その2 高鳴る鼓動
「あれっ」
先輩だ。どうしたんだろ?
昼休み。お弁当食べ終わって、しばしのまどろみタイム。
頬杖ついて閉じかけた視界の隅。教室の入り口のところに先輩がいる。眠気が少し遠のく。このクラスに写真部の子っていたっけ?
先輩が教室を覗き込む。右手でちょいちょい。おいでおいでと手招き。周りを見回す。反応している人ゼロ。もしかして、わたし?
右手の人差し指を鼻にあてて、少し顔を前に動かしてみる。
(わたしですかぁ?)
(うんうん!)
ぶんぶん、という感じで先輩がうなづく。ちょいちょいの右手もぶんぶん。近くにいた男子がビックリしている。
さて、どうしたものか。先輩が来るなんてどういうことだろう。いそいそと先輩のところへ駆け寄るのも可愛らしくていいかな、と思いつつも、ここはやはり、いつものわたしでいくべきか。少し意地悪な気持ちがわいてくる。
机に座ったまま、ため息仕草をひとつ。右手をそのまま先輩に向けて伸ばしてみる。手のひらを上にむけて、ちょいちょい。
(用があるなら、そっちからきてください)
生意気千万なジェスチャーで応じてみる。一瞬動きを止めた先輩。
ヤバッ、怒らせたかな。
がくーっとうなだれること、およそ2秒半。顔をあげた先輩は、いかにもしかたないといった風情で肩を落とす。
下級生の教室にはいることに、なにかうしろめたい気持ちでもあるのか、ズカズカというよりは、むしろコソコソっとわたしの席の前までやってきた。
大きな体。聞いたところだと、176センチ76キロ。初めて会ったときは、柔道部?と思ったもの。
「なにか御用でしょうか?」
「あのね……。お願いだから、素直に出てきてくれよ」
「素直じゃないのは先刻承知のはずでは?」
「いや、だからね」
そこでため息ひとつ。
わたしはこらえきれずに笑い出す。
周りの子が少し驚いたようにわたしを見ている。それもそうだろう。たぶん、無口でとっつきにくいというのがわたしの人物評価。あまりクラスの子とも話をしないそのわたしが、上級生と楽しそうにしているのだから。
「ちょっと外でいいかな?」
このたった数秒で、たちまち居心地の悪さに耐えられなくなった様子。
「しかたないですね。廊下でいいですか?」
「ああ、助かる。」
別に助けてあげるわけじゃないんですけど。わたしも聞き耳たてられるのがイヤだから。
ドアに向かって先輩が歩き出す。大きな背中。あとをついていくわたし。
「で、なんでしょう?」
教室から足を一歩出した途端に聞いてみる。
「いきなりかい!」
振り返った先輩は、漫才のツッコミの仕草で返してくる。
だけど素早く周りを見回して、近くに他の子がいないのを確認すると
「今日、図書室行く?」
と、それでも小声で聞いてきた。
「はぁ? なんですか、それ?」
「いや、だから図書室。」
「今日、当番じゃないんですけど」
「えっ、いつも当番じゃないのに来てるじゃん」
それはそうですが……。
わたしの顔と同じ高さに背をかがめて、内緒話をするように右手を口元に添える先輩。こんなに近くで顔をみるのは初めてだ。少し、緊張する。このあいだ言っていた写真のモデルの件かも。
「ちょっと、お願いがあるんだけどさ」
高鳴る鼓動。気付かれませんように。
「はい、なんでしょう」
先輩の口に耳を近づけるわたし。顔が少し赤らんでくるのが自分でもわかる。けれど、先輩の次の一言は、わたしの期待を見事に裏切るものだった……。




