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図書室と先輩  作者: アデル
14/22

その14 自己紹介

「ほら、やっぱり!」


 書架に本を戻そうとした手を止める。


(ああ、よかった。きてくれた)


「消したい過去」から一日おいて、またまたこりずに図書室にいるわたし。明日から試験だというのにわたしもなにやってんだか。

 でも一昨日は、お笑いを勝ち取っただけで終わってしまって、そのまま帰宅。昨日は用事があって来れなくて。

 今日会えたら、ちゃんと謝りたいなぁ、などと殊勝にも思っていたわけで。入り口での一声に、わたしは内心安堵する。


「いや、オレもいるって言ったじゃん」


 そしてもう一人。

 美女と野獣?


(いや、それはさすがに先輩に悪いかも……)


 それにしても……、入り口で声あげるのヤメにしませんか、先輩方。


「わたしが絶対いるって言ったら、いないかもしれないとか、言っていたじゃない」


「オレだっているとは思っていたさ」


 いえ、そこで言い争いを始められても困るんですが。


「ちは」


 争いが深みにはまる前に、わたしは挨拶をしてその場を収めることを試みる。


「こんにちは」


 挨拶を言葉で返してくれるニコニコ美女。そしてその横で片手をあげて、挨拶を簡略化するうんざり顔の先輩。

 うーん、王女様と(そのわがままに振り回される)お付の従者くらいにしてあげよう。


「いーい。わたしの勝ちだからね」


 Vサインの左手を先輩の顔の前で振っている。ふむ、なんとなく、なるほど。カウンターではなく、テーブル席に戻りながら聞いてみる。


「景品はなんですか?」


 小峰先輩が少し驚いたようにわたしを顔を向ける。


「あら、なんで?」


 あのぉ、わかりすぎる会話なんですけど。


「わたしがいるかいないかで、なにかをおごるとかおごらないとか、たぶん、そんな感じじゃないですか?」


「あったりぃ。鋭いのね」


「ということは小峰先輩の勝ちですね?」


「いや、賭けなんてしてないから」


「あーもう、往生際の悪い!男でしょ!」


 かわいそうな先輩。いきさつはだいたい想像できるなぁ。たぶん、小峰先輩が勝手に賭け事にしてしまったに違いない。そしてずるずるとそれに巻き込まれた形で、今、苦虫をかみつぶしたような顔をしている、というところのようで。


「『ラ・リーヴ』のモンブランで手を打つわ」


 わたしも知っている駅前のケーキ屋さん。何度か買ったことあるけど、なかなかに美味しいお店。

 勝ち誇った顔で小峰先輩がテーブルに着席する。つられるようにして先輩もその横に座る。


「ひどいんだよ、こいつ。オレも「いる」って言ったのに」


 口下手な先輩がこの人に話術で勝てる見込みなんてまずないし。


「でも、「いないかも」って言っちゃったんでしょう。したら、先輩の負けですよ」


 おぉ、わたしも酷い。


「でしょう?そうよね。ほら、みなさい」


「魔女だな、おまえたち」


 女二人相手に口では勝てぬと諦めたのか、天井を仰ぎながら先輩が肩を落とす。


「ね、タカハシさんも奢ってもらう?」


 先輩を横目に見ながら意地悪そうに笑いながら言う。その提案には心動かされるものがあるけれど、


「いえ、さすがに悪いですから」


と、一応遠慮という言葉は知っています、と先輩に向かって示してみる。


「もう、どうにでもしてくれ」


 あらあら。


「ねぇ、そういえばさ、わたし、自己紹介してなかったわよね」


 それはわたしも同じなんですけど。


「ごめんなさい、馴れ馴れしくしちゃって。いいかしら?いまさらだけど」


 ささいなことだけど、きちんとしなければ気持ちが収まらないのだろう。なしくずしで知り合い面をするのが嫌みたい。あらためて小峰先輩の人柄に好感をもつわたし。


「ジンからいろいろ聞いていたから、あまり初対面って感じがしてなくって、ごめんなさいね」


(いろいろ?)


 その言葉を聞いてわたしは先輩を視線を向ける。たぶんジロッて感じになったと思う。その中味が気になるぞっと。

 すると、ギョッっとしたように上半身をひく先輩。


「いや、なにもヘンなことは言ってないから。ホント」


 ムキになるところが怪しいんですが。


「そうね。少し変わった子が図書委員にいるって言ってただけよね」


「ジロッ」では優しすぎた。「ギロッ」とにらんであげよう。


「さてと……」


 頭をかきながら視線をそらす先輩。

 あ、逃げた。

 仕方ないので小峰先輩に視線を戻すわたし。


「わたし、2年3組の小峰真琴。小さい峰に、真実の「真」、楽器の「琴」でコミネマコト。写真部の副部長やってるの。よろしくね」


 実にわかりやすい説明。慣れているのかな。わたしではとてもできない芸当。


「1年3組の高橋です。よろしくお願いします」


(あちゃー、可愛くもなんともないな…)


 まったく、わたしも先輩に負けず口が下手。でも逆にそっけない装いが、これ以上の追求を避けるにはいいのかも。


「下の名前は?」


 ウワッ。逃げられなかった……。

 小峰先輩と目を合わせるわたし。初めての出会いを思い出す。

 逃がしてはもらえそうにないな、これは。というか逃げるわけにいかない、な。


(いいかな、この人だったら)


 一瞬の戸惑いはあったけれど、わたしは自分の名前を口にする。


「あっ、すみません。「アデル」です。カタカナで「アデル」です」


 あまり好きでない名前だけれど、ごまかすのもおかしな話。でも、それが顔に出てしまったのだろう。その変化を目ざとく感じ取ったらしく、


「ごめんね、言いたくなかった?」


と少し間を置いた後、小峰先輩が謝ってくる。


「いえ、そんなことないです。すみません、ヘンな気を使わせてしまって」


「そ。ありがと」


 いいなぁ、この人。会話もなんかさりげなくって、絡み付いてくるようなイヤラシサがない。

 と……。

 眠たそうな目をしていた先輩が、その目をおよそ1.4倍ほどに見開いてわたしを見ている。


「はい?」


「……」


 どうしたんだろ?


「なに?高橋さんて、そんな名前だったの?へぇぇ、知らんかった」


 へなへな~。ち、ちからが・・・。こ、こら~。


「殴ってもいいわよ、私が許すから」


 小峰先輩の許可は嬉しい限り。ほんとに平手打ちの一つでもしてあげようかしら。


「な、なんだよ。そんな、二人して苛めないでくれよ」


 あらためて思う。この人になにかを期待するのはヤメよう。うん。

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