Chapter7. 大切と不安
廃墟となった村を調べてわかったのは、かつてここにあった村がおおよそ10年ほど前に何者かの襲撃を受けて滅んだということと、先程考察した通り抵抗したあとがほぼ見られないことから夜襲をかけられたであろうこと。
更に、リリアと出会った時に言っていた、ここに住んでいた者達の髪色が自分と同じような色だったということを鑑れば、偽装身分を造るための起点としてこの廃村はまさに理想的だと言えた。
偽装身分とは、平たく言えば事故防衛策の一つである。
生前。敵地や干渉地帯といったアウェイで情報収集や諜報活動といったことを行う際、出自を偽ることが必要とされることが多々あった。
その際にダミーの情報を用意しておかなければ、マークされ出自を調べられ、万が一にも出自が判明してしまえばそこから待っているのは公開処刑か拷問かのどちらかであった。
泳がされた挙げ句、偽の情報を流されて壊滅したという同業者の話も聞いたことがある。
できる限り完璧に隠蔽できるそれを用意するには、ただ嘘を並べ立てたモノではなく、大筋として自らの出自と合致していて整合性が取れていること。そして、ある程度まで経歴を辿っていけばある一点でそれ以上の調査が出来なくなることが望ましい。
この世界ではどうかはわからないが、もしもこの村の中で生き残った子どもが存在しても、それが生き延びるために選択できる道は元いた世界とそう変わらないだろう。
野垂れ死ぬか、誰かに助けられるか。それとも、破落戸に身をやつすか。
つまり10年ほど前に村から焼き出された子どもがいたとして、それが傭兵として活動していたとしても何ら不自然さはない。
そして、この規模の村落が夜襲を受けたのだ。生き残りはいないと見てもよいだろうこと。
出身地を調べられた所で、その村は滅びているのだ。それ以上辿ることなどできはしない。
あとは、周辺の地形などを確認しておけば良いだろうと考えていると、廃墟の調査をしている間肩に腰かけたまま、ずっと沈黙を保っていたリリアが唐突に口を開いた。
「実はね。最初お兄さんを見たときすごく嬉しかったの。」
そんな言葉を皮切りに、ここに着いた時よりも落ち込んだ様子でリリアはぽつぽつと語り始めた。
曰く、かつてここに住んでいた人たちは妖精族と関わりがあった者達らしい。
遥か昔。彼女の先祖が祝福を授けて以来、妖精の守り人として代々彼女らの隠れ里の守護をしていた一族だったという。
しかし、いつからか彼らは森へと姿を見せなくなった。
だからこそ最初俺のことを見つけた時、とても嬉しかったのだと。何らかの事情があって、森に立ち入っていなかっただけなのだと。
「それは勘違いだったの。それは、わかってるの…。でも、もしかしたらこの村にはまだ人がいるかもしれないって…。そう思ってたの。」
だからこそ、彼女は目指していた場所に広がる廃墟を目にした時とても落ち込んだという。
「ねぇお兄さん。聞かせて欲しいの。」
そこまで話終えたリリアは、意を決したようにこちらの目をじっと見つめる。
「お兄さんの言っていた、アンダーカバーっていうのが何の事かはわからないの。何のためにそれが必要なのか、教えて欲しいの。ここは、リリアの“大切”がいっぱいあった場所なの。」
そう言った彼女の瞳は不安げにゆらめく光を宿していた。
胸が痛くなるような感情がこちらへと流れ込んでくる。
恐らく、リリアが危惧しているのはこの村の生まれと俺が騙り何らかの悪事へと手を染めることではないのだろうか。
大切な思い出が詰まった、暖かな場所に俺が泥を塗るのではないかと。そう考えて不安になっているのではないだろうか。
勿論、推測でしかない。
だけども、この胸の痛みは。リリアの抱いたそんな想いを伝えているように思えてならなかった。
「お兄さん?」
黙ったままそう考えていると、リリアは先程よりも更に沈痛な声音で呼び掛けてくる。
いくら彼女の人生で一度しか使うことのできない魔法を使った相手とは言え、出会って一日にも満たない間柄だ。
訳のわからない言葉を使い、その為にこの廃墟を調べ回っていた俺の姿を見て不安に感じるのも無理はないかもしれない。
それと、もう一つ。彼女を不安にさせたであろうことについて心当たりがあった。
転生前。軍人として動くに当たって教訓として叩き込まれた教えの一つに作戦従事中、何があっても心を動かすなというものがある。
確かに、俺はこの廃墟の調査を作戦の一環として捉えて行っていたのだ。
なぜならここは、この世界は敵地だと考えているからだ。
出会った時にリリアから伝えられた自分の在り方の特異性。
そして、それを知られてしまうことの危険性を示唆されたからこそ、そう考えた上でここでの行動を作戦と定義していた。
契約魔法によって、本来ならば何かが伝わってくるというのに何も感じとれず淡々と機械の様に家捜しをする様は、さぞリリアの目には不気味に映ったのだろう。
ならば、これは自分の落ち度だ。
「気にしすぎだ。…だが、悪かった。」
そう言って、リリアの頭を親指の腹を使って撫で回す。
突然の行動に驚いたのか、彼女は目を白黒とさせてされるがままになりながら固まっていた。
そんな様子を見て、自然と自分の頬が緩むのを感じる。
「説明もせずに行動を開始して悪かった。別に、この村の出身を騙って悪事を働くために偽装身分を作る訳じゃない。」
そう言って、指を放すも彼女はまだクラクラと頭を揺らしている。
……力を入れすぎないように、気を付けたはずなんだが。
「ただ。どこかの誰かに悪戯されたせいで、転生してきたことを隠す必要性を感じたからな。ちゃんと説明するよ。」
「むう。その言い方は意地悪なの。」
ぷーっと頬を膨らませるリリアを尻目に、偽装身分についての説明を始める。
始めこそ、リリアの目には懐疑的な視線が混じることもあったのだが、説明し終える頃にはその必要性についてある程度理解を得ることができたのか真剣な眼差しで話を聞いていた。
「だいたい、理解はしたの。お兄さんが悪人じゃないことは最初からわかってはいたの。本当に悪い人とは、妖精は契約を結ばないの。」
そう言いながら、やれやれといった風に肩をすくめる。
「それでもさっきも言った通り、この村は大事な場所だったの。だから、もう一度確かめさせて欲しいの。」
そう言いながら、リリアはこちらを見上げる。
その目には先程のような不安を感じとることはできなかった。
「本当に、この村の名前を使って悪いことはしない?」
「約束する。この村の名前を悪評と共に広げることはしない。」
これは本心だ。
いくら不意打ちに近い形で契約を結ばされたとは言え、リリアとは旅を共にするのだ。
ならばその間に軋轢を生むことは好ましくないし、何よりも身内となった彼女に出来るだけ誠実で居たかった。
そんなこちらの心の内を読んだのか、彼女は納得したように頷きを一つ返す。
「わかったの。お兄さんのことを信じるの。でも、もし約束を破ったらひどいことになるの!そこのところ、しっかり覚えておくの!」
すっかり調子を取り戻したように、ニッヒッヒと悪い笑いを浮かべる。
「ついでに色々と設定を盛るの!妖精の悪戯心に火が着いたのー!!」
「……ちなみに、聞かせてもらっても?」
「よくぞ聞いたの!まずは、お兄さんとは小さい頃に出会った事にしてめくるめくラブロマンスを差し込むのー!」
「却下だ!」
きゃいきゃいとはしゃぎながら、しばらくの間は設定というか妄想を垂れ流していたのだが、唐突に不思議そうな表情になりうーん?と唸りながらリリアは首をかしげた。
「そういえば、お兄さんの口調って最初からそんなだったの?ちょっと違った気がするの。」
「ああ、そういえばそうだな…いえ、そうですね?」
「あ。だめなの。改めてその口調で喋られると気持ち悪いの!鳥肌がたちそうなの!」
そう言いながらも楽しげにリリアは笑って見せたのだった。
3/29投稿…できた…。
予約投稿をミスで明日に設定していたことに気付いたのが先程…。
もしも、楽しみにしていた方がおられるのならばこの場で謝罪を。
遅くなって申し訳ございません。