その13 ブルータスおまえもか
そういえば……関先生はどうしたんだろ?
こんだけ騒がしくしてたら、イカヅチまとってご登場!とか思っていたんだけれど。恐る恐る司書室のほうを見やってみても、ドアが開く気配なし。
もしかして気付いていない?さすがにそれはないと思うんだけど。忙しくて、わたしたちにかまっている余裕無し?それならラッキーって感じなんだけど、後で何か言われそう。
うう、それも怖いものがあるよなぁ。
さて、ひとしきり笑い続けて、ようやく落ち着いた様子の小峰先輩。目に浮かべた涙を細い指でぬぐいながら
「今日は時間もおそいし、これでお開きにしない?」
とわたしの挙動を察してくれたのか、助け舟をだしてくれた。
「詳しい話はまた今度ということでどう?」
わたしにとっては、実にありがたい申し出で。
「いいでしょ。ジン」
笑い疲れてグッタリしていた先輩は、左手を振ることでその案に了承の意を示す。
かと思ったら……。
「だめだぁ。くっくっく……」
座り直してわたしの顔を見るなり、もう一度おなかをかかえて笑い出した。
もう、いいかげんにしてくださいよぉ。
そんな先輩を横目でちらりの小峰先輩がわたしにちくり。
「あなた、ジンのツボつくのうまいのね。」
あのー、鍼灸師になった覚えはないんですけど。もうため息すら出やしない。
「さてと、こんな人は放っておいて、さ、帰りましょう。」
「わかった、わかった」
小峰先輩の容赦ない一言で、先輩も居ずまいを正す。でも顔が微妙にひくついていたりして。わたしのことを見ないようにしているし。まったく、この人は。
小峰先輩が司書室のドアをノックして、先生に帰ることを告げる。
「先生、おそくまですみませんでした。帰ります」
怒られるかなと思っていたけれど、あにはからんや
「そう。気を付けてね。」
と生徒を思いやる言葉で対応してくれた。さすが先生。
「でも今日だけですからね。次はダメよ。」
釘を刺すことを忘れないところが、先生の立場としては当然で。
「はい。すみませんでした。気をつけます」
それに対し気後れせずに堂々と応酬する小峰先輩もスゴイ。
「それじゃ、すみません。失礼しまーす」
先輩の影で頭を下げて、そそくさと退室しようとするわたし。
(こら! 礼儀知らずにも程があるでしょ!)
とは思いつつも、なんか顔合わせづらいんだもの。許して。
と、そこへ先生が声をかけてきた。
「タカハシさん、ほんとに大丈夫?」
その場で両肩が3cmほど上がってしまう。後ろめたい気持ちがそのまま動きに表れてしまった。優しい気遣いに恐縮至極。
「はい、大丈夫です。すみませんでした」
カウンターまで出てきた先生に向かい、わたしはあわてて頭を下げる。
「……」
あれ、なに、この間は?
疑問符とともに顔をあげてみると、右手を頬にあてた先生が少し微笑んでいるというか……。
あの~、なにか口元がひくひくしているんですけど。
そして先生は自分の額をトントンと指でさす。
「じゃなくて、お・で・こ。こぶになってない?」
とそこまで言うやいなや、いきなり吹き出した。
「だめよ~、タカハシさん。テーブル壊そうとしちゃ。大事な設備、なんだから」
笑い声が混じって、最後は「ふぁんなから」にしか聞こえなかった。
きょとん。
そしてあれこれ考え付く前に、額に手を当て、顔を一気に赤くするわたし。
一瞬の間をおいて、先輩二人がその場でおなか抱えて再び笑い出す。
先生、もしかして見てたのぉ~!出てこなかったのは、忙しかったわけじゃなく、笑い転げていたのね~!
オー、マイ、ガッ!
三人の笑い声の中、わたしはシェークスピアの中から一つのセリフを取り出して、心の中で先生に向かって思い切り投げつける。
(ブルータス、おまえもか~)