黒魔術師を追って
あれから月日が流れ、祝宴の日までの僅かな日数となった。
ロクサーヌはあれから今まで以上に力をつけ、ベルジュラックの性能すらも向上させていく。
この進化にはアルマンドも驚きを隠せない。
自分と関わった復讐者は大抵こういった進化を遂げている。
今宵もまた彼女は王都にある時計塔のてっぺんまで行き、次の獲物を探していた。
雲ひとつない夜空に瞬く月と星々。
涼やかな風が彼女の黒髪を撫でて新たな季節の訪れを告げる。
祝宴の日が近いということで王都は夜遅くになっても賑わいを見せている。
その中でも国王一座の有する巨大劇場は更に飾り付けが豪華になりその存在感をより顕著なものにしていた。
「稀代の天才カルラータ……随分な宣伝ですこと」
国王一座はカルラータを全面的に宣伝していた。
彼女が描かれた巨大なポスターが一際輝いている。
絵のタッチに見覚えがあった。
ゼーマンが描いたものだ。
国王一座が彼女に乗っ取られてから大分経つ。
カルラータは黒魔術師の魔力補正により最大の美しさを身につけた。
偽りそして虚飾にまみれたカルラータの輝きと色気と金に溺れながら絵を描くゼーマンの存在が彼女を更に苛立たせた。
このまま飛び降りてベルジュラックと共に劇場を破壊してやろうかと思うくらいに。
だがそれではダメだ、この復讐は特別最高に仕上げなければならない。
「そうね、落ち着いて落ち着くのよ自分。焦ってはダメよ」
深呼吸をしてとりあえず冷静な思考を取り戻したロクサーヌは、ふと背後の気配に気付く。
この忌まわしくも邪悪な気配はこの力を得ても尚恐ろしい。
「アルマンドね……どう? 黒魔術師の居場所はわかった?」
彼女の方へ身体を向けるとむせ返るような酒気を感じ取った。
嫌そうな顔で鼻を抑えつつアルマンドに近寄ると彼女は酒瓶勝手にヘラヘラとしながら報告をする。
「あぁバッチリな、うへへ~。北東の森や館の方にはいない。ベルジュラックの性能が上がったとはいえ、流石は逃げ回って隠れることだけはいっちょ前のチキン野郎だ。そう簡単には見つからねぇ場所でコソコソやってたさ。用心深いにもほどがある」
「それでどこにいるの? 王都の中にはいなかったからきっと外側だろうけど」
「うへへ……ここから東にある渓谷の方さ。今の時期あそこはかなり暗くなるが今のアンタやベルジュラックなら余裕だろ」
「暗闇は私の味方よ。なにも問題ないわ」
そう言って彼女は端の方まで行きそのまま飛び降りる。
漆黒のマントが大きくはためいたかと思えば、それは大きな翼へと変化した。
ベルジュラックの性能が向上したことにより、更なる応用が可能となったのだ。
彼を黒マントに憑依させることにより形状や性質を変化させる。
今はこうして翼となって飛ぶことすらも可能だ。
天を征くコンドルよりも速く、王都を軽々と越えていった。
「……そういう使い方もあったか。実に面白い、酒でも飲みながら見させてもらうぜ? 『ロクサーヌ復讐譚・第一章:黒魔術師』……なぁんつって」
機嫌よく酒を呷り、季節の豊かさを運ぶこの風に心地よさを感じながら王都を眺める。
今ある輝きは全てカルラータが創り出した虚飾。
その虚飾が壊れる瞬間が、アルマンドは大好きだった。
是非とも最前列で観なければ損だ。
「……さて、透視でもしながら見させてもらおうかね」
ロクサーヌの行方を魔女の力で追う。
アルマンドには手に取るように彼女の動きがわかった。
一方地上のとあるパーティ会場ではカルラータが豪華なドレスをまとって貴族達に囲まれていた。
(あぁ……とっっっっっっても幸せッ!! そうこれよ!! こういうのを味わいたかったのよ! 国王にまで注目されている私がこのパーティ会場へ来るだけでホラこの通り。今世界は私を中心に回っているわ!!)
穏やかで慎ましくそれでいて誰にでも優しく振る舞うカルラータの内心は、燃え上がらんばかりの愉悦で脳みそを快楽で満たしていた。
だがまだ足りない。
全ては舞台終了後にある。
約束された大成功の後、事実上この王国は自分の物となる。
舞台で太陽以上の輝きを放ち、裏では国を操る影のフィクサー。
完璧な人生が目の前にあるのだ。
今は高笑いを堪えることが一番の仕事である。
そこは女優らしく振る舞って隠して見せた。
(でもゼーマンが来てくれなかったのは残念ね。今ある裏権力で来れるように手配できたのだけれど……彼はこういうの好きじゃないから。でも、私は許してあげるわ。愛する人の気持ちをしっかりと汲み取ってあげるのはイイ女の務めよね)
上機嫌のまま酒を飲み貴族に褒められ、美味い料理を口にする。
ロクサーヌが暗躍しているとも知らずに彼女はとことんまで楽しんだ。




