プロポーズ、そしてロックオン
カルラータが定期的に黒魔術師と連絡を取り合う中、ロクサーヌは舞台に立つ女優として更に活躍していった。
その裏でゼーマンと出会い、慎ましい日々を送る。
「君は随分と有名になったね。それに比べて僕はてんでダメだよ」
「なに言ってるの、アナタの画は素晴らしいわ。大丈夫、いつか絶対認められるわ」
久々のオフの日。
ゼーマンの為にロクサーヌは料理を振る舞ったり掃除をしたりとかいがいしく尽くす。
中々会えないのは寂しいが、やはり彼とは一緒にいたい。
出来ることならもっと時間を共にして彼を支えたいがそうもいかないのがなんとも歯がゆい所。
「さ、お昼にしましょう。いっぱい食べてね」
「ありがとう。……もっと僕にお金があればなぁ」
豪華とは言えないがそれなりに盛った食事。
ゼーマンはよっぽど腹を空かせていたのかガツガツと平らげていく。
そんな彼の姿を見ながらロクサーヌは微笑みをつくりながらも内心塞いでいた。
お金は入ってはくるが、彼との時間は減るばかり。
もしかしたらこれからもずっと減っていって疎遠になってしまうのではないか、と。
すると、ゼーマンがあることを切り出した。
「なぁロクサーヌ」
「ん、なぁに?」
「今日僕は君に伝えたいことがあるんだ」
「どうしたの急に?」
「今のままじゃダメなのはわかってる。でも、やっぱり僕自身が僕の口で言わなきゃダメなんだ」
彼はそう言うと立ち上がり、彼女の元へ歩み寄ると騎士のようにその場に膝まづいた。
普段見ない彼の姿勢と雰囲気に思わず胸がドキリとする。
「ロクサーヌ……僕と結婚してくれッ! 君は今がとても忙しい、今は無理かもしれない……だけど必ずッ! 一流の画家になって迎えに行く! だから……その……ッ」
子供のようにオドオドしそうになるのを必死に堪えてゼーマンはロクサーヌの手を取る。
それはゼーマンからのプロポーズ、売れない画家で日々金や食料に困っている彼の一世一代の言葉。
「……」
「頼む。お金もなにもない僕だけど……どうか僕とッ!」
ロクサーヌは時間が止まったように硬直している。
目の前の彼の言葉が信じられないでいた。
ゼーマンを想い続けてどれくらい経つだろうか。
自分が女優として高みに上る度に彼との距離は斯くも離れていく。
ロクサーヌは臆病になっていた。
彼と過ごしているとき、何度"時よ止まれ、この美しい君と共に"と心内で唱えたか。
「ゼーマン……本当に、私と?」
「あぁ、約束だ。僕は必ず一流の画家になって一流の舞台女優になった君を迎えに行く。そのときは……結婚しよう」
ロクサーヌの両目から涙が零れ落ちる。
これまで積み重なってきた陰鬱な気分が一気に飛んでいった。
言葉に出来ない熱情が溢れ出て、勢いのまま膝まづくゼーマンに抱き着いた。
彼のぬくもりが伝わる中、そこに確かな幸せがあるのを感じる。
国王一座に入り厳しいレッスンに明け暮れる中、偶然出会った画家の男性。
彼の描く絵に惹かれ、努力への姿勢に惹かれ、一緒にいる時間と一緒にいない時間が共に永遠とすら感じてしまうほどにまで愛した男性に自分は今プロポーズをされたのだ。
これほどまでに嬉しいことがあるか?
舞台のときと同じかそれ以上かの幸福に包まれたロクサーヌは、ゼーマンの背中に両手を回して互いにぬくもりを分かち合った。
ゼーマンもそれに応える。
ロクサーヌの身体をしっかりと抱擁した。
この日から新しい日々が始まる。
恐れるものはなにもない。
ロクサーヌとゼーマンはこの日互いが結ばれることを誓い合った。
夢を求めたその先に幸せがあると信じて。
「愛してるわゼーマン」
「僕もだ、ロクサーヌ」
昼間の木漏れ日が窓から差し込み、未来ある2人を優しく輝かせた。
紡がれる歴史の中にある確かな愛情がここにある。
永遠の愛を誓ったロクサーヌとゼーマンはこの日穏やかに過ごした。
ただ一緒にいるだけで幸せな、止まってほしいと思わんばかりに美しい時間を。
そのとき、"漆黒の烏"が屋根からある方向へと飛んだ。
その方向には――――カルラータが薄ら笑いを浮かべていた。