Chapter8. 魔法と魔力
今回を投稿するに当たりまして、Chapter6の題名を変更いたしました。
偽装身分に関しては、結果的に乗り気となったリリアの協力もあってトントン拍子に話を詰めていくことができた。
俺とリリアが森で出会ったのは、10数年ぶりの再会であったという脚色がなされたのだが、やれ幼馴染だのやれ昔将来を誓った仲だのと色恋沙汰を差し込もうとしたことに比べれば許容範囲内だろう。
……森に引き籠っていたと語っていたくせにやけにその手のネタに詳しいのはなぜだろうか。
「お話しすぎて疲れたのー。もう陽が落ちかけてるの。」
そう言われて空を見上げれば、そこには橙色に染まった、青空とはまた趣の異なる景色が広がっていて目を奪われる。
前世の記憶にはないその景色は、とても美しい静謐さを湛えている。
食い入るように見つめていたからか、リリアが嬉しそうにこちらへと微笑みかける。
「これは、茜空なの。夕暮れ時にしか見れない、綺麗な景色なの。」
「そうか。」
「そうなの。この短い時間が過ぎれば夜に変じて、今日みたいに晴れた日は月と星が綺麗に見えるの!」
「そうか。待ち遠しいな。」
リリアが言うのだ。それは余程綺麗な景色なのだろう。そう思えば、俺の口からは素直な思いが溢れる。
できることなら空模様が変わっていくさまをこのまま見ていたい。そう思ったのだが、偽装身分を考えるために時間を使ってしまったため急ぎで野営の準備に取りかからなければいけない。
いつかゆっくりと空の変化を楽しめる時が来ることを願いながら、腰かけていた瓦礫から立ち上がり荷物を置いている廃屋へと戻る。
「あれ?お兄さんはこのまま空を見ないの?」
「そうしたいのは山々なんだが、夜になる前に最低でも火を起こしておかないと不便だからな。」
「そうなの?火はすぐに起こせるのに、急ぐ必要なんてあるの?」
前世であればライターやメタルマッチなどがあり火起こしは容易だったが、こちらではそうもいかない。
不確かな記憶を頼りに作ったファイアピストンも、穴を開けるための器具がなかったため機密性に若干の不安が残る。
そうズタ袋から取り出しながら説明するとリリアはしばらく不思議そうにそれを眺めていたのだが、すぐに得心がいったのかポンと手を鳴らす。
「そっか。お兄さんは魔法も使ったことないもんね。」
「魔法?」
確かに、魔法が存在するというのは事前に説明を受けている。
だがこの世界に来てから実際に目にしたというか、仕掛けられた魔法は【旅の祝詞】だけであり、イマイチどのようなことが出来るのか把握できてはいなかった。
「んー。口で説明するより、見てもらう方が早いの。とりあえず、焚き火をする場所を決めるの。だから、木を組んで欲しいの。」
あまり納得はいかなかったが、とりあえず言われた通り目覚めた場所で集めておいた枝を組み上げる。
すると、リリアは肩の上から飛び立ち組まれたそれの前に立ち手のひらをかざす。
『指先に灯火を 暖かな光を。【着火】』
歌うように朗々と声を上げる。
するとどうだろうか。かざした手のひらの先にある木に一瞬で火が点り、暖をとるのに十分な焚き火となる。
ふぅ。とひとつ息をつくと、リリアはこちらをにやりと見上げる。
「ざっとこんなもんなの。」
「……なるほどな。これは便利だ。」
「まぁ、色々と制約があるの。だけど、生活魔法は皆使えるの。それこそ、子どもだって使うの。」
なるほど。これを見れば、荷物をさらえたときになぜその中に着火具が何一つ入っていなかったのか。そして、あの時自分の中で何が引っ掛かったのかを理解した。
子どもであろうとも火を起こすのが容易な世界ならば、確かにマッチや火打ち石が不必要とされることも頷ける。
「いくつか聞きたいことがある。」
「ん。任せるの。こと魔法において妖精族の右に出る者はいないの。」
「それは心強いな。まず、どうすれば魔法を使える?」
ふむと。リリアは腕を組んで考えていたが、何を思ったのであろうか。腕組を解くと浮かび上がり、手を差し出してくる。
「口で説明するのは難しいの。手を出して欲しいの。」
何が必要かはわからないが、言われるがまま右手を差し出すと彼女は人差し指を両手で握る。
すると、触れた場所を通して何か暖かな何かが流れ込んでくる。
そして流れ込んできたそれは人差し指を伝わって体を巡り始めるの。
「何かが流れているの、わかる?」
「暖かい…何だろうなこれは。」
「今のは、お兄さんの体の中で眠っていた魔力を私の魔力で励起したの。」
そう言いながら、彼女は手を放すと差し出されたままになっている俺の手に腰かける。
「次は、私が座っている場所に魔力を集めてみるの。ささ、早くやるの!」
「やれと言われてもな…。」
「だいじょぶ。流れているのを感じれたらすぐに操作できるようになるの。手のひらを意識して、そこに流れているもの集めることをイメージすればいいの!」
半信半疑ではあったが、自分の体を流れているように感じるそれを手のひらに集めようと意識する。
すると、ぼんやりとではあるが手のひらへと熱が集まるのを感じた。
「ん。上出来なの。魔力量からそうじゃないかと思ってたけど、お兄さんセンスがあるの。」
そう言って手のひらから飛び立つと、少し離れた位置でホバリングする。
「次はここまで魔力を飛ばしてみるの。」
促されるままに、手のひらに集まったそれを彼女の元へと伸ばすように意識してみる。
それをどう説明したものか。例えるのならば、自分の腕が延びたような不思議な感覚を覚えた。
目を凝らしても目で捉えることはないが、確かにリリアを手で包み込んだような感触があり、彼女はくすぐったそうに身をよじらせる。
「ふふ!くすぐったいの!」
「あ、ああ。すまない。」
不快だったかもしれないと手を下ろせば、熱は体の中へと戻りまた内で巡り始める。
「気にしてないの!初めてでそれだけ動かせるのなら、生活魔法ぐらいならすぐに使えるの。」
「そういうものなのか?」
「そういうものなの。もっと自然に動かせるようになったら色々と応用が利くの!見てるの!!」
そう言うと彼女は手近にあった壁を、その細腕で殴り付けた。
明らかに彼女の腕が破壊されてもおかしくない勢いだったというのに、砕かれたのは石でできた壁の方であった。
「こういう風に、魔力を纏えば身体能力を上げることもできるの!全力でやったら私でもこの壁に穴を開けられるの!!」
そう言って、自慢気に胸を張って見せる。
「でも、これは魔法じゃなくて単純な【強化】なの。他にもこんなこともできるの!!」
次は指を軽く鳴らして見せる。
すると、彼女の方から何かが広がってきてこちらの体を通り抜けるような感覚がした。
しかし、次の瞬間。得意気だった彼女の表情が訝しげに歪められる。
「どうした?」
「…んっとね、今使ったのは魔力をこう、波みたいに広げて辺りにある魔力反応を探るためのものだったんだけど。」
言いながら、彼女は定位置と言わんばかりに俺の肩へと降り立つと耳に口を寄せて内緒話でもするように声を潜める。
「だいたい、私の技量だとここから森の入り口付近まで広げることができるの。」
「……何か引っ掛かったのか?」
そう問えばリリアはこくりと頷き、潜めたままの声で続けた。
「私たちが来た方とは逆から、たぶん魔物の団体さんがやってくるの。」
「何?」
「だから、魔物なの。まだ距離はあるけどこっちに来るのは間違いないの。数は12匹。魔力の質からしてゴブリンっていう魔物なの。」
魔力だけで近づいてくる何かの数どころか、その種別までも判別してみせたことに驚きを覚えたが、それは今伝えるべきことではないと一旦そのことを頭の隅へと追いやる。
「それで?」
「んっと…。何が聞きたいの?」
「シンプルにいこう。敵か?」
そう聞けばリリアはまたこくりと頷く。
ならば話は早いと、俺はショルダーホルスターから拳銃を引き抜き廃屋から外へ出る。
外はもう完全に夜の帳が降りており薄暗くなっており、記憶にあるそれよりも仄明るいが先を見通すことができない。
そんな夜の向こう側から。
風にのって微かな獣臭さと、馴染み深い鉄錆びの臭いを嗅ぎとったのだった。
3/30投稿。
二日続けて遅くなって申し訳ございません…。
今日は普通に忙しかったのです(聞き苦しい言い訳)。