ようやくここまで……
黒魔術師への復讐を終えて戻る頃には、時計塔から王都の美しい朝日を見ることが出来た。
まだ冷たい空気にさらされながら降り注ぐ光は、初めて舞台に立ったときの光を思い出させる。
「……そう言えば、もうすぐ祝宴の日ね。どんな歌劇をやるのやら」
純粋な興味を抱いたロクサーヌはちょっと探りを入れてみようかと思い、劇場の地下へと戻ろうとすると地上で見慣れぬ光景が見えた。
「あれはこの国の兵隊達。遠征かなにかかしら」
戦争の気配は今の所ないが、こうも大勢の兵士達を見ると些か疑問が残った。
ベルジュラックに調べてもらうのもいいが、彼は劇場の内部事情を探る為に使う。
アルマンドにでも聞いてみるのがいいだろう。
「じゃあ、劇場の地下へ戻らなきゃ。派手にしたいものね復讐は」
朝日で生じる影に紛れてロクサーヌは姿を消す。
黒魔術師への復讐を終えてからすこぶる気分がいい。
これから2人に向ける復讐をどんなものにしようかとアイデア模索が止まらないのだ。
今のうちにその栄光と幸せを噛み締めておくがいい。
そのふたつはたちまち己の首を絞める絞首台となるだろう。
劇場の地下空間へ戻るまでロクサーヌはずっとにやけた表情をしていた。
一方、地上では兵士達が装備を整え王都の外へと進軍していった。
その光景を陰で見ていた衛兵の2人、ラウルとシャーロック。
「一体……なにが?」
「近頃になって魔物が現れたって話はしたよな。それが段々数が増えてきたからああやって討伐隊を差し向けてんだとよ」
2人の知らないところで黒魔術師は完全に無力化した。
だが彼の残した爪痕は大きく、世に再び魔物達が現れ悪さをし始めたのだ。
ラウルは輝く瞳に僅かな恐怖を映した。
かつて存在した魔王が復活するのでは、と。
「まぁそこらへんは戦い専門の奴等に任せておいてだ。俺達は俺達の仕事をするのさ」
「は、はい……」
「……心配すんな。実はかなりの情報を仕入れることに成功したんだ」
「情報? まさかロクサーヌの!」
「関連だな。……ロクサーヌ嬢を襲った連中がわかったんだ。ここじゃなんだ、一端詰め所に戻ろう」
シャーロック得意の人脈を活かしてコソコソと動きつつ集めた情報。
ラウルは詰め所で情報を聞き、驚愕の事実に度肝を抜かれた。
幼馴染を襲った2人組。
それは今この王国で話題となっている有名人。
舞台女優カルラータと天才画家ゼーマン。
カルラータとは同期であり、ゼーマンとロクサーヌは密かに付き合っていたらしい。
「馬鹿なッ!! じゃあロクサーヌは信じていた人に裏切られたって言うんですか!?」
「極めてその可能性は高い。ロクサーヌ嬢が舞台で活躍している期間にあに2人は何度もコンタクトを取ってたらしい。まぁカルラータも見た目はイイ女だからな。惑わされたんだろうぜ」
それを聞いてラウルは憤慨した。
彼女の気持ちを踏みにじっただけでなく、その上で栄光を手にしているのだから。
怒りでどうにかなりそうだったが一旦落ち着いたラウルは冷静に考えてみた。
「でも……なんで今までロクサーヌは手を出さなかったんだろう? チャンスはいくらでもあったはずですよ? 野盗だの魔物だの街のチンピラだのに余分な時間を割かずにそのまま行けば……」
「……腐っても舞台女優だ。恐らく最高の舞台でやるつもりなのさ」
「最高の舞台?」
「――――祝宴の日だ。国王一座が王の前で演劇を行う。主役に抜擢されてるのがカルラータだ。きっと上演中、舞台の上で……」
ラウルは思わず息をのんだ。
本来ならカルラータ及び劇場の警備を更に強化すべきなのだろうが、もしもこちらが下手に進言すれば上層部に妙な疑いがもたれる。
カルラータはなんらかの方法でその上層部を掌握している。
上層部にバレるということはカルラータにバレるということだ。
「当日に行くしかない。安心しろ、手筈は俺が考える」
「わかりました。……となると、ゼーマンはどうなるんでしょう」
「……そこがわからねぇんだよなぁ。祝宴の日の前か、それとも後か。こればっかりは山勘かな」
「祝宴の日の前日、とか?」
「なるほど……あるかもな。仕事をしつつゼーマンの動きに注意するしかねぇな。もしかしたら彼女がひょっこり現れるかもだ」
そう言いつつ、2人はいつものように仕事に取り掛かった。
彼女の動向や過去を追いつつ衛兵の仕事をするのは並以上に負担だったが、それでも苦ではない。
(ロクサーヌ……君は復讐と憎しみに憑りつかれてる。……会って話したい。でもなにを話せばいいんだろう。ボクはロクサーヌに会って復讐を止めてほしいって言うのか? そもそも……君はボクに会ってくれるのか?)
書類をまとめ終わり王都の警備へと向かう中、ひとり彼女への想いを募らせるラウル。
つくづく上司であるシャーロックが羨ましい。
彼は勇気もあり知恵もある。
自分にあるのは"彼女に会いたい"という想いだけだ。
気を滅入らせながらもラウルは仕事に打ち込んだ。
劇場の地下空間。
ベルジュラックが音楽を奏で、それに合わせてロクサーヌは踊り、歌う。
祝宴の日で演ずる劇の台本もくすねて、それを全て覚えようと必死だった。
「いやぁ~見事なモンだ。だがよぉ、これって復讐に役に立つのか? アンタ舞台に出れねぇだろ」
「役に立つわ、今はまだ内緒だけどね。ひとりの舞台女優として、ひとりの女としてカルラータに復讐するの」
端っこで酒を飲みながらロクサーヌの練習を見ていたアルマンドは彼女の思惑にはあまり首を突っ込まない。
他の復讐者達のときもそうだが、自分を楽しませてくれる相手には敬意を評している。
なによりロクサーヌは別格だ。
まるで客席から演劇を見ているような感覚だった。
「祝宴の日を楽しみにしてるよ。オレは貴婦人にでも化けて客席で観ててやるよ」
「舞台は見やすい位置でね? 見得張って最前列に来ちゃって舞台全体の雰囲気を感じれなかったら台無しよ?」
「わかってる。……魔物共の討伐で兵士達が動き、王都の民達も不安がってるが祝宴は外せないものとし開催は確定している。……アンタを邪魔する奴はいないだろう。2人を除いてな」
「2人……?」
アルマンドから詳しいことを聞き出す。
どうやらラウルとシャーロックの2名が自分のことを嗅ぎまわっているらしい。
「そう、ラウルが。変わらないわねあの人も。昔っから正義感の強い人だった」
「まさに運命の巡り合わせだな。ロマンチックじゃあないか、えぇ?」
「フン、まさか。如何に嗅ぎ付けた所で……その程度の行動と推理じゃ私は止められないわ。……――――さぁレッスン再開ね。まずはカルラータから葬ってあげないと。……待っててねゼーマン終わったらすぐに会いに行ってあげるから」
地下空間にベルジュラックが奏でる舞台音楽が響き渡る。
それに合わせて復讐に燃える女は炎のように踊り、清流のように歌った。
どんな状況からでも舞台上で復讐出来るように全てを把握していった。
記憶に刻み付いている舞台その細部に至るまで。
それらと照合しつつ延々とレッスンを繰り返す。
アルマンドはその光景をずっと見ていた。
(音楽と復讐は似ている。内に秘める激情を手段として、世界を甘美な享楽へと変質させる)
魔女は満足そうに酒を飲み、静かにロクサーヌの復讐劇をその身で味わうことにした。




