い・ん・だ・よ!」

ゴリラ顔の中川の気持ち悪さに、何となくバシッと頭を叩きたくなった。

バシッ!

「ってぇなぁ、あにすんだよぉ~!ってててて。」

「おめぇがいつまでも気持ち悪いからだよっ!」

少々暴力的になってしまったが、ようやくいつもの中川に戻ってくれて僕はホッとした。

「ただいまぁ!」

「お邪魔しゃ~っす!」

家に入るなり、パンツ一丁姿の兄が立っていた。

「お~う!」

「お~う!じゃねえよ!友達連れてきたのに、そのまんま出てくんなよ!」

「え~っ!だって、なぁ~。」

兄は僕の後ろで靴を脱いでた中川に同意を求めた。

すると、「パンいち兄ちゃん。」

中川は兄を見たそのまんまを声に出した。

僕も兄も一瞬きょとんとなった。

「はははははははは!」

僅かな間の後、いきなり兄が大声で笑い出した。

つられて、中川も笑い出した。

僕は二人の感覚にイマイチついていけなかった。

「パンいち兄ちゃんかぁ…いいかも、いいセンスしてんなぁ!まぁ、上がれ!上がれ!」

「あ、はい、お邪魔しゃ~っす!」

そう言うと中川は僕に向かってピースサインをした。

それは兄に気に入られてイエ~イ!のピースなのか、それとも「お邪魔しゃ~す」が2回目って意味のピースなのか、僕にはわからなかった。


あの後、兄が「パンいち兄ちゃん」と咄嗟に呼ばれた話を父母にすると、そこから何故か「パンいち」だのと呼ぶようになってしまった。

「お~、パンいち、なんだ、お前今日はバイトか?」と父。

「あら、パンいち、乾いた洗濯物自分の部屋に持ってきなさい。」と母。

「なんだ、パンいち、お前、来年成人式だってなぁ。」と親戚のおじさん。

「パンいち君、お母さんいる?」と近所のおばさん。

「おう、松重、パンいちは元気か?」と僕と兄さんを受け持ってた学校の先生。

会う人、会う人が兄さんを「パンいち」と呼ぶのに、僕は違和感を感じていた。

ホントにいいの?

兄ちゃん、パンいち兄ちゃんでいいのかよ!

父さんと母さんが考えてつけてくれた「あきひろ」って立派な名前はいいのかよ!

苛立っていたのは僕だけのようだった。


そんなある日の帰り道、同じ学校の制服を着た下級生の女子数人が校門を出た辺りで僕に駆け寄ってきた。

「あ、あのっ!」

照れてはにかんでいるグループの一人が代表で話し出した。

「あの、3年の松重先輩ですよね?」

グループは小声で照れたようにざわめいた。

「へっ?」の後、僕はこくんと頷いた。

「あ、あの…」

この感じは今度こそ「好きです。」なのか?

まだ何も言われていないが、僕はそう察知した。

「あの、あの…。」

代表の子がもじもじしていると、周りから小声で「頑張れ!」が出た。

コホン。

一旦咳払いの後、大きく深呼吸した代表の子が意を決した様子で続けた。

「あの!松重先輩のお兄さんは、パンいち兄ちゃんさんですか?」

えっ?何?なんだって?

僕は彼女がなんて言ったのか、ちゃんと聞き取れていなかった。

「もう1回。」と右手の人差し指で合図すると、代表の後ろにいたメガネの子が言い出した。

「あの、松重先輩のお兄さんはパンいち兄ちゃんさんなんですよね?」

真剣な表情の彼女達に圧倒されながら、僕は聞かれたことの意味をようやく理解できた。

すぐに言葉が思いつかなかったので、とりあえずこくんと頷いた。

そして心で「なんだ、好きですじゃねぇのかよ!」とぼやいた。

更に、「そんな訳ないか?ないかな?ないか?ないなぁ、ないない。うん、ないし。俺こんなだし、ないよなぁ。好きとか。」なんて脳内でぼやいていると、目の前にいるグループの女子達が笑顔で喜び始めた。

何?これ?どういうこと?

なんで、この子ら喜んでるの?意味わかんない。

喜ぶ彼女達に「もう用は済んだよね。」とばかりに軽く会釈し歩き出すと、その中の一人から上着の後ろを軽く引っ張られた。

「ん?まだ何か?」

「あ、あの…あの…サインと写真いいですか?」

は?なんで?

「ああ、兄さんの?」

「いえ!違います!パンいち兄ちゃんさんにはこの間、ばったりスーパーでお会いしちゃって…うふふふふ。」

「うふふふふ、あたし達、その場でサインしてもらって、写真も一緒に撮ってもらっちゃったんです。SNSにあげてもいいって言ってもらって。うふふ。」

「なので、今度は弟さんのもって思って。」

「そうなんです!折角、同じ学校に通ってるんで。」

「だって、ボヤボヤしてたら松重先輩卒業しちゃうじゃないですかぁ?」

今まで喋るのを我慢していた女子達が、次々に話し出した。

僕の短い人生の中で、こんなに女子達に囲まれて圧倒されたことは正直なかった。

やんちゃな他の男子の様に、何か女の子をいじめたりしてとかもしなかったから、咎めるような女子軍団に囲まれる恐怖も知らない。

顔もスタイルも地味でモテるタイプでもないのに、こんな形だけれど笑顔の女子に囲まれて、僕はちょっぴりアイドルにでもなった様な気分だった。

グループの女子達の顔をマジマジと観察すると、決して可愛い系じゃないのが残念だとも思った。

このタイミングに中川が合流してきた。

「お~い!どしたぁ?ははは、な~にモテちゃって、このこのぉ~!」

「どうもこうも、ちょっ、中川、ちょっ、助け…。」

中川の名前が出ると、グループの女子達の視線が一斉に僕からあちらに移った。

「えっ?もしかして、もしかして…え~、うそぉ~、あなたが、中川さんですか?」

合流した中川は、急に戸惑っていた。

「あ~、はい、そうです。俺が中川けいですけど、何か?」

「わっ!すごい!本物だっ!パンいち兄ちゃんの名づけ親の方ですよね?」

「えっ?まぁ、そ、そうですけど…。」

「あ、そうだ!折角こうして二人いるんだもん!二人一緒にサインと写真もらおうよ!」

「そうね!」

「いい!いい!」

グループの女子達はどんどん勝手なことを言って来た。

「じゃ、じゃあ…。」

僕は生まれて初めて人に「サイン」を書いてあげた。

「サイン」と言っても有名人じゃないので、渡された手帳にボールペンで普通よりちょっと大きめの字で「松重しげゆき」と書いただけ。

かっこつけて崩した字をものすごい速さで書く訳じゃなかった。

中川も僕と同じく激しい動揺と戦いつつ、やっぱり大きめの字で「中川けい」と書いていた。

女子達は求めたサインでは満足せず、横に小文字で「パンいち兄ちゃんの弟より」と書かせた。

中川には「パンいち兄ちゃんの名づけ親より」と。

その後、中川と肩を組まされ女子達に囲まれて写真を撮った。

「これ、SNSに載せてもいいですか?」と聞かれたので、「ああ、別にかまいませんよ。」と返した。

「ありがとうございましたぁ~!」の合唱が終わり、やっと女子達から解放されたのもつかの間、歩き出したグループから一人の女子がこちらにやって来た。

「まだ何か?」と言いかけた僕に、笑顔で「あの、松重しげゆきさんって、名前の間にしげしげってなるんですね。」と言って来た。

僕は「またか」と思ったら、彼女は更に笑顔で続けた。

「あの、そういうのって、なんだか…あの、可愛いです!」

それだけ言って僕らにぺこりと頭を下げると、照れたままの彼女は小走りでグループに追って行った。

可愛いです、か。

立ち止まって女子達の背中を見送ると、不意にふっと笑いたくなった。

「可愛いです!だって…良かったね、しげしげ!」

ゴリラ顔の中川が再び女子風に喋りだした。

「う、うっせぇ~よ!」

「な~に照れてんの?しげしげぇ。」

「照れてなんかいねぇっつうの?」

「え~?ホントぉ?」

僕らは帰り温かいラーメンを食べた。

最期まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

久し振りに書いた作品で、内容もなんだかおぼつかないとは思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何気ない学園生活のクスリと笑える小さなエピソードが描かれていてすごく素敵だと思います。 読み終わった後には少し和やかな気分になりました。 この後味の良さは間違いなく作者様の心の豊かさが…
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