燎原の火を歌に乗せて
舞台は進み感動のフィナーレを迎えようとしている。
祖国を裏切った結果、痛ましい姿になりながらも女黒騎士が姫と再会する場面。
客席の誰もが固唾をのんでその光景を見守っている。
中にはすでに泣き出している者もいるほどだ。
舞台裏で『負傷した女黒騎士』役の女優がそろそろ準備をと思い向かおうとした。
傍には何人か付き人がいたが、きっと誰一人として"ロクサーヌが目の前に突然現れる"など予想だにしなかっただろう。
彼女等を眠らせるとロクサーヌはすぐさま女黒騎士の衣装をまとう。
仮面で顔を隠しているので恐らくすぐにはバレはしないだろう。
「……こんな形でアナタと共演したくなかったわカルラータ。もっと輝く舞台で一緒に光を浴びたかった。こんな憎悪に塗れた舞台でなくて、ね」
諦め気味にひとり呟き、舞台の方へと迷いなく向かう。
表の方ではカルラータが自信満々に演技をして見せていた。
魔力の補正を受けて脚光を浴びる彼女を見て、ロクサーヌは一瞬鼻で笑った。
――――あれが演技ですって?
確かに美しく見える。
だが練習が不足しているのが十分にわかる動きだ。
例え魔力で誤魔化していても、ロクサーヌの目は誤魔化されない。
きっとあの身が痛み燃えるような練習からずっと離れていたのだろう。
楽をして舞台へ上がって成功している。
そんなカルラータを見ている観客や自分すらも腹立だしい。
憎しみで絶叫しそうになったがなんとか噛み締め舞台に集中する。
そしてついに女黒騎士の出番が来た。
ロクサーヌはゆっくりと舞台へと進みゆく。
(あぁ、もっと……もっと私を見てッ!!)
愁いをおびた姫を演じ歌いながらも心内で狂喜するカルラータ。
光の中で観客達の視線が全て自分に向けられている。
彼女にとっては途轍もない快楽であった。
この舞台の一瞬一瞬が宇宙と繋がっている感覚がして天にも昇る気持ちだ。
もうすぐ女黒騎士を演じる女優が出てくる。
そうなればもう後は最後まで演じ切って終了。
欲しい物全ては自分の手に掌握される。
そう思いながら登場した女黒騎士の方を演技通りに振り向く。
だがカルラータにとって予想だにしない光景だった。
それはかつてこの舞台で華を飾った舞台女優の全身全霊の演技。
これまで培った厳しい鍛錬の成果と才能の輝き。
なにもかもを恨んでも、決してこの舞台の輝きを忘れなかった憎悪の怪人。
主役のカルラータを飲み込むほどの演技力と歌唱力は観客席にいる全ての者達を魅了した。
舞台に設けられた作り物の階段を降りながら、左腕がないというハンデをものともしない身振り手振り。
演奏に合わせ歌い、衣装のマントをはためかせながら舞台にて未だ健在たる威光を示す。
コロラトゥーラでの歌唱はあの魔女アルマンドでさえも思わず心を奪われたほどだ。
これがあの期待の新星とまで言われ貶められる直前まで人々を感動させ続けた女の実力なのか、と。
その舞台を見ていた老貴族が目を見張り感動で身を震わせながらこう呟いた。
――――あれは……ロクサーヌ、と。
(な……に?)
カルラータは演技を継続しつつも内心では焦りを隠せなかった。
なぜ自分ではなくこの女黒騎士が目立っているのか。
勝手なことをするなと今すぐにでも怒鳴りたかったが、舞台を台無しにするわけにはいかない。
自分は成功したいのだ、自分は最高の人間になりたいのだ。
(クソ! でもこっちには魔力による補正がある。そうよ、最後に笑えれば問題ないわ)
今演じているのがかつての宿敵ロクサーヌであることとは露知らず、カルラータはすぐさま冷静さを取り戻し演技に熱を入れる。
2人の歌姫が舞台にて華を飾る。
奇しくも互いの胸中にあるのは、互いへの憎しみの感情だった。
舞台が盛り上がりをみせる中、舞台裏でも観客席でもロクサーヌの存在に勘付く者達が現れていく。
そしてこの2人も……。
「ロクサーヌ……君、なのか?」
「なんだと? ……オイオイ自分から舞台に出演とか肝座りすぎだろ」
コソコソ動き回り過ぎて疲労困憊気味の衛兵2人。
ようやく彼女を見つけたのはいくつもオペラパレス周って、最上階あたりに来た頃だった。
「もっと堪能してぇがそんな暇はねぇ。行くぞ、彼女を止めるんだ!」
「ハイ!」
一目散に駆けていく2人。
巨大劇場の内部は広く降りるのに時間が掛かる。
自然と焦りが生まれる中ラウルはロクサーヌのことばかりを考えていた。
(ロクサーヌ……僕は君を止めたい。でも……それはなにを意味するのだろう。彼女を逮捕するということなのか? 彼女は被害者なのに……被害者を裁くのか? 人生を狂わされた被害者を独房にいれるのか? いや……王の御前で復讐なんてしたら……ただじゃすまない)
陰鬱な空気がラウルの心の中を満たしていく。
そんな彼の意思を感じ取ったシャーロックは突如足を止めて、ラウルと向き合う。
「まだ覚悟が出来ねぇか?」
「シャーロックさん。僕は……彼女をどうしたいんでしょうか。彼女を止めても、きっと彼女はまた酷い目に合う。あれだけ裏切られた彼女をその裏切った国が裁くなんて……そんなのって」
それは正義ではない、ただ弾圧しているだけだ。
そう言うように彼は涙ながらに項垂れた。
シャーロックは目を細めやや悲しげな表情をしながらもラウルの両肩を掴む。
そして真剣な表情に切り替えるや彼に語り始めた。
「悪を裁くだけが正義じゃない」
「……え?」
ラウルが顔を上げてシャーロックの真剣な眼差しを見る。
「いいか? 俺達衛兵は御国が定めた悪のケツをホイホイ追い回すしか能のないド低能集団だ。だがヒーローは違う。自分の目で、意志で、なにが悪でなにが正しいかを見極められる。お前、皆のヒーローになりたくて衛兵になったんだろ?」
「……覚えていてくれてたんですね」
「あったりめぇだ。……いい夢だ、尊敬するよ。そんなお前がここでへばってどうする? ……悪に堕ちるしかなかった奴を地獄から救いそして許すこと。これはヒーローじゃないと出来ないことだ。今だけお前は"彼女のヒーロー"になってやるんだ、いいな?」
「ロクサーヌの……?」
「そうだ。お前が助けないんなら俺が彼女を助けてほっぺにチューしちまうぞ。それでもいいのか?」
「……ッ!! い、今すぐにでも助けます! 絶対に!」
元気を取り戻したラウルは再びシャーロックと共にかけていく。
急がなければならない、舞台はもうクライマックスだ。




