ついに向けられる凶刃
ある雨の日のカルラータの屋敷。
ロクサーヌが舞台から降ろされたなど露知らず絵画に依存でいたゼーマンは、カルラータの口からとんでもないことを聞くこととなる。
「ねぇ、ゼーマン」
「あ、少し待ってあと一筆で……よし。……どうしたのかな? 浮かない顔しているけど」
ゼーマンが顔を覗き込むように見た直後、カルラータは大声で泣き始めた。
そして彼の膝に縋りつくやゼーマンに救いを求める。
「助けて! 私呪い殺されちゃうッ!」
「どうしたんだ急に!? 呪い殺されるって……わけを話してごらんよ」
カルラータは"最後の仕上げ"としてゼーマンに話し始める。
舞台女優のロクサーヌは実は人を惑わす魔女であり、舞台で成功したのは実は魔力を使っての所業。
そして彼女は以前から自分のことを狙っており、今までなんとか魔の手を掻い潜ってきたがここが限界である、とのこと。
「お願いがあるのゼーマン……私と一緒に魔女を倒してッ!」
「え、僕も? いや、それは……」
筆舌に尽くしがたい感情が彼の中で渦巻いている。
彼女のことを忘れたわけではない、だが今ではこのカルラータが大事な想い人だ。
そんな彼女を無碍には出来ない、それにロクサーヌが魔女であることも眉唾だ。
だがもしもこれが本当ならカルラータはロクサーヌによって殺されることとなる。
そうなれば自分は独りぼっちになってしまうのではないか。
考えれば考えるほどに冷静な思考力が失われていく。
「……ごめんなさい。嫌よね、いきなりこんなこと言われて」
「え、いや待ってカルラータ!」
「いいのです。アナタは、立派な画家になって下さい。……覚悟を決めました。これは私自身の問題、私だけの力で魔女を倒しに行きます!」
そう言ってカルラータが立ち上がり踵を返そうとしたそのとき。
ゼーマンの手が伸びてカルラータの腕を掴む。
「待つんだカルラータ! 僕も行く……僕は君を助けたいんだッ! 君が僕をどん底から救ってくれたように!」
「ゼーマン……嬉しい、嬉しいわ! 私、今とっても幸せよ……」
そう言ってカルラータはゼーマンの胸の中へ飛び込む。
彼のぬくもりに抱かれながらその中で邪悪な笑みを浮かべてはいたが……。
「ねぇゼーマン……行く前に……その」
「どうしたんだい?」
「ベッドへ、連れて行って……? アナタをもっと感じたいの」
「……――――ッ!!」
ゼーマンがゴクリと生唾を飲む。
鼓動が早まり興奮で身体の震えが止まらない。
――――計画通り。
彼はカルラータを連れてアトリエを離れる。
ゼーマンは完全にカルラータの成すがままとなっていた。
そして王都。
降り注ぐ大雨と雷に人々は屋内へと入り、街中には誰もいない状況が続いている。
そんな中ひとり。
街中をびしょ濡れで彷徨う者がいた。
かつて舞台で栄華を誇ったロクサーヌ。
今は見る影もなく気落ちし虚ろな瞳で雨の中を彷徨っていた。
絶望に打ちひしがれながら橋の方まで来る。
勢いや強まりつつある川を横目に歩いていると、前方に人影が見えた。
「あれは……嘘、まさか……。……ゼーマンッ!」
ロクサーヌは人影に向かって走る。
彼がそこに立っていたのだ。
ゼーマンもまた雨に濡れこちらを見据えている。
(戻って来た……帰ってきてくれたッ!!)
ロクサーヌの心に光が見え始める。
一目散に駆け寄りその胸に飛び込んだ。
「ゼーマン! 帰ってきてくれたのね!? 信じてた……私信じてたッ!!」
彼に縋りついて泣き叫ぶ。
だが、彼は一向に返事をしてくれないばかりか抱きしめもしてくれない。
妙に思ったロクサーヌは彼の顔を見る。
雨に濡れて表情が暗い。
「ねぇ、ゼーマン……?」
「ロクサーヌ」
ようやく口を開いてくれたが様子がおかしい。
声のひとつひとつに憎しみの念がこもっている。
「ずっと、僕を騙していたんだね?」
「……え?」
「君の正体を知ってしまったんだ……。君はなんて恐ろしい存在なんだッ!」
「なにを……言っているの?」
突如、ゼーマンは背中からなにかを取り出す。
それは雨粒に濡れ、光とはまた違う異様な閃光を孕んだ鋭利な物体。
――――斧だ。
「ゼーマン、なにをッ!!」
「覚悟しろ、"魔女"めぇ!!」
信じられない光景が目の前にあった。
ずっと愛していた想い人が、自分に向かって斧を振るおうとしているのだから。
そして、その陰で殺気に孕んだ笑みをこぼしながら見ている人物がもうひとり。
(さぁ、これで終わりよロクサーヌ。……悲劇のように殺してあげるわ?)