その12 二重奏
「ごめんなさい」
この一言をいうことが、心を込めて謝るということが、こんなにも難しいことだったなんて思ってもみなかった。
わたしは大きな見落としをしていたのだ。自分の今いる場所を忘れて、ただ謝ることだけを考えていたわたしは、それに気付くこともなかった。
ちょっと落ち着いて見れば、すぐに分かったはずなのに。わたしはバカだ。このときほど、自分の不明を呪ったことはない。
会釈15度、敬礼30度、最敬礼45度。どこからもってきた数字だか、合っている保証もないけれど、うろ覚えのこの角度。頭の中で分度器出して腰のあたりにあててみる。深謝ならやっぱり45度ねと一人合点。もうちょっと下げたほうがいいかしら。60度くらいは必要かしら。
たぶん、こんなこと考えたのが間違いの始まりで……。
(よし!)
再度、気合を入れ直し、わたしはついに頭を下げたのだ。これ以上はないというくらいの勢いで。
「ごめんなさい」
同時にそう口にした。つもりだった、のに……。
なぜこんなことになっっちゃったの?
実際に発した言葉は意味不明。
「ごめん、ぐぁっつう!」
正確に音で表すならば「ごめん」と「ぐぁっ、つう」の間に「ゴン!」という打撃音。図書室に響いたのは、つまりは「ごめん、ゴン! ぐぁっつうぅ!」
テーブルの高さ、座っている場所との距離、それらをすべて無視し、頭を深く下げることのみを追求した愚行の結果がこれ。伸ばした背筋を勢いよく前傾させたなら、45度くらいで止めてみようにも、重い頭は慣性の法則に従うもの。頭部のみの前傾運動を開始してしまうのは、これ道理?
そして目の前にあったのが、程よい高さのテーブルとなれば、結果「消してしまいたい過去」が一丁出来上がり。
そう、こともあろうか、わたしは、壊れてしまえとばかりの勢いで、額をテーブルに打ち付けてしまったのだ。
ゴン!!!
無論、丈夫なテーブルに勝てるはずもなく、わたしの小さな脳に襲いかかるは作用反作用の法則か、入れた気合の分の衝撃で。
「☆※△○~」
くらくら~。あっ、お星様が……。
額をおさえながら、言葉にならないうめき声をあげるわたし。
しばし沈黙。
額をさすりながら、目の前のお二人は?とあわてて顔をあげ見やると
(ん?)
小峰先輩は左手を口にあて、俯き加減で少し体を震わせているご様子。
(先輩は?)
あ、外向いてる。
「っくっくっく」
(へ?)
小峰先輩がこらえきれないという感じで低い笑い声を漏らし始めた。
「っはぁ! はっはっはっくっくく」
ついには、咳き込みだす。
「はぁ、やっぱりあなたっていいわぁ。っくっくっく。はぁ、ごめんなさい」
そう言いながらも、笑いやむ気配はとんとなく。おなか押さえてるし。わたしは助けを求めるように先輩に視線を移す。
(あれ?)
少し震えながら頬杖ついた顔がどんどん沈んでいっている。
どうしたんですか、先輩?フォローしてくださいよぉ~。
わたしは、下唇を少し突き出しながら、どうしていいかわからずに癖ともいえる言葉を口にする。
「うみゅぅ……」
とその時だ。
バンッ!バンッ!
ビクッ!いきなり先輩がテーブルを叩き、わたしは少し飛び上がる。
せ、先輩?
先輩は驚くわたしを尻目に、そのまま突っ伏したかと思うと握った拳でテーブルを叩き出す。何度テーブルを叩いたか、そしてついには、いきなり顔を天井に向けて笑い出した。
「っあっはっはっはっはっは。ひぃ、くぅ、っくっくく。か、か、勘弁してくれー。っくっくっく」
再度テーブルに顔を突っ伏して、今度は足まで踏み鳴らし始めた。するとどうだろう。小峰先輩までもおなかを押さえながら、一緒にテーブルを叩き出す始末。
二人のテーブル叩き二重奏。そして、それにのせて響き渡るは、低音高音のお笑いハーモニー。
わたしは指揮者よろしく、先輩二人に向かって両手をふるばかり。
あのぉ、先輩方? ここは図書室なんですよぉ~。
【室内では静かにしましょう】
あの貼紙がはがれちゃいそう。
別の意味の涙目で、二人が笑い終わるのを待つ羽目になったわたし。
ああ、なんで? なんでこんなことになっっちゃったのぉ~?




