ロクサーヌの足取り
あくる日の朝。
シャーロックとラウルは群がる野次馬を退かせながら、捕まった野盗達のもとへ向かう。
「野盗の話を聞いてどうなるんです? 我々とは管轄が違いますよ?」
「わかってねぇなラウル。内側だけに耳を澄ませるだけじゃダメだ。……こうやって外の方にも耳を傾けるのも調査のやり方だ。それになぁんか臭うんだよなぁあの野盗共。くっさいくさい」
「傭兵の勘、ですか?」
「衛兵の勘だ」
「いくつ勘があるんですか……」
2人は今まさに牢屋へと連れて行かれようとする野盗達へと歩み寄った。
「よう、縛り首一歩手前のトコ申し訳ないがね。ちょいと話が聞きたいんだ」
「くたばれ犬野郎」
「そう言うない。今はこんなナリしてるが、衛兵になる前は俺もお前さん等と似たような境遇にいたんだ。な? ……一体なにがあったんだ? お前さん等ほどの腕の持ち主が揃いも揃って捕まっちまうなんて、普通じゃあり得ない」
シャーロックの問いに野盗のリーダーは渋々答えた。
「化け物が現れた、それと女」
「そいつらに襲われたってのか?」
「あぁ、とんでもねぇ強さだったぜ。あっという間に手下どもがやられてこのザマだ」
ラウルが心配そうに見守る中シャーロックは少し考えると別の質問をした。
「……その女はどんな奴だった? 美人だったか?」
「シャーロックさんなに聞いてるんですか!」
「まぁまぁ! ……で、そこんトコどうよ?」
「……美人、だったとは思うぜ。だが、他の女とは違った。……――――左腕がなかったんだ」
リーダーの言葉を聞いてラウルは驚愕し、シャーロックはなにかを掴んだように口角を吊り上げた。
その後野盗達は連れて行かれ、自分達は元の詰め所へと戻るや早速情報の整理を始める。
「……貧民街の連中や街をうろつく浮浪者、そいつらからの情報をまとめると事件当日の大雨の中、2人の男女が目撃されている。……あの事件があった橋の近くでだ。しかも、男の方は斧らしき物を持っていたらしいぜ?」
昨日シャーロックが情報収集の為立ち寄ったのがそういった場所だった。
彼はそういった人達にも分け隔てなく接することができ、ときにはラウルの見ていない所で金銭を渡して情報を仕入れたりしていたのだ。
「まさかその男女が……」
「可能性としちゃ非常に高い。恐らくロクサーヌ嬢と深い関わりのあった人物だ」
「昨日と今日でここまで範囲を絞れるなんて……シャーロックさん何者なんです?」
「お前の上司だよちったぁ尊敬しろ! ……だがこっからは慎重にやらねぇとな。ラウル、覚悟は出来てるか? 愛しのハニーの為に国家権力に立ち向かう勇気と根性はあるか? ん?」
「……あります! ボクは彼女を救いたい! ……あと、ハニーは止めてください」
「"愛しの"は否定しねぇんだな」
シャーロックが適度にラウルを茶化して場を和ませる。
ラウルに張り付いていた緊張が少し和らいだのをシャーロックは確認した。
「しかし……『左腕のない美女』に『化け物』か。ロクサーヌ嬢も左腕を斬り落とされてたし、現れた時期が事件が起こってほんの数日後のこと……とても偶然とは思えねぇ」
「まさか……彼女が魔物になって人を襲っているんじゃ!?」
ラウルは最悪の想定を巡らせるがシャーロックはすぐに否定した。
「その可能性は低い。魔物になったってんならまず街を襲う。だのに彼女が襲ったのは王都の外側にいた野盗共だ。それも全員生かしてわざわざ城の門の所まで運んでやがる。とても魔物のやることとは思えねぇ」
「じゃあ、彼女は一体……ッ!?」
「これは傭兵の勘だが……彼女は左腕を斬り落とされた後に川へ飛び込んだか突き落とされた。死んだかと思われたが実は彼女は生きていた。その後なんらかの理由で力を手にして、今も尚どこかに潜んでいる。……恐らく復讐の為にな」
シャーロックが語ったことはどうもただの憶測とは思えなかった。
ロクサーヌは生きていて復讐の機会をうかがっている。
野盗共を倒したのは恐らく手に入れた力を試す為。
こう考える方がしっくりとくる。
「復讐相手……確実に彼女を襲った男女2人なんでしょうけど……誰なんだろう」
「問題はそれだねぇ……もっと洗いざらい調べられりゃいいんだが……これ以上やると上が勘付いちまう。そうなったら変なイチャモンつけられて首はねられんのがオチだ。……コツコツやろう」
そう言って酒を飲み始めるシャーロック。
途端に陽気になった彼に溜め息を漏らしながらも、ラウルは街の警備の為に見回りへ行く。
(ロクサーヌ……なんでだろう。どうして、こんなにも君に会いたいと思うんだろう。無事でいてほしい)
いつもと変わらぬ日常の中に、彼女の息吹が混じっている。
自分では探れないほどの深淵へと潜み、来たるべき日を待っているのだろうか。
ラウルはふと劇場の方に目をやる。
つい数日前まで彼女は星のように輝いていた場所。
胸に込み上げる虚しさを噛み締めながらしばらく劇場の方を向いていた。
「あれって……もしかしてラウル?」
運命の巡り合わせが起こした偶然か。
高い建物の上から隠れて彼を見ていたロクサーヌ。
劇場の方をずっと見ているラウルを見ていると、ふと胸が痛くなるのがわかった。
劇場の地下の空間に潜伏している場所がある。
彼にああして見つめられているとバレそうで少し怖くなったが同時に安心した。
元気そうでなによりだ、と……。
野盗共を襲った昨晩から、復讐の日は決めていた。
それは祝宴の日、国王一座が舞台で演劇をするときだ。
このときロクサーヌはラウルと会うことはないだろうと考えていた。
このときは……。
次回は木曜日の夕方となります
御了承ください




