音楽の天使よ、祝福を
祝宴の日当日。
国王が騎士達に囲まれ、専用の馬車でゆっくりと劇場まで向かっている。
パレードの騒ぎの中、衛兵ラウルがシャーロックと合流する為に人混みを必死でかき分けて進んでいた。
(ゼーマンはあの家にはずっといなかった。あの家を彼はアトリエとして使っていたのに……。どこか場所を移したんだろうか)
ラウルが向かった先は劇場の裏手にある小さな広場。
すでにシャーロックは広場の陰に隠れながら来たる時間を待ち構えていた。
「よう遅かったな。……その顔からするとロクサーヌ嬢はおろかゼーマンにすら出会えなかったな?」
「わかるんですか?」
「なんとなくな。野郎……アトリエまで変えてどこに姿をくらましやがった」
「カルラータに匿われているのでしょうか」
「……あるかもな。今じゃ王国の所々に屋敷を持ってるって話だ。その中のどこかにいる。まったく、ただの舞台女優の小娘が随分と偉くなったもんだぜ」
小言を言いながらも2人は裏から劇場の方へ忍び寄る。
裏門にも警備兵がいたが、狭い場所にある為か人数はたったの2人。
「ここからどうするんです?」
「安心しろ。俺はああいう下っ端仕事で苦労してる奴とは仲が良いんだ」
そう言って懐から取り出した2つの酒が入った水筒。
中には眠り薬が入っている。
「もっと強烈なのが欲しかったが、俺の安月給で買った薬じゃ効くのに大分掛かる。ここでもうちょい待っとけ」
そう言ってフレンドリーな態度で彼等に近づいていった。
シャーロックを信じ、ラウルは息を潜めながらそびえ立つ劇場を見上げ、そのときを待つ。
一方劇場内ではすでに舞台の幕が開こうとしていた。
客席は貴族や将軍達で満席、国王は特別に設計されている専用の場所にて今か今かと待っている。
(ついに来た! この私が更なるスターダムに上がる運命の日。……最近黒魔術師からの連絡が途絶えてるけど、まぁアイツ基本なに考えてるかわかんないし)
カルラータは幕の裏で密かに疑念を抱きつつも舞台に集中することにした。
特筆して気にすることではない。
魔術には疎いがこの通り自分にかけられている魔術は継続しているのだから。
舞台の内容はラブロマンス。
美しい姫と敵国の男装の女黒騎士との禁断の愛を描いた物語。
胸が締め付けられるほどに切なくも燃え上がる展開は主に貴婦人方に人気がある。
カルラータもこの物語は好きだ。
なぜなら彼女も今燃え上がるような恋愛をしているのだから。
――――そして舞台の幕が上がる。
開幕からカルラータの美声と軽やかな動きが観客達に披露された。
バックダンサー達は奏でられる音楽に合わさせて麗しく舞う。
この世の楽園かと言わんばかりに見惚れる客席。
その陶酔と薄暗闇に紛れてあの2人がコソコソと入ってくる。
「もう始まっちまいやがったか。とりあえず客席から探すぞ」
「はい、あくまで警護で静かに歩く兵士のように、ですね」
「お前もだんだんわかってきたな。よし、慎重にだ」
2人がそれらしく装いながら巡回し目を光らせる。
だがオペラパレスに関しては難所だ。
薄暗い上に見づらいのもある。
ふと、通りがかりの客席で1人の貴婦人と目があった。
褐色肌を十分に魅せるエキゾチックなドレスをまとった銀髪の女性。
これぞ変装したアルマンドである。
彼女は優しく微笑んでやるとラウルは顔を赤らめながら目を背け、シャーロックはアルマンドの胸元や足をガン見して鼻の下を伸ばした。
ぎこちなく進む2人を見ながらアルマンドは心の中で爆笑する。
そんな出来事など露知らず、オペラパレスの一席でカルラータの演技に心奪われる男がひとり。
(あぁカルラータ。素晴らしい……今の君は凄く輝いているよ!!)
カルラータが特別に用意した席でくつろぎながら舞台の世界に惚れ惚れする男、ゼーマン。
彼女に説得され慣れない礼服に戸惑いながらもゼーマンは来てよかったと心底思った。
永遠の輝きを求め舞台にて注目を浴びる邪悪な女『カルラータ』
その姿に愛と美しさを感じて更に惚れ込む裏切りの画家『ゼーマン』
自らの推理と情報だけでここまで辿り着いた元傭兵『シャーロック』
彼の部下であり、この世の誰よりも幼馴染のことを気にかける衛兵『ラウル』
それ等面子を把握し、これから起こるであろう復讐劇に心を踊らせる『アルマンド』
役者は全員この劇場に揃った!
すでに身を潜め演劇の最高の場面をほくそ笑みながら待っているロクサーヌは静かに嗤う。
そして彼女は密かに祈りを捧げた。
(音楽の天使よ、どうかこの私めの大舞台に……――――"祝福"を)
演劇の内容も佳境に入り、役者達の動きも忙しなく且つ美しくなる。
この一夜の舞台はきっと役者達や観客達共々、忘れられないものとなるだろう。
なぜならこの大舞台の主役はカルラータなどではなく、イカれた殺人鬼の犠牲となったはずの存在。
――私なのだから。




