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サディスティック・ナイト

 王都から数日かけて行けるような距離でも、この飛行でものの数分で到着した。

 月明かりも届かぬ渓谷に降り立つと早速周りを探知してみる。


 ベルジュラックは周囲の暗闇と同化することが可能であり、どこになにがあるかを逐一知らせてくれるのだ。

 彼の報告によるとどうやら御丁寧に魔術で場所を隠し、数多の罠を念入りに仕掛けてある。


 ここから歩いて数分の距離であったのでゆっくりとした足取りで進む。

 本来ならこんな暗闇の中で歩くなど出来るはずもない。


 だが今の自分は最早今までのロクサーヌとは大きく変わってしまった。

 恐怖も迷いもなく淡々と進むと、早速目的地点へと到達。


 周囲に緑はなく、見渡す限りの岩肌の世界。

 動物の骨も所々に見られ、遠くでは肉食獣らしき遠吠えが響いている。


 生命の厳しさと暗黒が支配する渓谷で、周囲の風景に紛れて光明に岩に擬態した入り口が見つかる。

 一目ではわからなかったがベルジュラックの目は誤魔化されない。


「ベルジュラック、ここは通れそう? ……オーケー、じゃあ行けるわね。罠はどうする? ……うん、任せるわ」


 ベルジュラックの能力により内部構造把握は勿論こちらの存在を完全に悟られないようにステルスしてある。

 そして隠れ家に仕掛けてある罠はベルジュラックが全て解除した。


 あらゆる知識を持つ彼からしたら罠の解除は朝飯前のようだ。

 非常に頼れる相棒であり、愛すべき子供のような存在である。


「さぁベルジュラック。黒魔術師さんに御挨拶に行きましょう。私をこんな目に合わせた外道のひとりだから、アナタもしっかり挨拶しないとダメよ?」


 返事をするかのようにベルジュラックは蛇のような小さい唸り声を上げるや彼女の左腕の断面へと戻る。

 ベルジュラックが罠解除と同時に開けた入り口からゆっくりと歩き出した。


 迷路のように入り組んだ道のりすら軽々と進み、黒魔術師がいるフロアまで辿り着くのに大した時間は掛からなかった。

 

 最奥のフロアでは黒魔術師がこちらが来ていることも露知らず、黒魔術の実験を行っていた。

 

「クハハ、カルラータの奴め。最初はいけ好かん小娘かと思ったが……こうも儂に利益をもたらすとは。このままここに潜伏し、祝宴の日まで待つとするか」


 上機嫌で器具をいじる中、ロクサーヌは冷めた瞳でわざとらしく靴音を鳴らしながら近づいた。

 黒魔術師が異変に気付き後ろを振り向くや否や、驚いたように身体を一瞬震わせる。


「貴様は……まさかロクサーヌ!? バカな……死んだはずだ。いや、そんなことは今はいい。貴様一体どうやって我が隠れ家を突き止めた!?」


 黒魔術師は自らの愛用武器である禍々しい杖を取り出しロクサーヌに向ける。

 罠の反応や侵入者の気配も一切なかった。


 そしてなによりロクサーヌの異様な姿にたじろく。


「アナタが黒魔術師ね? ……お互いに顔を合わせるのは初めてね。私がロクサーヌです」


「質問に答えよッ! なんの術を使ったかは知らんが、今貴様が立っているこの場所は儂のテリトリーだ。……敵うと思っているのか人間の小娘よ」


 仰々しい動作で挨拶をするロクサーヌに対し黒魔術師は半ば焦りながらも彼女を威嚇する。

 だがロクサーヌは余裕の笑みを浮かべながら彼に近づいていった。


「随分な物言いね? ……元はと言えばアナタがカルラータに力を貸したせいなのに。……ホント私の周りは薄情な人ばっかり」


「ふん、ほざくな。生きておったのなら尚のこと……ここで始末してくれるッ!」


 膨大な魔力を用いた為に生じる衝撃波がロクサーヌのマントをたなびかせる。

 シルクハットが飛ばないように押さえながら彼女は薄ら笑いを浮かべていた。


「……行くがいい闇の眷属達よ。あの女を喰らうのだ!!」


 そうして出てきたのは無数の悪霊共。

 煮え立つような音を立て空間から飛び出して牙を向いて飛んできた。


 非情に恐ろしい光景でもロクサーヌは笑みをこぼさず見据え、指を軽く鳴らした。

 その音に反応し左腕の断面からベルジュラックが飛び出す。


「■■■■――――ッ!!」


 咆哮を上げるや長い腕からなる猛烈なラッシュが悪霊共をいともたやすく撃ち落とした。

 一瞬にして現れ一瞬にして自分の術を軽々とあしらわれた黒魔術師はその光景に思わず恐怖を覚える。


 黒い霧のように輪郭が揺らめく長身の怪人。

 顔らしき所には4つの緑色の目があり、黒魔術師を睨みつけていた。


「フフフ、可愛いでしょう? ……この子の名前はベルジュラック。私を守る唯一の騎士であり、相棒であり、我が子のような存在。……ホラ、御挨拶なさい」


 ベルジュラックは怒りにませた咆哮を黒魔術師に上げる。

 それは長らく魔の世界にて活躍した彼でさえも恐れ戦くほどの脅威であった。


「き、貴様……一体どうやってこんな化け物を我が物とした。ありえぬ、これは人間が持ってよい物ではない!」


「質問の多い人ね。私はおしゃべりをしに来たのではないの。……私をここまで貶めた連中に復讐しに来たのよ」


 次の瞬間にはベルジュラックが動き黒魔術師の左腕を、ロクサーヌが味わったのと同じように切断した。

 大量の噴血と同時に肉と骨を一気に絶たれた際に生じた痛みが絶叫として表れる。


「ぎゃあああああああッ!!」


 電光石火の早業でなんの抵抗も出来ずに倒れこむ黒魔術師。

 だが更なる追撃としてロクサーヌがヒール部分で思いっきり彼の右手の甲を踏んづけた。


「ぐぉおああッ!?」


「この程度でなにを叫んでいるのかしら? ……私は信じていた同期の女に愛する人を奪われ、その挙句の果てに愛しい人に左腕を斬られたのよ? アナタにわかるかしらこの絶望」


 踏みつける力が強まっていき、ヒールが見る見る内に掌を貫通していく。

 痛みに耐えながら見ることしか出来ない黒魔術師は涎と涙を流しながらガタガタと震え始めた。


「おまけに助けてもらった魔女にはこんな恥ずかしい格好をさせられて別の意味で死にそうになったし……。ここまでの屈辱と憎しみを晴らすにはこの程度の復讐では割が合わないのよ」


「な……がッ……!」


 一気にヒールを弾き抜きベルジュラックについた血を拭き取らせる。



「……今からとことんまでアナタを嬲り倒すから覚悟してね? 時間はたっぷりあるわ。――――この時期の夜って長いから、ね」


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 魔剣使いの元少年兵は元敵幹部のお姉さんと一緒に生きたい

最新作です! スローライフをテーマにした物語です
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