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図書室と先輩  作者: アデル
3/22

その3 証拠

「今日、俺当番なのよ。でも部活で、校外撮影やろうってことになってさあ。ちょっと行けないんだわ。代わりにカウンター入ってくれる?」


「へっ?」


 ……しばし、沈黙。

 少しボルテージをあげていたせいか、先輩の言葉が即座には理解できなかった。公害撮影?……蝗害?……口蓋?……口外?……郊外?……あっ、校外か。つまり、お外に行くのね。

 えーと、要約すると……、「今日、当番代わってちょうだい」ということですね。わたしの脳内言語分野は、実に反応が鈍い。ようやくわかった。けど……。


(な、なにぃ?)


 愕然、呆然。なんなの、この人!

 いろいろ、ごちゃごちゃと湧き上がってきた。いえ、待って!落ち着こう。そう、ひと呼吸、ふた呼吸。なに考えているの。あれは冗談だったに決まってる。そう、いつものジョーク。なに本気にして舞い上がっていたの。落ち着いて!

 けれど、かなりテンションあがっていたから、落ち着くというより、


(おちた~)


 はっきりそれとわかるようにわたしは肩を落とす。


「はぁ……」


「あっ、都合悪かった?」


 わたしの態度に、らしからぬ気遣いで先輩が聞いてきた。少し戸惑っているようだ。

 さて、ここでわたしはどう出るべきか。こんなことで癇癪おこしちゃみっともない。上目遣いで先輩を見る。というより睨むに近いな、これは。


(ふむ、やっぱり、イケてないよなぁ、この人)


 茫洋とした印象で、顔だってアイドルには程遠く、お笑い芸人タイプ。でもよく見るときれいな目をしていて……。って、バカ!なにを今更、先輩の容姿解説なんかしているの!


(仕方ないよね、こういう人なんだもの)


 写真撮ってもらえるなんて、勝手に決め付けていたのはわたしなんだし。この件については、あとでイジリたおすネタにでもしよう。どのみち図書室には行くつもりだったから、当番代わるくらい別に構わないし。一つ貸しを作っておくのも悪くない。そう、そういうこと。


「ダメだったらいいんだ、他の奴に頼むから」


 どうやら知らず知らずのうちに口をとんがらせていたみたい。先輩が急に弱気モード。


(いいですよ。どうせ図書室には行くつもりだったんですから)


 そう言おうとした、はず、だったのに……。

 先輩がひいたせいだろうか、口をついてでてきたのは、自分でも驚くくらいの詰問調。一語一語を区切るように。


「わ・か・り・ま・し・た。でも先輩?。どうして、わたし、なんですか。クラスにもう一人いるでしょ。それに頼むなら、同じ学年の人にお願いすればいいじゃないですか」


 うわ、モード変換が間に合わなかった。まずい。

 たぶんわたしの顔は紅潮しているだろう。眉間にはしわ寄せて、さぞ嫌な顔をしていることだろう。ああ、でも止まらない。

「そりゃ、わたしは毎日のように図書室に行きますよ。ええ、行きますとも。でもそれは、先輩の代わりをするためじゃないんですからね! 都合よくわたしを使わないでくれません?」

 わたしのいきなりの剣幕に、文字通り半歩退いた先輩。


「あ、今日のこと、ほら、隣のクラスの後輩に伝えに来たから、その……ついでに……」


 あちゃあ、先輩、本気でビビッってる? 口ごもっているし。いまのわたしにとってはそんなことどうでもいいのに。


「ついで? そう、ついでですか。はい、わかりました。そうですか。ではわたしも、どうせ図書室には行きますから、つ・い・で・に、代わりを務めさせていただきます。それでよろしいですか?」


「ついでに」を特に強調して、まくしたててしまった。


 唾、飛んでないでしょうね。

(はあ……)


 しばらく無言の二人。どうしていいかわからない様子の先輩。わたしはというと、自己嫌悪に襲われ、まともに顔をあげることすら恥ずかしい。打開策は、と考えはじめたとき、俯いたわたしを救うかのようにチャイムが響く。


(もうちょっと早く鳴ってよ)


 廊下の天井を仰ぎながら頭をかく先輩。いつもの仕草。


「ごめん」


 少し顔をあげたとき、本来わたしが発するべき言葉を先輩が先んじた。


(わたしのほうこそ、ごめんなさい)


 言おうとしたけれど、言えなかった。少しこめかみの辺りが痛い。奥歯をかみしめながら、わたしは先輩に向かって言葉の代わりに頭を下げた。


「さっきの、あれ、ナシでいいから。気にしないでいいから。悪かったね。じゃっ。ほんとにごめん」


 軽く右手をあげて、教室に集まってくる下級生の流れに逆らいながら、横走りで先輩がすり抜けていく。

 それを見送りながら、わたしは今更のように気付く。涙があふれそうになっていた。あわててハンカチを出そうとしたが間に合わなかった。左の頬を一筋つたう。


(ああ、これが証拠ね)


 ハンカチで目をおさえながら、妙に得心した気分になっていた。言葉より雄弁な何かが、染み入るようにして、わたしの中で色をなしていく。いっそ引き返そうかと迷いながら歩き続けて、ようやく目的地への道標を見つけたような、喜び。しびれるような感覚がわたしを包んだ。

 自然と口元が緩む。もう一度、先輩の走り去った方向を見ながら、わたしは、抑えきれない気持ちが弾み出すを感じていた。


(あとでちゃんと謝らなきゃ)


 こうしてわたしは今日も図書室に向かうのだ。そう、入り口で声をあげるであろうあの人を待つために。

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