表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/26

吐き気を催す光景

 ロクサーヌが舞台で活躍し始めてから早2ヶ月が過ぎた。

 今まで以上の厳しい指導や現在出演している舞台での活躍で、最早ほとんど休む暇もない。


(舞台女優ってやっぱり大変。でも、頑張らなきゃ。……彼が、ゼーマンが待っているわ)


 中々会えない日々につい陰鬱になりそうだが、もうひと踏ん張りと自分に喝を入れる。

 食料やお金などの仕送りは定期的に行っていた。


 日雇いとはいえあぁもきつく低賃金では絵を描く所ではなくなってしまう。

 少しでもゼーマンの手伝いをしたかった。


 今日の舞台は国王一座の都合により昼の上演で終了し1週間ほどオフの日が続く。

 上演が終わりロクサーヌが一息ついていたとき、カルラータが話しかけてきた。

 

「お疲れ様ロクサーヌ。今日も舞台は大成功ね」


「ありがとうカルラータ。そういえばアナタにも出演が来てたわよね」


「あぁ、魔女の役ね。……魔女よりお姫様とか女王様とかやりたいわ」


「ふふふ、でもカルラータの演技って真に迫る感じで私好きよ」


「ありがとね。……さて、私はそろそろ出かけなくちゃ」


「あれ、また出かけるの? 最近多くない? 許可とか大丈夫なの?」


「大丈夫よ。それに私には用事がいっぱいあるの……いっぱいね」



 そういって足早に去っていくカルラータを怪訝な表情で見据える。

 最近彼女の動きがおかしい、一体どうしたというのか。


 気になった彼女は無理を言って劇場を離れることにした。

 なんの為か? それはカルラータの後をつける為だ。




 場所は変わって王都の大門前。

 貴族らしい馬車が止めてありそこにはあのカルラータが乗っていた。


 黒魔術師が施した術によって出来た馬車と御者だ。

 ヴィヴァーチェ王国城の魔術師達への対策は万全。


 そしてその馬車にもうひとり乗り込む者がいた、ゼーマンだ。


(ゼーマン? どうして馬車に? どこへ行く気かしら?)


 陰に隠れて見ていたロクサーヌは混乱する。

 なにがどうなっているのか全然わからない。

 とにかく様子を見ることとした。


 当のゼーマンはロクサーヌが見ていることなど露知らず、内部の装飾や普段より煌びやかなカルラータの姿にドギマギしながら馬車に揺られて王都を抜け草原へと出る。

 

「あのカルラータさん、今日は一体どこへ?」


「ふふふ、ついてからのお楽しみ」


 ロクサーヌが舞台で留守にしている間、彼女は頻繁にゼーマンと接触していた。

 あるときは偶然を装い、またあるときは家まで上がり込んで粗末ながらも食事を共にしていたのだ。

 

 こうして自分との時間を増やしていき、ゼーマンに"女"を意識させる。

 その為なら多少の露出だってなんともない、特に欲しくてたまらない男の前なら。


「さぁ着いたわ」


「うわっ! 凄い御屋敷だ……」


 馬車に揺られてどれくらい経ったか。

 目の前にあったのは山岳を背に佇む金持ちの家だ。


「さぁこちらにいらして? お父様がお待ちかねだわ」


 言われるがままついていくと厳粛な扉が重く軋む音をたて開き、何人もの使用人が彼女等を出迎えた。

 そしてその中央に立つは髭面の老貴族、もとい変化した黒魔術師だ。


「……お父様、この方が次世代を担う天才画家のゼーマンさんよ!」


「おぉそうであったか。ゼーマン殿、稀代の天才よ。よくぞ我が屋敷へ参られた」


 突然の展開にビックリして混乱しだすゼーマン。

 カルラータという女性がここまでの金持ちとは知らなかった。


「え、えと……あの、その……ッ!」


「はっはっは、そう固くならずともよい。さぁさ奥へ入ろう。是非貴殿の話を聞きたいのだ」


 そして屋敷の更に奥へ。

 ゼーマンはカルラータに手を繋がれながら進みゆく。


 部屋につき、ゼーマンは老貴族にこれまでの話をする。

 カルラータに良くしてもらっていたことや一緒に過ごしたこと。


 本来ならばロクサーヌのことも話さねばならないだろう。

 だがゼーマンは言えなかった。


 半ば忘れていたのもあるが、カルラータの肌を見たことのある彼がいきなり他の女の名前を出すなど出来るはずがない。

 ゼーマンは完全に術中にはまっていた。


「ねぇお父様、私彼と一緒にいたいわ」


「むぅ、そうか。お前もそういった年頃であるな。……ゼーマン殿、稀代の天才画家よ。如何かな? 我が娘を伴侶とし共に支え合い生きるというのは?」


「え? 僕がですか!?」


「うむ、資金や食事、絵の道具等の一切をこちらが受け持とう。聞けば日雇いをしながら描いていると聞く。……それでは身体がもつまい。天才をそのような場所においておけば腐ってしまう。どうだ?」


 ついにこのときが来た。

 カルラータは目を潤ませ、頬を紅潮させながらゼーマンを見つめる。


 ふたつの視線を感じながらゼーマンは俯いてしまう。

 そこでカルラータは次の行動へ出た。


「お父様……、少し彼と庭を散歩してきてもよろしいかしら?」


「かまわんよ」


「ありがとうございます。さぁさゼーマンさん。参りましょう」


 そう言って庭まで案内し、完全な二人っきりとなる。


「あの……ごめんなさい。怒らせてしまったかな?」


「いいえ、そんなことはないわ。ゼーマンさんとっても苦しんでおられるから少し心配になったの」


 身体を寄せ合いながら歩くふたり。

 こんな頼りない自分でも優しく受け止めてくれるカルラータにゼーマンは愛おしさを感じた。


「ねぇゼーマンさん。私、アナタを愛していますわ」


「ぼ、僕は……」


「誰か好きな人でも!?」


「い、いやその……ッ!」


「嫌! 私ゼーマンさんと別れたくないッ!! お願い、なんでもするから私を見捨てないで……お願いッ!」


 カルラータにしがみ付かれる。

 こんなにも弱弱しい彼女を見たのは初めてだった。


 ゼーマンは思わずカルラータを抱きしめた。

 その腕の中で、カルラータは偽りの涙を流しながら密かに笑んでいた。






(なに……これ……?)


 彼等の後を馬に乗ってつけてきたロクサーヌ。

 庭が見える林の中に潜みながら偶然見つけた光景。


 心臓が軋むように痛い。

 頭の中がドス黒い感情にかき乱されて深く思考が出来ない。


 愛した殿方が、将来を誓い合った想い人が別の女を抱きしめている。

 その腕の中の女はよりにもよって知己の女性。


 いつも自分と仲良くしてくれたはずの……。

 そんな女が腕の中で涙を流しながらほくそ笑んでいた。



 これだけでも衝撃であるのにも関わらず、運命はまだロクサーヌを過酷な渦へと巻きこんでいく。

 腕の中のカルラータと目があった。


 そして……邪悪で艶っぽい笑みをこちらに向けながら、ゼーマンの右腕を自らの尻や太ももに這わせ始める。

 見せつけているのだ。


「あ……ぁぁ……ぁあッ!」


 頭の中で鐘の音のような衝撃が乱れ響く。

 そしてそれが彼女の理性を吹っ飛ばした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 魔剣使いの元少年兵は元敵幹部のお姉さんと一緒に生きたい

最新作です! スローライフをテーマにした物語です
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ