幼馴染の衛兵さん
「そんな……嘘だ……ロクサーヌ、なぜ君が……」
王都の警備を司る衛兵の詰め所で茶色の髪をした青年が項垂れる。
彼の名は『ラウル』
王国の兵士であり、この王都の警備をする衛兵のひとり。
彼は数日前からこうして陰鬱な空気をまとっていた。
「どうしたってんだよ最近元気ねぇな」
「シャーロックさん……」
ラウルに話しかける髭面の伊達男。
彼はラウルの上司であり7年前からここに所属している元傭兵の衛兵長。
いつも飄々としているがその裏でどんな思慮を巡らせているか、長らく部下をやっているラウルでもわからない謎めいた存在。
「国王一座の期待の新星……、ロクサーヌのことはご存知ですよね?」
「知ってるよ。イカれた奴に左腕を切り落とされて拐われたって。あの事件だろ?」
そう言いながらシャーロックは懐から酒の入ったボトルを取り出しチビチビ飲み始める。
勤務時間であろうと堂々と飲み、仕事に関してはやる気がほとんど見られない。
その姿には毎度呆れかえる。
「シャーロックさん……勤務中です」
「うるっせーな、お前まで堅いこと言うなよ。……で、そのロクサーヌがどうかしたか?」
「……ボクの幼馴染なんです。同じ村の生まれなんです。舞台で頑張ってるって聞いてたのに……まさかこんなことになるなんて」
「お前有名人と幼馴染って、マジかよ。そらショックだろうな、うん」
シャーロックは軽くラウルの肩を叩く。
しかしラウルは項垂れたままだ。
「……ボクは彼女をあんな目に合わせた殺人鬼を許さない。必ず彼女を救ってみせる!」
そう、彼女は左腕を切断された挙句どこかへ連れ去られた。
きっと無事じゃないかもしれないと思いそうになるが、なんとか振り払い自分を鼓舞する。
「お、ようやく元気出てきたな?」
「はい、……ボクがしっかりしないといけないッ!」
そう言って自らの両頬を叩いて気合いを入れるラウルに対し、シャーロックはひとつ彼に自らの考えを聞かせた。
「よし、じゃあそんなお前に御褒美だ」
「え、なんでしょうか?」
「……お前は事件の内容に違和感を覚えなかったか?」
シャーロックは酒臭い息を撒きながらもラウルに問うてみる。
違和感……、ラウルはしばらく考えたが想像がつかなかった。
「じゃあ教えてやる。……凶悪な殺人鬼に腕を斬られて拐われたって話だが、なんで殺人鬼が人を拐うんだ?」
「え? ……そりゃあ人を殺したいからまず捕まえてから、じゃないんですか?」
「確かにそういう類の奴もいる。だが、奴は最初に彼女の左腕をわざわざぶった斬ってんだぜ? 腕を斬り落とすなんて余程の得物か、力や勢いがなきゃ無理だ。そんな力もありそんな得物も持つイカれ野郎がなぜそんな手間をする? おかしいだろ」
言われてみれば疑問だった。
彼女は非力だ、それなら一発で殺してしまえばいいはずなのに。
「更にこの事件だが……お前は昨日非番で聞いてなかったかもしれねぇが、上の方から命令が下ってな。事件の後追いはするなって話だ」
「そんなッ!」
「そう、あまりにバカげてる。……確かに上の連中は現場を見下すアホばっかかもしれねぇ。だが素人じゃない。例え本当に殺人鬼が存在したとして、それを野放しにするなんざ王国の沽券に触るってもんだ。……なのにこの判断を下した」
「つまり、どういうことです?」
「政治的なコトでなんらかのトラブルに巻き込まれたか。ロクサーヌ嬢がとんでもない秘密を知ったかで闇へと葬られた……って考えるのが普通だが。俺の中にある"傭兵の勘"が『それは違う』と言っている」
シャーロックはこの事件にはなにかが仕組まれていると勘付いていた。
まだ若く経験の浅いラウルにはわからない境地だったが。
「……ここ最近、いなくなったはずの魔物共が現れては悪さをしてるって話だ。妙じゃないか? 彼女の事件が起きたとほぼ同時期に奴等が現れた、まるで見計らっていたかのように。……こりゃあとんでもない"裏"があるぜ?」
こういうのを待ってたと言わんばかりにシャーロックの瞳がやる気で輝き始める。
彼の話を聞いてラウルは心が義憤で燃え上がり、拳を固く握りしめた。
それと同時に自分の無力さを呪う。
(ボクは衛兵として、この王都を守る。……そう決めたはずなのに。僕は……君を助けられなかった)
歯を食いしばるラウル。
それを見たシャーロックは鼓舞するように肩を叩いた。
「しっかりしろ。殺人鬼の話自体が胡散臭ぇ所を見ると、もしかしたらお前の愛しいハニーはまだ生きてるかもしれねぇ」
「は、ハニー!? ち、違いますよ! 僕と彼女は幼馴染でッ!」
「はいはい。……まずは情報だな。ホントは勝手に動くのはヤバいんだけど……まぁ俺に任せておけ! 探るぞ、この事件でロクサーヌ嬢が消失した際、きっと誰かが得をした。じゃなきゃ女一人に国レベルでこんなド素人見てぇな芝居打つかよ。……よし行くぞ! 俺達で暴いてやろうぜ!」
「――――……ッ! はい!! でも、どうやって?」
「……上の連中が口を閉じてるなら、下の連中の口を割らせばいいのさ」
詰め所より2人の衛兵が出てくる。
シャーロックとラウルはこの事件の黒幕を暴かんと街中へ出て情報を集めようとした。
一方その頃。
2人は気づかなかったが、王都の建物の上を今まさに彼女が飛び越えていた。
「すっごいわ。まるで自分の身体じゃないみたい!」
ロクサーヌは魔女アルマンドによって与えられた強大な力を堪能していた。
建物と建物の間を軽々と跳躍し、今までにない快感を覚えている。
マントをはためかせながら飛ぶさまはまるで宙を駆ける闇そのもの。
ロクサーヌは自らの力をもっと試したいとも思った。
今の自分はどれだけ強いのだろうか、と。
野盗に最近現れた魔物、王都にいるチンピラ等。
丁度いい練習相手はいくらでもいる。
ロクサーヌは口元を歪ませ、王都にある時計塔の上からこの街をしばらく眺めた。




