竜騎編
この大陸。メイカのある大陸には、竜と呼ばれる生物が存在する。ある竜は火を吐き、ある竜は毒を持つ。また、ほとんどの竜は矢も剣も槍も効かない。そんな、竜とは、意外にも温厚な性格だ。かといって、うかつに近づかない方がいい。なぜなら、竜は警戒心が強い。また、先に言ったような、温厚な竜だけがいるわけではない。
竜は、人と同じように個々の性格がある。しかも、感情と感情のぶつありあいで、戦いも起こる。竜とは人に近く、遠い存在である。
次に竜人だ。竜人のルーツはこの大陸ではない。どこから来たのか分からない。しかし、これだけは言える。竜人は数百前、突然現れて、人目を避け、陰に生きてきたということ。そして、竜人とは絶対に戦ってはいけないこと。
ロウ国国境。
「絶対に、生きて、かえ。」
一人の兵士は、そこで倒れた。
ソウ領南部。
「なあ、センじいちゃん。」
「なんじゃ。」
「竜と会わせて。」
「無理じゃ。」
小さな小屋で老人と少年が会話をしていた。老人の名はセンニ。少年の名はリュウ。
「リュウ。」
「なにぃ。」
「そんなに会いたいのなら来い。」
センニは手招きして、家の裏にリュウを連れて行った。しかし、そこには竜らしきものは無いし、本当に特に何もなかった。
「で、なに。」
「今からお前に稽古をつける。ついてこい」
リュウは驚きと嬉しさの中、自然と漫勉の笑みを浮かべていた。しかし、連れてこられたのはまたまたぼろ小屋だった。
「なに、ここ。」
センニは答えもせずにドアを開けた。そこには、大量の本と竜の甲羅や角があった。
「お前には今から、この本をすべて読み、理解し、試験を受けてもらう。勉強期間は一か月。」
俺が本を読み始めてから一週間。色々な知識をつけた。火竜が火を吐く方法と理由。地竜の食べ物。海竜の胃袋や皮の性質。速竜の翼の造り。毒牙竜の毒。飛竜が飛べる原理などなど。そして、何よりも大切な竜のなだめ方。正直、頭が破裂しそうだった。
試験当日。
「よし。では、今から五十問の問題を答えてもらう。」
「はい。
「では、第一問。飛竜の飛ぶ原理は?」
「飛竜は高く自力で飛んだあと、滑空するんだ。それを繰り返して、長い間飛べるんだ。」
「正解。出だしはいいな。」
「えへへ。」
「じゃあ、第二問。火竜が火を吐く理由は?」
「それは、火を嫌う竜が多かったから。でも、そのせいで竜の皮に耐火性が付いたんだ。」
「大正解。じゃあ、次。」
そのように問題を解いていき、ついに五十問目。
「では、最後の問題。」
リュウはつばを飲み込んだ。
「…おまえは、竜に全てをゆだねられるか?」
「うん、もちろん。」
その時のリュウの目は輝いていた。この時に付いた知恵がこの何年もあと、役に立つとは、今は、誰も知らない。
「合格。」
王都評定場。
「王。」
「ああ。では、まず、いい知らせだ。オクルが戻ってくる。」
武官たちは騒めいた。なぜなら、オクルはキョウ将軍をはじめ、六人の領主将軍を育て、その座に即位させた伝説『文官』なのだ。オクルが戻ってくることは、新たな六領主を決めることになるからだ。
「では。」
評定場の門が開いた。そこから出てきたのは威厳に満ちた六十近くの男だった。一瞬にして、その場は拍手の音でまみれた。
拍手が止むと、
「皆に聞いてほしい。まず、先の戦についてじゃ。ロウが、宣戦布告してきたわけだが。どうにも、腑に落ちん。な
ぜ、今戦をしても得は無いというのに戦をしたのか。それについて、私はノットが働きかけたと思っている。」
「何故ですか。」
軍師であるトンが聞いた。
「ノットとロウは戦争中でした。なのになぜ、協力するのでしょう。」
「それは、分からん。だが、今、最も必要なのは戦力だ。で、今回は六領主に新たな領主を入れようと思う。」
武官たちはもしかしたら、自分かもしれないという、期待にあふれた。
「もしや、ヒョウガを?」
オクルはうなずいた。
「駄目です。まだ経験が浅すぎる。」
トンは断固として反対した。ヒョウガは領主としての実力は凄まじいものだった。しかし、六領主は最年少のリンでも即位したのは三十二歳で、二十年もの前線防衛を担い、実力を認められて六領主の一人となった。それに比べれば、たったの四年で六領主の座に就くなど、前代未聞だ。
「…お前も解っているだろぅ。この先、必ず大きな戦乱へと進んでいく。その時、老いた将軍だけで防げるのか?」
トンは軍師として、ヒョウガを認めていた。しかし、弟のように慕うヒョウガはまだ、十七歳。若すぎる。
「ええ、そうしましょう。」
「いいな。王。」
王はうなずいた。
ソウ領。ぼろ小屋。
「で、もう、三週間も歩いてるけど、どこに行くの?」
センニは答えなかった。センニはリュウと一緒に前線のロクノ領に向かっていた。ロクノ領は竜の生息域で飼育場もある。センニも若いころにそこで学んだ。
「センじいちゃん!」
「なんじゃ。うるさい。」
センニは叱りつけた。それは、ここが竜の生息域だからだ。竜は耳が良い。気の荒い毒牙竜にでも見つかれば、命はない。
「リュウ。お前に一つ言いたいことがある。」
「何?」
「これから、戦争が起きる。」
「えっ?」
「オクルから聞いたことじゃが、ロウが攻めてくるらしい。」
「ロウってどこ?」
「ここから、数千キロ北西の国じゃ。」
リュウはかつてないほどの不安にさらされた。理由は、リュウの親が戦争で死んだからだった。
「だから、儂たちは戦に巻き込まれるかもしれん。」
リュウは耐え難いフラッシュバックの中にあった。
「リュウ、逃げなさい。」
母の声。
母が斬られる音。
「よくも、私の妻を!」
立ち向かう父。
腕を斬られる父。
逃げる自分。
困惑するセンニ。
全てのことが蘇ってきた。
リュウは倒れた。
(リュウは、やはりまだ無理か。)
ロクノ領中心街「名」。
「着いたな。」
「着いたね。」
名の町は復興が済み、活気を取り戻していた。あちこちに店が並び、門から見える砦は十何個もあった。
センニに連れていかれ、リュウはある大きな建物に入った。
「おお、センニじゃねえか。」
「久しいのうテンキ。」
「で、何しに来たんだい。」
「おお、レコル。」
たちまち、センニの周りに老人が集まってきた。
「今日は、儂の弟子をここで働かせようと思って来たんじゃが。いいかな?」
「もちろんじゃ。」
ひときわ弱弱しくもよく通る声がセンニに聞こえた。
「おお、ロンさん。」
ロンは立ち上がり、リュウを見た。
「この子は、ううん、ええ、ああ、千年に一度の鬼才じゃな。」
「えっ?そうなんですか?」
「ええ、もちろん。君は凄まじい勉強をしているな。」
(ばれた。)
「いいや、悪いことじゃないよ。」
リュウの顔を見ただけでロンは解った。リュウが間違いなく、竜と人の壁を越えられると。
その時、扉が開いた。現れたのは、リュウと同じくらいの年の女の子だった。しかも、鎧を着ていて、ボロボロだった。
「大丈夫かい?」
老人たちは互いの目を見て行動に移った。まず、力のある男が医務室に連れていき、女たちが傷の手当てをする。迅速な対処で、二日後、少女は目を覚ました。
リュウは何か不安だった。もしかしたら、この少女が本当に戦に出ていたら、もし、その戦いで敗れていたら、そう思うと本当に怖かった。
「みんな、あの子が起きたよ。」
「何て名だ?」
「ユウちゃんだって。それに、国境で戦があって、その戦で敗けて、ロクノ様が。」
どんどん、その女性の声が小さくなった。
リュウは大体もことが解っていた。ロクノ様が戦死したこと。敵がここに攻めてくること。別に聞いたり、見たわけではないが、最悪の場合を考えるのは得意だった。
女性は言い切った。
「死んでしまったって。」
建物の中はざわついた。
「知らせ、ねば、なりま、せん。」
途切れ途切れの声が聞こえた。
「ロクノ、様の、戦死と、敵軍、一万の、侵攻を。」
老人たちがそばに駆け寄り、無理はするなと言っている。リュウは頭の中が真っ白になった。
「そんな。」
俺は一番近くの砦に行き、門番に伝えた。
「それは、本当なのか?」
「うん。とにかく、兵士が倒れているから来て。」
門番はついてきて、女兵士の所に着くと。
「ユウ!」
門番は女兵士のことを知っているようだった。
「テン、カル?」
老人たちが駆け寄って、「まだ、喋らせん方がいい。」と言った。
「す、すみません。ユウは妹のようなものなので。」
「そうなのか。さぞかし、不安だろう。」
「あ、申し遅れました。テンカルと申します。」
「おお、テンカルさん、て、いうのかい。いい名だね。」
正直、こんな話をしている場合じゃない。だから、あえて言う
「それより、今は敵が攻めてくるのをどうにかしないと。」
と言った。
「それもそうですね。」
テンカルの言葉で、周りの老人たちも考えた。
「軍を率いる者は全員討ち死にしました。残っているのは、わずかな兵士のみです。」
ここは逃げるか?いや、無理だ。ならどうする。その時、竜の忠誠心と連携の強さ、そして、その戦闘力の高さを思い出した。
「竜で戦うってのはどう?」
テンカルさん含め、老人たちは無理じゃ。と小声で言っていた。
「兵、なら、私、が。」
ユウが立ち上がっていた。
「大丈夫?」
「私は、ロクノ様、の、弟子です。」
ロクノ様に弟子がいることは知っていた。しかし、こんなボロボロだなんて聞いてない。凄く無礼な事してしまった。敬語で話せばよかった。
「それに、私、なら、竜の起用は、賛成です。」
「テンカルさん?」
テンカルさんは何回か頭を振って、
「頼んだ。ユウ。」
センじいちゃんは立ち上がり、
「ならば、儂らも協力せんとな。」
老人たちはうなずいた。
リュウたちは竜を解放した。センニが馬に乗って竜を先導する。
これは、センニの作戦だった。まず、竜をセンニが先導し、敵にぶつける。そうすれば、敵は竜に攻撃する。そして、敵に最初にして最大の打撃を与える。
そのうちに、テンカルとユウが残った兵士を率いて敵に向かう。しかし、これには、大きな問題がある。それは、初撃の竜だ。竜はそう簡単に死にはしない。が、それが仇となる。竜たちは興奮状態に陥るため、こちらの軍にも攻撃する恐れがある。しかし、実行するしかない。そのため、センニが竜を落ち着かせる制竜笛で一度竜を引かせる。
攻撃開始。
地竜が敵の矢を受けた。竜たちは次々と興奮状態に成っていく。飛竜が敵兵の槍を何本か銜え、空高く飛んで行く。火竜は火を次々と吐き出す。敵兵は盾を構えようが、逃げようが、意味がない。竜から見れば人もアリも同然なのだ。軽く叩けば骨は折れ、嚙み付けば肉は裂かれる。その事実にセンニは唖然とした。これが竜なのか。これが自分の愛した竜なのか、と。
同時刻、「名」中心砦。
「では、これから、敵軍に突撃する。その数は一万。」
喋っていたのはテンカルだった。言葉を考えているのはユウだ。
「この国を守る最後の砦だ。どうか頼む。」
集まった兵はわずか五千。
センニが戻ってきた。そして、ユウは
「出る、よ。」
テンカルは、よく兵たちを見て、
「いけぇぇぇぇ!」
全軍突撃した。槍のような陣を組んだ五千は敵二千に突っ込んだ。未だに、後処理が終わっていいない敵軍はすぐさま混乱した。竜の強襲で、副将を失った敵軍は非常に弱かった。竜の強襲で九千に減っていた敵軍に入り込んだテンカルたちは次の行動に出た。
「入り、込んだら、隊、ごとに、放射型、に、ばらまい、て。」
ユウの言う通りに事を実行していくと、敵は完全その策に引いていった。
「いける。いけるぞ。」
評定場。
「急報!急報です!」
「なんだ?」
「ロウ前線で一万とロクノ軍一万が衝突。」
「なに?いつだ?」
「二日前です。」
「で?」
伝令の息が詰まった。
「ロ、ロクノ将軍、討ち死に。」
今回は、全ての人が騒ぎ始めた。トンもぶつぶつ言っている。オクルと王は信じられなかった。しかし、サイはいつも通りに、いや、いつも以上に、
「おちつけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」
相変わらず、サイの怒声に口を閉じる人々。
「トン!至急、軍師たちとムクル、ヨウキ、ソウ将軍を呼べ。大至急だ!」
全員が集合したのは一日後だった。
「ロクノが討たれたと。」
南の二枚目の壁、ソウ将軍。
「こういう時はひとまず、軍を出すか?」
王都の西方領主、ヨウキ。
「いいえ。敵は引いたと聞きました。」
メイカの若き政治家、ムクル。
「しかし、今は軍勢も策略も準備できていない。」
メイカ軍師筆頭、テル。
「皆、集まってくれてありがとう。」
トンは本題に入った。
「まず、ロクノ将軍が討たれた。そのため、敵が攻めてくる可能性が高い。」
「じゃあ、やっぱり軍を出すか?」
「いいえ、まずは、状況の把握を優先するべきだと思いますが。」
「それならもう出来ている。現地住人と残った兵での迎撃により、敵は撤退。その際、現地住人は竜を使ったらしい。」
「それ、本当か?」
「まあ、事実でしょう。竜は生まれて最初に見たものを親と思う。」
「で、事実かどうかではなかろうが。」
「それもそうだ。この先の対処についての話し合いだ。」
「やっぱり、おれが行ってくるよ。」
「ヨウキさん、あなたは王の命令なしでは軍は出せませんよ。」
「なら、俺に付いて来るんだな。」
「軍を出すとして、どれ位がいいか?」
「うちの城に三万いるが?」
「おれの所は三千。」
「おれは四万率いていこう。」
「決まりだな。」
四万三千の出陣に王は賛成した。そして、オクルは弔い合戦を頼むとソウに何回も頼んだ。
三日後、出陣前。
四万のトン軍が第一陣。続いてヨウキ隊を含むソウ軍三万三千が第二陣だ。
「サイ軍五万。今、到着しました。」
軍師筆頭のテルは今回の戦でサイ軍に編入さえた。
「では、出陣!!!」
ソウ、トン、サイ、ヨウキ、テルの合同軍が出陣してから三日。名の前線砦では、
「負傷者は後ろで休め!力のある男は前で戦え。女たちは負傷者の手当てを頼む。」
テンカルは次第に指揮に慣れてきた。今なら、ユウなしでも戦えるほどだった。今、ユウは寝ていた。
「テンカル。前方の兵が足りない。」
テンカルはセンニに、
「竜の出番です。」
退却の金がなり、全軍退いた後、敵は容赦なく砦に入ってきた。そこで、敵が見たのは竜だった。
この前と同じように、竜を前には人は手も足も出ない。が、敵は勢いに乗った竜を壁に衝突させたり、火竜の火で砦を燃やしたり、色々な工夫をして砦を壊していった。
倒れた兵舎に押し潰された竜を見て、敵の大将は進軍を指示した。
「テンカル。敵が来たぞ。」
テンカルたち五千は敵の追撃に遭い、四千百まで減っていた。幸いなことに負傷者がほとんどだった。
「弓兵、準備が出来次第撃て。」
今回は前のようにはいかなかった。敵は大盾兵を前に並べて、矢を防いでいる。その後ろから敵も矢を撃っているので、敵の被害よりもこちらの被害の方が大きい。昨日までで、一万を九千にまで減らしていたがそれでも差は大きい。
(くそ!こんな時、どうすれば。)
テンカルたちはついに門を突破された。敵が津波のように入ってくる。そんな中、後ろからよく知る声がした。
「私に任せて。」
「!?ユウ?」
「…ごめんなさい。みんなを砦から逃がして。」
テンカルは困惑していた。ユウは確かに強い。でも、それは采配のことで、女兵士が九千の男たちに勝てるはずがない。しかし、
「ごめんなさい。黙っていたけど、私は竜人なの。」
「竜人? 嘘だろ……。」
テンカルはどうすればいいか分からなかった。竜人だからと言って、果たして勝てるのか。それとも、なにか竜人だから出来ることがあるのか。
「見て。」
ユウは手を出して、いつもかぶっているフード付きのコートを脱いだ。
すると、ユウの頭が赤く光り、次第に髪の二か所。つむじの左右から真っ赤な角が出てきた。それだけではない。出していた手から火が出たのだ。テンカルは黙って見ているしかなかった。
「私がこの力で足止めする。だから、逃げて、体勢を立て直して。」
「あ、ああ。」
テンカルは承諾するしかできなかった。命令を出すことしか。
「全軍撤退!」
全軍が速やかに退いていった。後ろにはまだ十四歳の少女。そんなユウに任せて逃げることしかできない自分がテンカルにはとてつもなく嫌だった。しかし、今はユウに任せるしかない。
ユウの前に敵兵士がずらっと並んでいた。
「今すぐ降伏しろ。今、降伏すれば殺しはしない。」
「残念ですね。侵略者にて、ノットの犬の皆さん。私に勝てますかね。」
敵たちは降伏拒否とみなして、全員で斬りかかってきた。しかし、
「くらえ。」
ユウの手から火が出る。それは大きな火柱になって、敵たちに直撃した。突然の事態に、敵たちは混乱した。全員が腰を抜かして倒れている。
「なんですか。案外弱いですね。」
敵の隊長はその挑発に乗って走って斬りかかってきたが、無論、ユウの手から発生する火によって焼かれ、その場で倒れた。
敵は弓を持ち出して、次々と矢を撃っていく。ユウは次に手を敵に向けて、構えた。矢がすぐそこまで来ると、手から炎のつぶてを飛ばし、矢を撃ち落としていく。また、それを敵に向けると、敵は次々と腰を抜かし、はいながら去っていく。敵の侵入部隊の様子がおかしいと気づいた敵の大将は、新手を寄こしてきた。
「まったく。……死にますよ、逃げてください。」
敵は周りの味方に気づいた。焼け死んだ者、腰を抜かして倒れたもの、様々な形で壊滅していたのだった。
異様な雰囲気を感じた敵はユウと距離をとって様子を見た。しかし、それが徒となる。 ユウは、今度は片手から火を出して、油を塗りたくった剣に引火させた
剣は普通の何倍にも燃え上がり、敵を斬っていく。ユウの剣術はほぼ、勢いに任せたもので、とりあえず前にいる敵は斬っていくといったでたらめな物だった。しかし、切り口から燃えていく。斬られた痛みと燃えていく苦痛。損二つが合わさり、斬られた者は泡を吹いて死んでいく。
「だから言ったのに…。」
その時、ユウは背中に凄まじい痛みを感じた。
「ふん、油断したな。」
倒したと思っていたはずの敵が残っていた。背中を斬られていた。しかし、涙を流しながらも剣で敵を斬ると、その時、その場にはもうユウ一人しかいなかった。
「誰か生きているものはいないか。」
夕時、激しい戦闘の行われた北砦では、生存者捜索を始めていた。ユウの足止めにより、サイ、トン、ソウ、ヨウキ、テルの合同軍の第一陣四万、二陣三万三千が到着し、敵大将をサイが討ち取ったことで戦は終わった。
ユウは意識を取り戻していた。しかし、声が出せなかった。力を使った代償として、凄まじい体力を消耗してしまう。場合によっては、生命を維持できなくなってしまう。
「いたぞ!!!」
捜索隊によって見つけられたユウは一週間後、体力が回復し、半年後には傷もほぼ治った。
ロウ軍侵攻から一年後。ぼろ小屋。
「うぅん。」
「どうしたの?」
「いやぁ。こういう場合はどうすんの?」
ぼろ小屋には、リュウとユウの姿、地図と駒があった。
「ううんとね。南の山に敵軍四千が砦化しているから、こっちの西の山の三千は動けない。かといって中央の本軍五千を動かすのはリスクが大きい。だから、東の四千で南の山の軍と小競り合いをして、気を取られているうちに本軍とこっちの西の山の兵を中央の山を迂回していくの。」
「でも、敵の本軍は一万。勝てんのか?」
「まず、敵本軍とは戦わずに、中央の山に攻める。そうすれば、敵本軍は中央の軍が孤立しないように兵を進める。そしたら、小競り合いさせていた東の軍で山を大幅に迂回させて敵本軍の後ろを取る。」
「中央の山の兵が追撃してきたら?」
「そのために、半分の兵を残していくの。」
「ほうほう。」
「で、勝つ。」
リュウはユウに頭を下げて、
「ありがとう。勉強になったよ。」
ユウはそれはよかった、と言い、小屋から出ていった。
テンカルは前ロクノ領に居る。リュウは単身、戻ってきた。そこで、今は火竜の管理を生業としている。火竜の餌
主に脂肪分の多い南牛である。南牛はあまり高価な物ではない。理由は、メイカ人を含む南の民族は脂肪の多い肉を好
ないからだ。しかし、生産量は多い。これは、南牛が主な竜の主食だからだ。ロウ宣戦布告から二年で竜はさらに、高価な物になった。竜の皮が耐火性であることは知っての通りだが、硬いうろこを持つことも、また事実で
ある。そのために、軍事的に利用されてきたのである。
(竜は強い。どこまでも強い。だから、もっといい活用法をしないと。)
リュウはいつも、この事は考えていた。
ある日、リュウは馬がかつて食用や運搬用の労働力だったことを思い出した。
「あっ。竜って乗れんじゃね?」
「何寝ぼけたこと言ってるの?もう夕方よ。」
「いやいや。竜ってやっぱり乗れるって。」
「はぁ。竜人なら竜とは話せるわ。」
「なら頼むよ。」
ユウは外に出て竜に触れた。何ということだろう。竜は嫌がるどころか目を閉じて静かに待っている。
少し、そのまま時間が過ぎていった。
「リュウ君。火竜はあなたを信頼している。でも、乗るのは無理かもしれない。」
「なんで?」
「乗っても振り落とされるわ。」
リュウは考えた。考えて、考えて、思いついた。
一か月後。リュウはまたユウを呼び出した。ユウは行ってみると、リュウが火竜に乗りその火竜が空を飛んでいた。
「えっ?どうなってるの?」
リュウは大声で叫んだ。
「竜に乗るために足と腰を固定してるんだ。」
リュウと火竜は戻ってきた。着地するときに重いものが落ちてきたような音がした。
「すごい…。」
思わずユウは声に出してしまった。
「だろ。」
リュウは本当によく考えていた。火竜にストレスを与えないために、やわらかい羽毛を竜騎具の裏地に羽毛を使っていた。火竜はストレスに弱い。ストレスにさらされると、鱗や耐火性の皮が劣化してしまう。そればかりでは無く、ストレスを感じることで火竜は暴力化もしてしまう。
「リュウ君。なによりも凄いのは、竜がいつもの状態どころか、リラックスしているの。」
「ああ。そこまで考えてなかった。」
ちょうどそこへ、王宮の視察がやってきた。
「む、なんじゃ、これは。」
リュウは火竜から降りて説明した。
「いや、実はですね。竜は殺して資源にするよりも乗って戦力にする方がいいと思いまして。」
視察は興味深く聞いている。
「それで、その竜は育てて何年じゃ?」
「あ、まだ、一年です。竜は成長が速いんですよ。特に火竜は五か月で一人前です。」
視察はほうほうとうなずいた。そしてこう言うのだった。
「付いて来い。若き鬼才の少年よ。気に入った。」
リュウは突然すぎる事態だったため、戸惑った。行ってみたい。でも、火竜を育てること話できないだろう。
「か、考えさせてください。」
「解った。一月はこの村にいる。宿はここじゃ。」
二日が経った。今日もユウがいる。
「なあ、ユウ。」
「なに?」
「決めたぞ。」
「どっちに?」
「行く。行ってみるよ。」
ユウは大賛成だった。
「いいじゃない。付いて行ってもいい?」
「うん。いいよ。」
リュウとユウは示された宿に行った。
「あらあら、リュウにユウじゃないの。待ってたわ。」
そう言ったのは、宿の看板娘のリクンだった。
「こっちへ来て。お偉いさんが待ってるわ。」
リクンはゆっくりと喋る。そして、全てを悟ったような声だった。歳はあまり変わらないのに、リクンの方が年上に見える。
「オクル様。リュウとユウが来ましたよ。」
確かにオクルと聞こえた。オクルというのは、まあ、言うまでもないが、王の重臣だったためすぐに礼をした。
「まあまあ、リュウ、ユウ、そんなにかしこまらなくてもいいじゃない。」
「なんでリクンが言うんだよ。」
「だって、オクル様は私の祖父なのよ。私にも文官の血は流れているの。」
リュウは思い出した。この前言っていた。「私の祖父はお偉い人なの。」と言っていた。お偉い人とはどこぞの商人だと思っていたが、王の側近だったなんて。
「決心したか?」
「…ええ。」
「来るか?」
「…はい。」
やる気の無い言い方になっていた。
「やる気がないの。」
やはり、指摘された。いい気持ちではない。複雑な気持ちだった。でも、これは大きなチャンスだ。
「行きます!」
「ほう、いいじゃないか。合格じゃ。」
その時を逃さずに、
「私も行っていいですか?」
「いいぞ。」
「では、私も。」
「ほほう。帰り道がにぎやかになりそうじゃ。」
二日後、王都へ続く道「南街道」。
「それでね、おじいちゃん。リュウとユウは凄いのよ。」
「そうじゃな。」
「竜に乗るなんて、まったく考えたものですよね。」
「そう?」
やはりにぎやかだった。久しぶりにこのようなことが出来たから、嬉しかった。さっそく、本題を出すことにした。
「リュウ。竜に乗った少年よ。これから、大きな戦乱が起きる。だから、君の竜を戦力にすることを助けたい。いや、竜騎隊を作ってほしい。」
信じられない。そんな理由だったとは。
「は、はい。…でも、どうやってですか?」
「君の力で竜を操り、操作し、戦力にしてほしい。」
「…はい。」
王都に着いたリュウ一行は、さっそく、オクルに付いて行った。
何十分か歩き、大きな建物に着いた。
「ここが、王宮じゃ。」
リュウとユウは驚いて、腰を抜かしたがリクンはピクリとも動かなかった。
「ここが…。」
「…王宮。」
ユウは大事なことを思い出した。
「あ、テンカル忘れてきた。」
「あ、あぁぁぁぁ!」
二人は絶叫した。大事な大人がいない。テンカルは唯一、王宮に入る資格を持っている大人である。
「大丈夫。おじいちゃんがいるわ。」
「君がリュウか。」
「は、はい。」
「オクル。どんな要件だ。」
「王。」
「ササイでよい。」
「ササイ。ノットがロウに宣戦布告し、ロウがメイカに宣戦布告した。このままいけば、絶対にこの国は負ける。戦乱で潰れてしまう」
「この少年も、ヨウキやヒョウガ。そして、お前の子のような力があると。」
「ああ。この少年。リュウは竜に乗った。そして、竜を制御したんじゃ。」
「なに?それは本当か?」
「嘘などついても面白くないじゃろ。」
「あの。」
「なんじゃ。」
「竜に乗ったのは事実ですが、制御はあんまりしてないです。」
王は黙った。そして、頭を下げて考えた。そして、思いついたらしく。
「それをするために呼んだのではないのか?」
オクル様に言ったらしい。
「そうじゃ。」
という訳で三か月。リュウとユウはここで暮らしていた。
「なんかいい人はいないかなぁ。」
「そうね。私以外に竜人がいれば、まだ良くなるんだけど。」
突然、宿の部屋の戸が開いた。
「あんたかい?竜に乗った、いかれた子供は。」
入ってきたのは、フードを被った、背が高く、いかにも強そうな女性だった。
リュウたちのもとに一人の女性が現れた。今は雨期だったためか、雨に濡れている。リュウたちは雨が降っていることに、今、初めて気づいた。幸いなことに、火竜は体の中で火を発生させることで寒さから身を守れる。
エルと名乗るその女性はいきなり、話しかけてきた。
「あんたかい?竜に乗った、いかれた子供は。」
リュウは本当のことを言っているエルに返す言葉がなかった。しかし、ユウはあるようだ。
「私たちに文句言いに来たんですか?」
「聞いたことないかい?エルって名前。」
ユウは全く話を聞かずに、自分の聞きたいことだけずけずけと言ってくるエルが嫌だった。何よこいつ。と、ユウは思っていた。
「だから、エルって名を知らないのかい。」
ユウは知る余地もなかった。エルは何十年か前にメイカに来た女兵士だがその名を知るものはかなり少なかった。
「じゃあ、堅城の攻防を知っているかい?」
ユウはもちろん知っていた。ロウとの国境の城で、たびたび奪ったり、奪われたりする城だ。十年前、その城で、特に激しい攻防があった。ロクノの率いる三千の兵士が一週間掛けて、堅城を攻めたのだが、攻め落とせなかった。さらに、敵の猛反撃を受けてしまう。ロクノがその時に臨時で編成されていた特殊部隊十人を退却の殿にしたところ、退却は成功。それどころか、敵の討伐隊は全滅していた。と、いう攻防だ
「知っていますよ。それがどうしたんです?」
「その時の特殊部隊、私が入っていてねぇ。」
ユウはまさかと思った。いくら何でも特殊部隊の精鋭十人に女兵士が選ばれるほど、この世は甘くない。そもそも、女兵士が少ないくらいだからだ。
「じゃあ、一戦やるかい?」
ユウはもちろん。と言った。
「あの、お二人さん?」
リュウは何とかして、この炎の竜人少女と元特殊部隊精鋭の女性の戦いを止めたかった。
しかし、不意に勝負は始まってしまった。
ユウがフード付きの普段着を脱ぐと、つむじの脇から赤い角が二つ生え、体の周りに火が出始めた。その火は雨で消えることは無く、ぼうぼうと燃え続けている。
一方、エルは背中の槍を右手に持ち、構えた。その構えは珍しく、槍を後ろに構えながら、もう一方の腕を前に出す。これでは、攻撃を防げないし、攻撃するときの隙が大きすぎる。
ユウの周りの火がエルに向かって飛んだ時、エルは目をつむっていた。火が接近すると、熱で目が乾く。それで目を閉じて隙が生まれるなら。と、思ってのことだった。
エルは自分の目の前に火が来たとき、右に体を寄せ、火を避けた。火は一発だけではない。何発もユウが撃つが、エルが少し右か左に動いて避ける。それに苛立ちを覚えたユウは、一直線にエルのもとに走っていた。その手には燃え盛る剣がある。
エルは炎の音、ユウの足音を聞いて目を開けた。ユウはその時、エルの視界にいなかった。だが、エルは槍を体の周りを大きく円を描くように振って、ユウを吹き飛ばした。
飛ばされた先でユウはすぐに体勢を立て直し、エルに向かって剣を振るが、あっけなく槍で弾かれ、その剣を放してしまった。
この時点で勝負は決まった。エルの圧勝である。二人はこれほどまでの行動をわずか三十秒足らずでやってのけた。
リュウは目を丸くしてその場に立ちすくんでいた。
「別に、戦いに来たわけじゃないのにねぇ。」
エルがこちらに向かってくると、リュウは後ろに一歩退いた。
「じゃあ、何しに来たんだ。」
エルはため息をついて、
「協力しに来たんだよ。」
リュウもユウも驚きを隠せずに、思わず大きな声を出してしまった。
「まったく。そっちも名を名乗ればどうだい?」
リュウはこんなにありがたいことをしに来てくれたエルに、
「申し遅れました。リュウです。」
エルはかしこまらなくても。と、笑って言った。
「私はユウよ。」
ユウも横からあいさつした。
エルは思いついたように、
「ユウちゃんは竜人なんだねぇ。隠さなくてもいいのかい?」
「なんで?隠す必要があるんですか。」
エルは思いつめた表情で、
「それはね。」
そこから、エルの昔の話が始まった。
家に入ると、エルは語り始めた。
「理由を言うには、まず、この蛇足をしなきゃならない。まず、私がここに来て間もない頃からだ。私はメイカ国のソウ領
の村で育った。まあ、育ったといっても、もう、十歳を超えていたんだが。私は喧嘩が強くて、村の子供としょっちゅう喧
嘩で勝ってたんだ。で、その喧嘩の強さを見込まれて十三歳の時に戦に出た。剣技は得意じゃなかった。でも、槍は得意だ
った。初陣は圧勝。その後の十三戦まで勝った。今から十年以上前だよ。まだ、ノット帝国がタイヘイタ連邦だったころだ。」
「タイヘイタ連邦がよく解らないんですけど。」と、リュウは質問した。
「タイヘイタ連邦はかつてこの大陸を支配していた連邦だよ。でも、十四代目の王がこう言ったんだこの国は恵まれている。
数々の資源と奴隷によって恵まれているのだ。だが、奴隷たちはなぜ不満を漏らす?この連邦の重要な仕事を担っているのに達成感は無いのか自覚は無いのか。そして、それを軽蔑する貴族もどうなんだ。ってね。そのせいで、奴隷たちも貴族たちも奴隷に同情した市民たちもデモを起こした。三年後、後のエクとノイになるハンキュウ王国が東部反乱軍により建国。その二年後西部反乱軍によって、ロウ国が建国。で、十年くらい前に反乱が起きてノット帝国になった。」
詳しい説明で、やっと、リュウは理解した。
「話に戻ろう。ここからが本題だ。あちこちでこういう噂を聞いたんだ。一人で千人を相手する兵士がいて、恐ろしい力を使うって噂さ。私はそれこそ、十人の精鋭に匹敵するほどの槍使いだったから、真っ先に疑われた。人っていう生き物は、自分より力のあるものを怖がって、時には協力し合い、叩きのめすんだ。だから、私は今までの信用を失い。そのうえ、仲間にも迷惑をかけた。」
エルは目を閉じた。大きく息を吸い込み、目を開けると同時に吐いて、「だから、その力。本当に信頼できる人たちだ
に明かしな。」と、落ち着いた声で言った。
その時のリュウの心情は複雑なものだった。この話を聞いて、まず、最初にエルが哀れに思えた。でも、それはエルが絶対に望んでいない反応だと分かっていたため、エルという人がかっこよくも見えた。。
「あ、エルさん。協力したいってどういうことですか?」
エルは漫勉の笑みを浮かべた。顔の割によく笑う人だ。とも、竜は思う。
「私はね、竜が大好きなんだ。というか、リュウを飼っている。それに、竜の生態ならよく知っている。」
リュウとユウはその竜が見たくてたまらかった。こんなにも良い協力者が現れるとは想像もしなかった。しかし、外はいつの間にか暗くなっていた。月が見える。
「あ、夜になったね。今日はここに泊まっていいかい?」
「いいけど。」
ユウが答えていた。ここはお前の家じゃないだろ。と、リュウはとりあえず心の中で指摘した。そのあと言葉に出し、
「ユウ。ここはお前の家じゃ……。」
エルとユウは外を見て、楽しそうに喋っていた。まあ、協力者が出来ただけいいか。リュウはそう思い、会話に入っていった。
朝が来て、エルの家に来ていた。
「ようこそ。」
家というにはほど遠いが、確実に自分の小屋よりいい。なぜなら、ちゃんとした窓があり、雨が降っているのにもかかわらず、雨漏りしていない。我が家は雨漏りが酷いのだ。
「竜を見せてください。」
「ああ。いいよ。」
という訳で庭に来た。そこには火竜より一回り大きい竜がいた。皮は黒く、鱗が青で、透明。角は体の五分の一ほどの大きさで、竜種の中では大きい。尻尾は太い。特に火を吐いたり、強力な毒を持つわけではない。だが、体格が良いため、他の竜よりも強い。牙が通らないほど頑丈で、耐火性の皮がある。それも、竜の中でも最強と呼ばれる由縁である。
しかし、海竜は手なずけるのが難しい。それに、竜特有の最初に見たものを親と思う生態が無い。だから、成長すると、自分を育てようが気に入らなければ殺し合いになる。そのためか、群れで生活している。
群れというのも、三十体ほどの雄雌が集まり、その中で一番強い竜がリーダーになる。そういう仕組みだ。もちろん、女王も生まれることがある。だが、これは陸生の海竜の生態で、海生の海竜もいる。
海生の海竜は、家族で一つの群れである。たまに、親戚がいる。それぞれが自分の持ち場に付き、縄張りを守り、同時に狩りをしている。獲物の海坊主という、巨大水生哺乳類が来るまでじっと待つ。そして、息継ぎのため、顔を山車ったところをかぶりつく。なんと強く、忍耐強いのか。
しかし、エルさんとユウは仲がいい。でも、ユウはテンカルをすっかり忘れている。
「ユウ。テンカルさんはどうすんの?」
ユウは大丈夫。と、言うばかりだった。しかし、大丈夫なわけが無い。こんな状況下で、よく知る大人がいないと話にならない。天才が活躍するときはこんなものなのか。いや、違うだろう。こんなことが本当にあるのは、ほんの一握り。メイカの総人口である、三億人の中でも、三百人ほどだ。なら、自分たちがその三百人の中に入るのか。いや、それは無いか。
なら、やはり一度戻った方がいいだろう。エルさんを連れて。テンカルさんには一度手紙を送っているが、それだけでは状況の説明が不十分だ。
「エルさん。頼みたいことがあるんですけど。」
「なんだい?」
非常に言いづらい。少しわがまま言いすぎだ。だが、そうしないとオクル様の要求を達成できない、ここはわがまま言うべきだ。
「ソウ領の俺の家に来てくれませんか。そこで、俺が集めたり、もとからあったりした資料に目を通しておきたいんです。」
「あんたたちがいいなら、私もいいよ。元から、私はあんたに忠を尽くす所存だよ。」
今の言葉は冗談だろうか。忠を尽くす。それは、これから、今まででやっと修復したこの生活を捨てることになる。確かに、エルさんは器量がある。でも、さすがにこれだけは無いのではないか。いや、ここはエルさんの言葉を信じよう。同志が増えれば悪いことは無い。
そして、三日後。ソウ領の山奥。リュウの小屋(家)。
ひとまず、四人で資料を一通り読むことにした。しかし、テンカルさんはエルさんに一目惚れしたらしく、ずっとエルさんのことを見ている。エルさんは人を引き寄せる体質らしい。まあ、楽しくできればこの作業も苦ではない。
作業に取り掛かろう。まず、竜録書に目を通そう。これには、竜の発見と事実について書いてある。
その破れかかって、変色した本を読んでみると、そこには見慣れた文章があったが、新たな発見はできる。もともと、竜は発見も何も、人と共存していた存在だ。そのため、竜の生態は詳しく記されている。竜は空を飛ぶための翼を持つ『有翼種』とその翼を持たない『非有翼種』に分かれているが、それぞれが違う生態持つことに気が付いた。有翼種よりも、非有翼種の方が天敵は少ないのである。理由として考えられるのは、有翼種の起源であろう。有翼種は大きな体を持つ。しかし、大きく見えるのは、ほとんどが翼と尾だ。そう考えると、飛竜や速竜、そして火竜は、体と頭だけだとかなり小さい。
そんなことに気付いたが、それは全く役に立たない。
「なぁ、リュウ君。ここに面白いのがあるんだけど。」
テンカルさんが何かに気付いた。それを見せてもらうと、天竜が群れで動く時、筆頭が群れを率いていることが書いてあった。しかし、一番前が群れのリーダーではない。リーダーは、中心で全ての竜に命令を的確に出している。他の竜にもこのような生態があるのかもしれない。
まず、これを解明しよう。それなら、何とかなるかもしれない。竜の繁殖ならおれにとっては容易いことだ。生まれた竜を一匹ずつ自分で育てていけば、成功するかもしれない。いや、成功できる。
「みんな。いい案を思いついた。」
エルさんとテンカルさんはこちらを向いた。ユウは外出中だ。
「なんだい?何か思いついたかい?」
「うん。早速、案を出す。天竜が群れで行動するのは知っていると思う。それを利用できないかな。火竜もそういう生態があるかもしれない。」
「なら、知り合いの竜の飼育者にちょっと、そういう性質があるか調べてもらうよ。」
「リュウ君。センニさんはそういうことを知っているかもしれない。」
なかなか順調に事が進んで行く。それでは、センじいちゃんに手紙を書こう。
〈センじいちゃんへ 竜の群れでの行動のことについて、今、調べているんだけど、それについて、調べてくれないかな。 リュウより〉
よし。手紙は書いた。あとは待つだけだ。その間に、こっちでも準備を整えよう。竜に乗るための、竜乗具を作る。その
ためには、適確な要求と設計が無ければいけない。あと、技術も。
竜はそれぞれの種で大きさが違う。それを測らないといけない。それと、竜をどうやって操るか。そもそも、それが問題だった。でも、策はある。あとは、竜の飼育場が無いといけない。それらを同時に進めながら、待つとしよう。
「本当ですか。」
「おう。もちろん。」
ユウはある旅商の許に訪れていた。
「ううん。デイカさんを頼ってきたのに失敗でした。」
ユウは落ち込んでそういった。
「まあ。気を悪くするな。いきなり投資しろ。って言われても訳が分からねえよ。」
各地を旅して、大金を手にした男、デイカ。この男はかの有名な武将、ヨウキの父にして、北方防衛領主であるヒョウ
の育て親である。デイカは時には戦場を駆けまわる武具商人。また、時には薬を各地に売り、世界を救う薬商人。またまた、時には生活に必要なものを売る雑貨商人にもなる。それにすがって、ユウはデイカに投資してもらおうと、デイカの許へ訪れていた。
ユウは訳を話した。
「実は、今、リュウという少年が竜に乗ろうとしていて……。」
デイカは驚いたが、そこまでの反応ではなかった。まあ、デイカはかなりの数の無謀な挑戦に手を貸してきた。ヨウキの出陣も、デイカの計らいあってのことだった。
「ほうほう、そんないかれた子がいるんだなぁ。」
デイカは感心しているように見えて馬鹿にしてたが、ユウは説明を続けた。
「で、竜には乗れたんです。でも、さすがに私達には飼育場を買う大金も無いし、多くの人を雇う大金もありません。だから、投資してもらおうと……。」
デイカは考えることもなく、すぐに言葉を発した。
「おう。いいぞ。」
デイカはこれまでで、色々な才能を見出してきた。剣の才能があったヨウキには徹底的に剣を振らせてやったし、本当に小さい頃から兵法の才能を十分に発揮してきたヒョウガにも、学問より兵法の道を進ませてきた。界功の鍛冶屋にも金をやり、その才能を活かす使命を与えた。捨て子だったユウを拾い、今は亡きロクノに預けたのもデイカだ。しかし、それが必ずしも才能を持つ人間にとって最高の生き方であるとは限らない。剣の才能を持つ者がいたとしても、そいつが剣を振るのが好きだとは限らないし、本当は争いなんてしたくないかもしれない。それに、本当は優雅に暮らし、花のような人生を送っていたかもしれないのに、デイカが才能を見出したことで、その真逆の人生を送っているユウもいる。
しかし、デイカはそれについて、迷いもためらいもない。なぜなら、才能を持つものはその才能を発揮しないといけない義務があると考えていたからだ。
実際、これまで見出した才能は、間違いなくこの国の、もしくはこの世界の役に立ってきた。
ヒョウガとヨウキ、ユウはこの国を救ったし、ツイという医者も、デイカが育てた。つまり、デイカの考え方によると、自分が間違えるわけが無いらしい。
という訳で、今回もデイカは自分の直感を信じた。
デイカの投資が確定した後、ユウはその場を後にした。
二日後。リュウら竜騎隊は行き詰まっていた。
火竜の竜騎具を作ったはいいものの、作るための費用が掛かり過ぎた。一着作るのに三金。こんなの続けていたら予算が足りない。という訳で、その予算問題を解決するために、テンカルがオクルの所に行っている。が、オクルら、王宮の政治家はそれどころではなかった。
王弟が王の許可を得ずに、ノット帝国に手紙を送ったという噂が広まっていたからだ。
王弟が政治の表舞台に立ったのは二十三年前。当時、王は三十六歳。王弟は十二歳。異母兄弟であった二人は、度々、政権を真っ二つに分けて対立することがあり、常に対立状態であったが、ここ八年間はそれといった対立は見られなかった。更に、二十三年前というのは、ノット皇帝がタイヘイタ王国を滅ぼした年で、同じ時期に、かなりの文官がノット皇帝と内通(内通=密かに主に背いて、他の勢力と通じること)していた。その中には、王弟の教育係である文官も入っていた。これは、王と王弟の対立の要因であった。
そして、ロウのメイカへの宣戦布告のタイミングとノット帝国の関与。また、王弟のノット帝国との文通。これらのことから、王弟はノット帝国と内通している可能性が高まった。
しかし、オクルが気にしていたのは王弟の内通疑惑ではなく、むしろ、ロウとの関係だった。
理由は、ロウが侵攻して、ロクノが討たれた。このことにより、ロウの前線部隊は名への侵攻を開始したのである。今は、連合軍が名の防衛を行っているが、それでは、いつまでもにらみ合いを続けることになる。そうなってしまうと、中々戦争が終わらない。それに、ロウのような大国を動かすノットも気がかりな存在だった。
それではいかんな。オクルは思った。しかし、特にそれの対策は見当たらない。オクルは緊急評定中、そのことばかり考えていたため、議論に参加していなかった。だが、オクルは元々この議論に参加するのが嫌だったため、心置きなく考えることが出来た。
評定が始まり、三時間。議論は終結した。王の静まれ。の合図で文官、武官は一斉に黙った。その静まりにも気が付かずに、オクルは考えていたが、オクルには答えが出ていない。そんなオクルに、王が問いかけた。
「どうした、オクル。具合でも悪いのか?」
何度かオクルに声をかけたが、気付かなかった。
問いかけが十回ほどになり、オクルはやっと気が付き、頭の中の大きな部屋から出てきた。
「ああ。すまない。それどころではないんじゃ。問題はもっと奥に隠れている。噂など事実とは限らない。しかし、ロウとの戦は事実じゃ。あれはほおっておけない。絶対に、それではいかん。」
王がどうした。と優しく、少し心配そうに言った。だが、それに答えたのは、オクルではなくその息子だった。
「父はロウとの戦がノットによって仕組まれたことに恐怖を感じているんですよ。それに、ロウとの戦は長く続けておけない。そうでしょ。父上。」
オクルは汗でびっしょりになった顔を袖で拭って、答えた。
「ああ。その通り。その通りじゃ。」
かなり疲れたオクルは、評定を中断し、自分の屋敷に戻るほかなかった。
リュウは竜騎具の費用を何とか削るために工夫を重ねたが、工夫すればするほど、一つ一つの部品の重要さが分かって
き、部品を外すにも外せず、それどころか新しい竜騎具は四金ほども掛かってしまう。デイカの投資額は千金。百着作ると半分ほど使ってしまう。しかし、今は作るしかない。
次に飼育場だ。それはエルがやっているからいい。
問題は天竜がどれだけの戦力になるかだ。天竜は大きな体を持つ割には力が無いし、特別な能力すら持たない。乗れればいい。というのならば、馬でも十分だが、空を飛べる分、奇襲作戦が主流となる圧倒的破壊力で敵の基地を次々と落としていく。このような用兵で敵の戦力を削ぐ。これが竜騎隊の真骨頂だ。
三か月後。センニから天竜が集団で生活するという連絡を受けたリュウは十体の天竜を取り寄せ、ユウを親として育てた。竜騎隊の結成の最低条件をそろえたリュウ達は、オクルの許を訪れていた。
「ほう。天竜を十体そろえたか。では、これからは演習と兵士の募集をせんとな。」
という訳で、竜騎隊の兵士募集の不札を武家町に立てた。これでひとまず、待つだけとなった。その間に竜を乗りこなさないといけない。
「よし。これから竜へ乗る練習をするぞ。」
エルの一言で全員が練習を開始すると、すぐさま全員竜から落っこちた。最大の原因は確実に天竜の胴体の皮が滑りやすいからだろう。しかし、十回を超えたあたりから、全員慣れてきたようで、滑り落ちることは無くなった。が、やはり、飛ぶのが危険すぎる。歩くことすらままならない。馬術の達人でもあるエルでさえ、やはり慣れないのか、飛ぶことには至らない。更に一ヶ月。エルとリュウとユウは飛ぶことが出来た。飛ぶと、風が顔を覆い、吹き飛ばされそうになるが、その分、かなりの爽快感がある。リュウはそのなかで、オクルの言っていた戦乱に新たなる希望を見出したのだった。
三か月となると、もう、兵士も技術も調った。しかし、テンカルだけが、乗ることも難しいほどだった。
「テンカル、無理しなくていいんだよ。」
「ああ、テンカルさん。兵士じゃなくても、色々仕事はあるんだから。」
二人の言葉で、テンカルは心の中で暗い闇に落ちた。自分の無力さが情けなく、言葉も出せずにうつむいてしまっていた。
「ああ。大丈夫。すぐにできるようになるよ。」
その日の夜。リュウはテンカルがなぜ竜に乗れないかを考えていた。すると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「どなたですか?」
「私だ。エルだ。」
「ああ、エルさん。どうぞ。入って。」
エルさんがここを訪れるのはここ最近少なくない。というのも、竜騎隊の兵士育成のリーダーとして、エルさんはかなり忙しい。そして、自分の分からないことや迷うことは相談しに来る。今日は珍しく、エルさんがテンカルの話を切り出した。
「テンカルは頑張っているらしいけど、どうもうまくいかないらしいんだ。」
エルさんにしては珍しく、二人が承知なことを言ってきた。
「この半年、かなりの兵士が竜に乗ることが出来るようになった。でも、できていないのは新参とテンカルだけ。なぁ、なんでテンカルは竜に乗れない。」
かなり強い口調で迫ってきたエルさんは、大きな怒りの中に悲しみが見られた。それと哀れみ、疑問。色々な感情が組み込まれた言葉に、自分の言葉で答えることが出来なかった。
自分たちが無言の間、テンカルさんは竜に乗るため、乗馬の練習をしているだろう。
その時、決めた。テンカルさんを戦略部に回すことを。
この決断の三日前。北方前線城。
ヒョウガの側近であるレイが評定の最後に、ある話を切り出した。
「この前のノットとロウの戦のことですが、開戦の三日前、一人の旅人が国境を渡っています。オクル様は、この度の戦で王弟殿下とノットとの内通を疑っています。これとそれとで何か関係があると思いましたか?」
「レイ、そうゆうことは警察に聞け。それか推理が得意なレイナだな。」
ヒョウガは実に冷静に考えていた。ロウとノットの戦での両軍合わせての軍勢は十万。このような規模の戦はここ十年でなくなっていたのだが、突如、その安静は消えた。
ノットの総大将はヨウノ。十五歳の天才軍略家だ。結局決着のつかないまま、両軍一ヶ月で軍を引いたこの戦が、ヒョウガは気掛かりでしょうが無かった。
「ヒョウガ。この話は笑い事にできないぞ。私は王弟、カカイ様の警護についていたが、その私ですら知らないことだ。誰かの陰謀なら、そいつが関わっている可能性が高い。」
「レイナがそういうならば、そういうことなんだな。」
ヒョウガは気力がわかなかった。確かにこれはメイカの歴史を途絶えさせるためのノットの工作なのかもしれない。だが、それ以前に、メイカの兵力が小規模で、いかに貧弱であるかが目に見えて分かる。
重要な前線部隊ですら総勢は三万。メイカの総兵数はおおよそ二十万そこら。他の国はだいたいの前線部隊だけでも十万。
そんな考え事をしていると、伝令からかなりショックな伝言を聞かされた。
「伝令!伝令!ヨウノ率いる五千の兵が華北砦を落としました。」
突如として場は騒然となった。レイは武具をそろえる指示を出し、レイナはどこかへ行ってしまった。
「ヒョウガ様。ご命令を。」
しかし、今はやるしかない。
「よし、出陣だ。キョウ将軍には敵襲の鷹を飛ばせ。」
そうして、ヒョウガとヨウノの初の衝突が始まるのである。