カルラータの企み、黒魔術師との契約
次の日の舞台も成功。
むしろ前日より客が多かったぐらいだ。
初の主役にして大盛況。
ロクサーヌはまるで夢でも見ているかのよう。
観客も一座の皆も全てが彼女を拍手で迎える。
これ以上ないほどの幸せを感じながら、舞台終了後の活気を残す裏で余韻に浸っていた。
舞台終了の夜。
未だ熱気冷めやらぬ楽屋。
「ふん……」
その端の方でロクサーヌを睨んでいる女性がひとり。
彼女の名は『カルラータ』、ロクサーヌの同期である。
金色の髪に翡翠のように輝く瞳、微笑めばロクサーヌに負けぬほどの美人だ。
だがカルラータはロクサーヌのことが気に入らない。
自分より目立ち喝采を浴びる彼女の存在が疎ましくてならない。
ロクサーヌの才能と美しさに嫉妬し、今いる自分の立ち位置が惨めでならないのだ。
(アイツさえいなければ私が……ッ!)
ロクサーヌの笑顔とは対照的に憤怒に満ちた表情で歯軋りをする。
同じ若手でありながら最早自分の手の届かぬ位置にいる彼女への激しい感情がずっと止まらないでいた。
「なんとかしてアイツを蹴落としてやらないと……私はいつまでたっても半人前扱い。そんなはずないわ! アイツなんかより私の方がずっと上のはずよ……ッ!」
カルラータにはまるで戯曲的な野望がある。
その障壁を成すのがあのロクサーヌの存在なのだ。
どうしても叶えたい夢があるのに……。
あの女が邪魔でならないッ!!
カルラータはある方法を思いついた。
それはこの王国に存在すると言われる黒魔術師の噂だ。
かつては10年ほど前に存在した魔王の部下であったと聞く。
北東の森にいると聞いたことがあるのでこのまますぐにでも……。
「カルラータッ!」
噂のことを思い出しつい薄ら笑いを浮かべていた所にロクサーヌが話しかけてきた。
カルラータは一瞬肩を震わすも、いつも見せるような微笑みを以て接する。
「なぁにロクサーヌ?」
「聞いてたの? 今夜は皆で打ち上げをしに酒場へ行くって。カルラータも来るでしょう?」
「あー……私はちょっと用事があるのごめんなさい」
そう言ってそそくさと行ってしまった。
(誰がッ!! テメェのッ!! 祝いなんぞにッ!! 行くかッ!!)
内心怒りと嫉妬に燃えながらカルラータは行動に移す。
噂に聞く黒魔術師の会える場所へと行くのだ。
滅多なことでは姿を現さないとされているが、カルラータには自信があった。
奴は強い欲望の力に呼応する。
その資格を自分は持ち合わせているのだ。
城下町の北東の方角にある森。
常に霧が立ち込め、怪物のように曲がりくねった枯れ木達。
暗い道をカンテラで照らしながらカルラータは進む。
恐怖はなかった、それを上回る狂気があっただけだ。
「さぁ黒魔術師出てきなさい! そして私の願いを叶えるのよ!!」
カルラータは森の中の不自然に広い場所に立ち、虚空に向かって叫び続ける。
何度か叫んでいると、そいつはいともたやすく現れた。
「邪悪なる小娘め、叫び声だけでこの儂を呼びだすとは……」
「アナタが黒魔術師ね?」
「如何にも。……ここへ来た理由はわかっておる。ロクサーヌという娘を抹殺し自らが舞台の上に立つことであろう?」
黒いローブに身を包んだ細身の黒魔術師。
フードからは青白い顔を覗かせ、黄ばんだ歯を見せつけるかのように笑んでいた。
実に恐ろしい風貌だ。
だがカルラータは嬉々として黒魔術師に自らの目的を話す。
「それだけじゃ足りないわぁ」
「なに?」
「……確かにロクサーヌはとんでもなく邪魔。舞台で思いっきり目立ちたい。でも……私には夢があるッ!」
「……詳しく聞かせろ」
黒魔術師が興味を持った。
これは僥倖、きっと彼も自分に賛同してくれるだろうと気分が高揚する。
「私は、お金持ちになりたい。でもただのお金持ちじゃダメッ!! ――――そう、私はこの王国を支配するッ!!」
彼女曰く表では舞台女優として輝きを受け、裏では王や貴族を操る影のフィクサーとして暗躍する。
この王国全てを自分に注がせる為に、全ての栄光を手にする為にロクサーヌを貶めるのだ。
「その為にはアナタの力が必要なの。勿論黒魔術としての支払いはちゃんとする。相応の身分と居場所、並びに巨大工房。どうかしら?」
「……国民の魂もだ」
「いっぺんにはあげられないけど……少しずつならいーんじゃない?」
「まぁよかろう。契約成立だ」
ロクサーヌが幸せな時間を過ごす中、暗闇に紛れて2つの邪悪が嗤い合う。
そしてその毒牙はロクサーヌの想い人であるゼーマンにも向けられようとしていた。