希望と絶望
「結局また会えなかった……」
病院を抜け出した私は、一人そうつぶやく。これでもう四度目だ。
私が彼の元へ行こうとする度、必ず何かしら邪魔が入る。そのせいで私は、彼に会うことはおろか、その姿を見ることさえ一度もできていなかった。前回だって、突然母親が帰って来たせいで彼に会うことは叶わなかった。
まぁ、過ぎたことを気にしても何にもならない。幸い、今回は無事に病院を抜け出せたし、その事を誰かに気付かれた様子もない。このまま順調に彼に会えるような気がしてきて、私の気持ちは昂った。
病院を出て十分ほど歩いたところで、彼とどこで会うのかをまだ決めていなかったことに気付く。彼との思い出の場所や、お互いの家など、思い浮かぶ場所は全て失敗に終わっている。他に特別な場所など、何もない。
そこまで考えたところで、以前彼が「いつか二人で海に行きたいな」と話していたのを思い出した。お互い海に行ったことがなくて、次の夏が来るのを楽しみにしていたのを覚えている。
夏が来る前に彼とは離れ離れになってしまったので、結局行けずじまいだった海。再会の場所にはもってこいだと思った。
何度も電車を乗り継ぎ、さらに三十分近く歩いて、ようやく海にたどり着いた。季節は冬。辺りを見渡しても、人影はどこにも見当たらなかった。
砂浜に降りた私は、しばらく海岸線に沿って歩いてから砂浜に座り込む。波の音を聞きながら、ぼんやりと海を眺める。海に来るのは初めてのはずなのに、不思議と気持ちは落ち着いていた。
落ち着いた気持ちの中で、私は久しぶりに会う彼にに手土産のようなものを何も用意していないことに気が付いた。入院中に届いたお見舞いの品の中に、パイナップルがあったのを思い出す。一つだけ季節外れのもので、彼が特に好んで食べていたものでもあったから、よく記憶に残っていた。どうせ食べないんだから、持ってくればよかったと後悔した。
私は、一人きりの砂浜で夜が訪れるのを待った。夜になれば辺りは暗闇に包まれる。そうなれば、誰にも邪魔されることなく彼と会えると思った。だから、夜が訪れるのを、辺りが暗闇に包まれるのを、待った。
西の空が次第に赤く染まっていく。私はそれをぼんやりと眺める。冬の空にぽつんと光る太陽が、鮮やかな赤い輝きを放って水平線の向こうへと消えていった。その光景は、まるで生命の終焉を思わせるようで、私の目に強く焼き付いた。
日が沈み、辺りは急激に暗くなった。待ち望んでいた夜の暗闇が訪れた。
私は靴を脱ぎ、それを波が届かない場所に丁寧に並べてから、少しずつ海に入っていった。冬の海は驚くほど冷たくて、なのに少し気持ちよく感じられた。
さらに進むと、すぐに足が底から離れた。気にせずに沖へ沖へと向かっていく。次第に海水の冷たさに体力を奪われ、すぐに手足の感覚もなくなった。
薄れていく意識の中、遠くに彼の姿が突然現れた。
遠くに見える彼の像ははっきりせずに、ぼんやりとしたままだ。こちらを向いているはずなのに、帽子に隠れてしまってその表情も分からなかった。彼は果たして笑っているのだろうか。それとも泣いている? もしかしたら怒っているかも。最後の時の、あの苦しげな表情のままかもしれない。
正直そのどれだったとしても、私にはどうでもよかった。彼の方から会いに来てくれた。その事実だけで、私は嬉しかった。それがたとえ私の終わりかけの脳が作り出した幻だったとしても。
だんだんと意識が遠のいていくのが分かる。彼の姿はもう見えなくなっており、思考もすでにおぼつかない。それでも、次に目が覚めた時に彼と笑って話せたらいいな、という思いだけは最後まで忘れることはなかった。
その思いを胸に抱きながら、私の意識は冥い闇の底へと堕ちていった。
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覚醒の感覚は水中から顔を出す感覚に似ている、と言っていたのは誰だったか。私はそれに初めて共感を覚えた。水中から浮かび上がるように、暗闇をかき分けて進んでいく。その先に彼がいると信じて。
やがて見えてきたのは、見覚えのある真っ白な天井だった。あぁ、まただめだったのか。どうすれば彼に会えるんだろうなぁ。
私の初めての作品を読んでくださってありがとうございます。
自分で読み返してみても非常に拙い文章で、改めて文章力のなさを実感しました。
この先もより良い作品を生み出していきたいと思っていますので、これからもよろしくお願いします。