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復讐の為なら蛆虫にだってキス出来る

 この舞台におけるクライマックス。

 敵国にも自国にも攻撃を受ける2人が最期は森の中で愛を誓い合いながら息絶えるというもの。


 そのシーンが近づく中、ロクサーヌが演じる女黒騎士に注目が集まっていく。

 姫の手を取り輪舞のように舞う様は、実に麗しく演技者としてもキャラクターとしても完成度の高いものとなっている。


 一方、カルラータ演じる姫は魔力によって演技もその美貌も並大抵のものではないものに仕上がっている。

 だがロクサーヌの本気には及ばず、主役でありながら完全に女黒騎士の引き立て役と化していた。


(こンのクズがぁあああッ!! なに私より目立ってるのよ!! 誰よこんなアバズレにこの役やらせたの! 終わったらクビにしてやる)


 内心憤慨しつつも女黒騎士を演ずる"誰か"に違和感を覚えていた。

 当初この配役を任された女優にはここまでの力はなかったはずだ。


 なのにこの短い時間でどうしてここまで圧倒的な実力が身に付いたというのか。


 なにより気になるのが時折仮面から覗く鋭い眼光。

 それは全て自分に向けられていることが多い。

 

 妬み嫉みではない一切無情の憎悪の渦が眼光としてカルラータに度々突き刺さる。


 そしてこの歌唱力。

 カルラータの記憶の中のなにかに引っかかる。


 ――――この歌をこの演技を自分は知っている、と。


 もやもやを抱えたままついに舞台最後の場面へ。

 最後のキスシーンはカルラータの意向によりキスをしているように見せるだけに留めるとのこと。

 

 なのだが……女黒騎士はそのような動きを一切しない。

 このままやってもキスをしていないのが丸わかりだ。


 女黒騎士は姫役であるカルラータに対し強引に迫り、女の片手の筋力とは思えぬほどの力で抱き寄せた。

 この演技をしているロクサーヌは事前に情報を取り、あえて破ったのだ。


 近すぎる距離の中、ロクサーヌはついにカルラータに小さく囁いた。





「アナタの演技下手くそね、カルラータ」


(……ッ!?)


 この声と自身に対する罵倒で完全に把握した。

 彼女の正体は……。


「ロクサ……んんッ!?」


 


 観客席からどよめきと貴婦人方の黄色い悲鳴が密やかに響く。

 全員に見せつけるかのような濃厚な接吻キス


 台本とは違うキスシーンに関係者も唖然とし、なんとか駆け付けた衛兵2人も口をあんぐりと開けていた。

 アルマンドに至っては無表情に近いながらも目を丸くして驚いている。


(ヤベェ……復讐の為とはいえここまでやるとは。……アイツ、プロだ)


 長い長いキスシーン。

 カルラータは皆に見られているという屈辱とロクサーヌが生きていたという恐怖が入り混じり、額に青筋を浮かべ頬を紅潮ながらも彼女を離そうとした。


 だが尋常ではない膂力で固定されている。

 しかし彼女の恐怖はこれで終わっていない。



「ん゛ッ! んんんッ!?」


 ロクサーヌの口の中からゴボゴボと音を立てカルラータの口へなにかが入ってくる。

 無味無臭の液体とも個体とも付かない粘液上のものが。


 それはロクサーヌが忍ばせたベルジュラックの身体の一部。

 ただ殺すだけではつまらない、その為なら……。



 ――――こんな蛆虫とキスするなんて造作もないことだ。


 これは復讐の為の死の接吻。

 自らの憎悪をその肉体に刻む為の呪いだ。 


「ゲホッ! ゴホッ!!」


 ロクサーヌが頃合いを見てカルラータを突き放す。

 むせ込みながら倒れる彼女に観客が騒めきだした。


 これは演技なのか?

 それにしてはカルラータが本当に死にかけている、と。

 

「お、おい……まさか今のが復讐っだってか?」


「そんなはずないですよ。さぁ行きましょう!!」


 ラウルとシャーロックが舞台まで駆ける。

 そんな中呼吸を正したカルラータが恐怖と困惑に歪んだ表情で立ち上がりワナワナと震えながら女黒騎士と向き合った。


 ひどく怯えている彼女の様子を客席全ての人間が見守る中、女黒騎士演じるロクサーヌは仮面を取り外す。

 まとめていた黒く長い髪は艶やかな流れを見せてもとの形に戻り、彼女らしい美しさを再びその舞台上で白日に晒した。


 これには国王も驚愕を隠せない。

 舞台に立っているのは死んだはずの舞台女優、かつて期待の新星と評価された『ロクサーヌ』なのだから。



「こ、これは一体どういうことだ!?」


「彼女は死んだんじゃなかったのか?」


「おい……よく見たらあの左腕」


「まさかホントに斬り落とされているのか!?」


 客席の騒めきが更に大きなものと化していく。

 最早舞台どころではなくなっていた。


 オペラパレスにいたゼーマンでさえもこの登場に度肝を抜かれて動けないでいた。


「あ、あんなとこにゼーマンがいやがる」


「それどころじゃありませんよ!!」


 ようやく辿り着いたラウルとシャーロックは舞台に上がり込みロクサーヌの背後に立った。


「ロクサーヌ!!」


「ようやく見つけたぜ。中々どうして美人じゃないか」


 2人の言葉にロクサーヌは振り向かず、なにも答えなかった。

 ただ復讐相手であるカルラータをジッと睨んでいる。


「ろ、ロクサー、ヌ……嘘よ。アナタは死んだ。あの雨の日に……ッ!」


 目の前の現実が信じられないという風に怯えて声を小さくなっているカルラータ。

 静かに見据えるロクサーヌは心の底から憎悪を込めた微笑みを向けながら語り始める。


「私を蹴落として舞台に立った気分はどうかしらカルラータ。しかも魔力で上流貴族の大半を味方につけて国まで支配しようとしていたなんて……」


「な!? ど、どうして……」


 なぜロクサーヌがそれを知っているのか。

 カルラータに更なる恐怖が圧し掛かる。


 この大舞台でも恥をかき、なにより始末したはずのロクサーヌが彼女の醜い野望を大勢の前で暴露している。

 最早破滅しかなかった……だが胸騒ぎがする。

 この女はこれで終わらせはしない、と。


「でもゲームはもう終わり。アナタはもうじき死ぬわ、その野望にぴったりなくらいに醜くね」


「なっ!?」


 突如カルラータの腹部に鋭い痛みが走る。

 痛みは体中に広がっていき、腕や足果ては頭の方にまで達した。


「あが……が、……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」


「さぁここからは私が考えた特別シーンよ!」


 ロクサーヌの静かな狂気が笑みとなって舞台上をのたうち回るカルラータを見下ろす。


「やめろ、やめるんだロクサーヌ!!」


 ラウルが駈け寄ろうとしたが突如現れた巨大な影にそれを阻まれてしまう。

 4つの緑色の目があまりに恐ろしく、睨まれただけですくんでしまった。

 なんとか近づこうとするもベルジュラックに行く手を阻まれ全く動けない。




「……不粋なお客ね。帰って下さる?」


 ロクサーヌは見向きもせず言い放つ。

 否、見ようと思っても見ることが出来ない。 


 きっと見てしまうと気持ちが揺らいでしまうから。


 それよりもカルラータの方が重要だ。

 彼奴の中でベルジュラックの一部が暴れている。

 だがこれはまだ序の口、本番はここからだ。


「あ……あ゛あ゛あ゛あ゛……あ゛ッ!!」


 呻き声を上げながら自分の身体を見ると、見るも悍ましいほどの速度で膨れ上がっていく。

 細く美しくきめ細やかな肌を持った指も、真珠のように煌めく素肌の腕も。


 足も腹も顔も。

 まとっていた衣装や装飾を弾き飛ばしたながら巨大な肉の化け物のように肥大化していった。


 あれほど美しかった声もガマガエルのように干からびた鳴き声に変わってしまう。

 その様を見た観客達は悲鳴を上げながら逃げていく。

 最早カルラータを見る目は女優ではなく恐ろしい化け物を見る恐怖へと変わっていた。

 

「ロクサーヌ……なんてことを!」


「くそう、やりやがった……ッ!! いい加減どきやがれ化け物め!!」


 シャーロックが剣を引き抜きベルジュラックに斬りかかる。

 だがそれを軽々と躱すやシャーロックを客席の方へ蹴り飛ばした。


「ぐおあ!?」


「シャーロックさん!!」


 ラウルの悲痛な叫びに思わずロクサーヌは視線を顔ごと客席に移す。

 客席に倒れているシャーロックに駆け寄り心配するラウルの姿が見えた。


 一瞬胸のあたりが苦しくなった。

 だがすぐにその感覚を消し去る。


 ベルジュラックがロクサーヌを包み込む黒い霧に変身する。

 そして黒い霧から出た彼女は再びあの扇情的な黒い衣装をまとっていた。


「さようならカルラータ。舞台の上で死ねるだけでもありがたいと思いなさい」


「あ゛……ま、ま゛って……いや……じにたぐ……ない゛」


「いいえ、さようならよ」


 ロクサーヌは右手を掲げるや軽く指を鳴らす。

 それと同時にカルラータのあの醜く膨れ上がった身体がみるみる熱を帯びていった。


 それは煮え滾る溶岩のように赤く光りドロドロと溶けていく。


「ぎゃああああああッ!! いだいッ! あづいよぉおおおおッ!!」


 膨れ上がった肉の脂肪を振り回すかのようにのたうち回る。

 彼女の膨れ上がった肉が落ちてドブの中の泥のようにとろけていった。


「あづ……い、み、水……だずげ……で」


 苦しみながら朽ちていく彼女を背にロクサーヌは次の標的へと体を向ける。

 オペラパレスで腰を抜かして動けなくなっているゼーマンだ。


 動けないながらも顔を覗かせ舞台を見ていたゼーマンににこやかな笑みを見せる。

 かつての日、パンやチーズなどを届けずっと支え続けた女の笑みではなく、怨念に囚われ今まさに復讐せんと近づく邪悪な女の笑みだ。


 ロクサーヌは笑みを絶やさぬまま、オペラパレスまで軽々と跳躍する。


「う、うわぁああああッ!!」


 ゼーマンは床を這うようにしてでも逃げようとする。

 だがそれを許すはずがない。




「さぁ次はアナタよゼーマン。2人っきりの"イイ夜"にしましょ、ね?」


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