まずはレッスン、野盗を倒そう
ロクサーヌは一度あの地下空間へと戻り夜を待った。
ベルジュラックの性能を再確認したかった。
この巨大な影は基本形態であるヒト型として現れる。
必要に応じて左腕の断面から登場させることが可能で、ロクサーヌが念じれば紐のような形になったり足場になったりすることも可能だ。
まさに変幻自在と言うべきか。
だが、ベルジュラックの驚くべき所はそこではない。
彼は見た目に反して彼女以上に多才で膨大な知識を有している。
それこそ彼女が愛する音楽や詩文、更には数学、哲学といった幅広い分野にも長け、望めば彼女にその知識を分けてくれる。
この地下空間へ戻り少しの間休憩しようとくつろぐと、ベルジュラックは自らの影からヴァイオリンのような楽器を作り、彼女の為に奏でてくれた。
「……まるで一流の演奏家みたいね。これが私から生まれた憎悪なんて嘘みたい」
ベルジュラックは答えず静かに彼女の疲れを旋律と共に癒し流していく。
その旋律に合わせ彼女は小さく歌った。
かつての舞台でそうしたように。
ベルジュラックといる場所全てが自分の舞台。
ベルジュラックと共に奏でる憎悪こそが我が戯曲。
旋律を聴くロクサーヌの穏やかな表情。
だがその瞳には確かな現実への憎悪が隠れていた。
嗚呼、どのように復讐してくれようか?
いきなり襲い掛かるのはあまりに芸がない。
もっと最高のシチュエーション、最高の舞台で成し遂げたい。
ロクサーヌは思考を巡らせながらベルジュラックの演奏に合わせ歌った。
今からでも楽しみでならない。
(復讐をする前に……まずはレッスンよね。なにごとも基本が大事だし)
一休みを終えてベルジュラックを左腕へと呼び戻す。
この薄暗闇の中でマントをはためかせながら外へ出た。
いつの間に日は落ちかけて、王都は薄暗くなっていた。
怪人が動くには絶好の時間帯だ。
人間離れした跳躍で建物から建物へと。
ロクサーヌは最初の標的を決める。
(手始めにまずは野盗あたりから……)
そのまま迅速に動き回り王都を離れる。
さて野盗がどこにいるかだが、こういうときにベルジュラックが役に立つのだ。
彼は4つの緑色の瞳をぎょろめかせるや、すぐに探知する。
西の方にある村へ、野盗共が馬を走らせているのがわかった。
「ベルジュラック、飛ばすわよ」
ロクサーヌはすぐさまその方向へと向かう。
先回りして野盗共を一網打尽にするのが目的だ。
そして西の方にある村の近く。
野盗達は薄ら高い丘の上に整列し村を見下ろしていた。
「今夜はあの村だ。金も食料も女も全部奪えッ!」
「おぉーッ!」
リーダーの声のもと野盗達はそれぞれの武器を引き抜き、いざ村へと侵攻しようとした。
だがそこで思いもよらぬことが起きる。
「ぐわッ!」
「ぎゃあああッ!!」
ひとり、またひとりと野盗が闇の中へと引きずり込まれていく。
不気味なうめき声が彼等の耳に響いた。
「なんだ? ……魔物か!?」
「まさか! こんなところに魔物が現れるなんて聞いてねぇぞ!」
「お前等騒ぐな! ……邪魔者は誰であろうと殺せッ!」
だがまたしても、まるで暗闇そのものが触手のようにうねって彼等を馬から引きずり下ろす。
なにも出来ずに減っていく様を見てひとりが大声を張り上げた。
「チクショウ! 出てきやがれ化け物めッ!!」
次の瞬間、雄叫びを上げて暗闇の中から出てきたのは見たこともないヒト型。
こちらを見下ろすように佇みながら4つの緑色の瞳を不気味に輝かせる。
「な、なんだぁ……コイツは……ッ!?」
「う、うぉおッ!! 殺せ殺せ殺せぇ!!」
各々が武器を振るい突然現れたこの異形に攻撃する。
だが、その圧倒的なパワーであれだけの数の野盗が手で数えるほどにまで減った。
「ひ、ひぃい! 逃げろ! 退散だぁ!!」
リーダー格の男がそう言った直後、更なる影が彼等の元へと舞い降りる。
「へ? ……お、女?」
巨大な黒い翼のようにマントを広げ舞い降りてきた女性に驚く。
だが次の瞬間には彼女の超人的な身体能力による足技が呆気にとられる野盗達に炸裂していった。
「がっ!」
「ぐふッ!」
化け物にも女にも襲われ完全に統制を失った野盗は次々と地面に叩きつけられていく。
この様を見たリーダー格の男は怒りに燃え上がり、馬を降りて自慢の剣を振るいにかかった。
「このアマァッ!!」
渾身の横薙ぎ一閃。
だがヒラリと躱された。
何度も攻撃するが完全に見切られ掠り傷ひとつ負わせられない。
ムキになってもう一度横薙ぎをした直後、彼女は頭上高く跳躍し躱した。
「な、……ヴッ!?」
そして彼女の柔らかな太ももにガッチリと顔を挟まれるやそのまま勢いよく空中で4回転。
首の骨はおられなかったもののあまりの勢いでリーダー格の男は地面に叩きつけられそのまま気を失う。
野盗退治はものの数秒で完結した。
「……ふぅ、まぁこんなものね。よくやったわベルジュラック。……彼等を持ってきた縄で縛ってくれる?」
ベルジュラックは言われた通り野盗全員をグルグル巻きにして動けなくした。
重い荷物を持つのは彼の役目として野盗全員を自らの体内に収納する。
「……その機能は便利ね。色々小道具とかしまえそう」
ロクサーヌは働いてくれたベルジュラックに感謝の念を抱きながら、王都へと疾走する。
次の日、王都では野盗が全員縄で縛られた状態で城門前に置かれていたことに騒然となったとか。




