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図書室と先輩  作者: アデル
19/22

その19 ツボ

「すみません。外国なんです。だから、行ってすぐ帰ってくるってわけにはいかなくて」


「なるほどね」


 さして驚いたふうもなく先輩がうなづく。もしかしたらいままで鈍いフリしてただけ?わたしの贔屓目もメガネかけなきゃダメだったみたい。


「どこの国?って聞いたら怒るかな?」


「いえ」


 不思議なくらい素直になっている自分に、少し驚きを感じながらわたしは答える。


「えーと、ドイツなんですけど」


「ふーん。じゃ、試験終わったら、ドイツに行って、そのまま夏休みってことだよね」


「はい」


「で、そこらへんのところをお母さんに勝手に決められて……」


「はい」


「ほんとは行きたくないのに……」


「はい」


 わたしはそれしか言えないかのように「はい」を繰り返す。


「んで、頭にきてるは滅入っているはのところで、オレがあんなこと言ったから、ってことだ」


 あのときのことを思い出し、わたしは身を縮こまらせてしまう。


「すみませんでした。あのときはちょっとテンパッってたみたいで、ホントごめんなさい」


 わたしは、汗を飛び散らかせて謝る、まるでマンガのようにして頭を下げる。


「あ、いいのいいの」


 得意のひとさし指をふるポーズ。そして小峰先輩に顔を向ける。


「と、いうことだってさ。どう?」


 いきなり話を振られた美人は軽くついていた頬杖をはずす。


「どう、って何が?」


「いや、俺がなんか酷いこと言ったとかしたとかじゃなかったろ」


「ばか。そんなことくらい、最初からわかってるわよ」


「いやあ、なんか疑われてるぽかったし。やっぱりさ、嫌疑は晴らしとかないとさ」


「でもね、あなたの言葉がキッカケだったのは変わらないし。ねえ、高橋さん?」


「いえ、先輩は全然悪くないです。わたしがちょっと……あの……」


 とりあえず、事の顛末をなぞったことで、少し気が抜けた感じになっていたわたしは、またしてもしどろもどろ状態。そして、そんなわたしを見てとった小峰先輩は


「そんなことないの」


と語尾に力を込めて、わたしの言葉を否定してくる。


「女の子が泣くのはいつも男のせいなんだから、高橋さんも自分のせいだなんて思っちゃダーメ。特にこの人相手にはね」


 わたしはその語気に気圧されて、思わず「はい」と返事をしてしまった。

 ありゃ、これじゃまた先輩を悪役にしちゃう。それに……。なんだろう、気のせいですか?言外の思惑がチクチクしたんですけど。

 わたしを擁護してくれた美人に視線を移す。 

 うわっ、何か企んでいそうな目。笑っているというか、目の奥で何かか光っているというか。けれどその表情は一瞬で、すぐ元の真面目な表情に戻ってしまった。うーん、ちょっと気になる。


「それでね、さっきのことなんだけど……」


 そこで言葉を切って、一度深呼吸気味に息を整える。美人はどんなポーズも絵になるなぁ。


「ごめんね、たぶん、わたしたちじゃ適切なアドバイスなんてできないと思うの。あなたの考えが正しいか正しくないかなんて、わたしたちじゃ何とも言えない。高橋さんの家庭のことは全然知らないし、適当なことを言うのは、わたしにはできないわ。ましてや、ね」


と小首をかしげながら先輩を一瞥する。美人の視線て怖い。


「おっと、そうきたか」


 先輩はそんな形で自分におはちが回ってきたことを、たいして気にするふうでもなくにこやかに応じている。


「ま、そうゆうことだな。なにしろ普通っていうか……」


ここで、すぃーっと息を吸い込む先輩。


「何が普通なのかはわからんけど、あまりそこらへんの苦労は知らない俺たちじゃ、さ」


 けっして自分達のことを過大評価しない先輩二人の言葉。


「ま、そんなのガラでもないし、高橋さんだってそんなこと望んじゃいないっしょ」


 突き放されたような感じもなきしもあらず、ってところだけれど、逆にそれこそがわたしの期待していたことのようにも思えるから不思議。


「ね、こうゆう人なの、この人は。だからね、変な期待しちゃダメ。わかった?」


「あのさ。ちょっと、酷くない、それ」


「べつにぃ」


「はぁ、これだよ、まったく」


 お手上げのポーズをしながら、先輩がわたしに向き直る。


「でもさ、なんか君のことがよくわかったよ」


 自分のことが話題だったことも忘れ、二人の掛け合いを楽しんでいたわたしは、急に向けられたその言葉にあわてふためいてしまう。

 そして先輩の顔をまともに見ることが出来ずに少し俯いて言ってみる。


「あの、わたしがヒネクレてるってことですか?」


 つい憎まれ口になってしまったことを後悔したけどもう遅い。


「うん、それもある」


 いえ、それは否定してくださいよ。


「うまく言えないんだけど、うーん、なんていうのかなあ……」


 あれ、頭かきだしている。今度は困ったモード?


「なにやってんのよ。ズバっと言って株をあげたら?」


 小峰先輩の叱咤が飛んで……。


「人生相談受けられるほど、俺達は練れてないのよ。だから、うまいこと言えなくて悪いんだけどさ。でもさ、こうやって話を聞いてあげることはできると思うんだ」


 言葉の意味がよくわからず、わたしは顔を上げて先輩を見る。


「あのぉ……」


 わたしから目をそらしていた先輩が、その視線をわたしにぶつけてくる。


 「あー、もう。だからさ、なんかあったら俺達が話相手になってあげるからってこと。へんに溜め込んでテンパる前に吐き出したほうがいいだろ!まあ、もう夏休みだから二学期ってことになるけどさ」


 言うや否や、顔をそむけて先輩は一気に無愛想顔に早変わり。


「パチパチパチ」


 実際手を叩きながら、そこで小峰先輩がにこやかに、今度はわたしの番とご登場。


「はい、よくできました。まあ、70点ってところかな」


 ふん!と言わんばかりの先輩だけど、その点数には満足しているみたい。


「これ以上、悪人扱いはゴメンだからな」


「ほんと、うまく言えてなかったけど、まあ要するにそういうことね」


 先輩の言葉を反芻しながら、それでも意味を図りかねていたわたしに、小峰先輩がフォローを入れてくれる。


「あなたの悩みは、ほんとのところわたしたちじゃわからない。でもね、言えばスッキリすることってあるでしょ?」


 唇に当てたり離したりしていたひとさし指を、言い終わるとともにわたしに向ける。


「この人がどう思っているかは別にして、わたしはあなたのことが気に入っているの。だからね、力にはなれないかもしれないけれど、話相手くらいにはなれると思うの。ね、それだけじゃ、ダメ?……かな」


「いや、だから俺もそう言ってんだってば」


 蚊帳の外に置かれることを是としない先輩が、あわてて言葉をはさんでくる。

 鈍いわたしはぐるぐる。ようやく言葉と意味が合致するころに、わたしの涙腺は一気に開き始めて……。


「あー、泣かないの!」


 そんなこと言われても……。


「ほらほら。まだわたしたちには楽しみが残っているんだから、ね」


(?)


 その言葉に、わたしはまたしてもキョトンと間の抜けた顔を向けてしまう。

 あれ、小峰先輩? なんか口元がつりあがってますよ。

 そして「ねぇ」と視線をわたしからはずして、もう一人の人物に向けたとき


「あ、いかん、忘れモンした。取って来るよ。わるいね、んじゃ、今日はこのへんで。俺、そのまま帰るから後は好きにして。よろしくね」


と先輩が急に立ち上がり、図書室を出て行こうとする素振りをみせる。


「ジーン」と「ン」に力を込めた呼びかけに先輩はその場で急停止。

 美人の言葉はいつでも男を引き留める?


「逃げちゃダメでしょ、逃げちゃ。忘れたふりはよくないわよぉ。「ラ・リーヴ」は行きますからね」


 あ、そうだ。先輩たち、賭けしてたんだっけ。ケーキ屋さん。これか、さっき感じたのは。

 その場で肩をがっくりと落とす先輩。そしてそのまま首だけで振り返る。


「やっぱり?……はぁ。でもさ、ここはうまくまとまったということで、スルーしてくれると嬉しかったんだけどなぁ。ねぇ、高橋さん」


 いえ、先輩。ここでわたしにどんなリアクションを望んでいるんですか?小峰先輩の手前「はい」とも言えず、かといって「いいえ」なんて言えるわけないじゃないですか。

 わたしは困り顔でかわるがわる二人の顔に視線を往復させる。

 すると、どうだろう。上級生二人は、そんなわたしのことをニヤニヤしながら眺めているではないか。


「ふふ」というよりは「く、く、」と聞こえる声で、ついには二人とも合わせて笑い出す。


「ホント、いいわあ、あなたって」


「だろ?」


 え?え?もしかして謀られた? えー?


「忘れ物はホント。すぐ戻ってくるから待っててくれるかい?」


「早く戻ってきてよ」


「あいよ」


 後ろ向きのまま、右手を挙げた先輩がそのまま図書室を出て行く。わたしは、今の展開が二人の即興芝居であったことに今更気付く。

 鈍いのはわたしだけ、だったってこと。やられた。でも、腹も立たない。それどころか楽しくなって、わたしも口元を緩ませる。


「でもね、あの人があんな真面目な顔するのは珍しいのよ。よっぽどツボなのね、あなたって」


 あの、それはフォローでしょうか? でもそれこそツボで、わたしも声を上げて笑い出してしまう。

 ああ、かなわないなあ、もう。

 鈍感で何も見えていなかったのはわたしのほう。バカだね、わたし。でも……、なんだかとっても嬉しくて。こんなふうに受止めてもらえるなんて思いもしなかった。言いあぐねていたことが、今は全然たいしたことでないことに思えてしまう。いえ、たぶんそうなのだろう。考えすぎて自分の中で勝手にふくらませていただけ。わたしの悪い癖。そうだ。自分自身でちゃんと向き合ってみよう。目を背けずに。

 全てはそれから、だ。霧が晴れたような、という言い回しが今なら十分理解できる。そしてわたしは、一度は止めた涙をもうこらえることはせず、泣きながら笑うという難度の高い技を披露することになった。

 小峰先輩は、そんなわたしをただ黙って見守っていてくれた。少し微笑んで。

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