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元兵士は大空の下で旅をする  作者: 翠 飯季
1st. Session『旅の始まり』
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Chapter6. 妖精と契約

 眼前に広がったその景色に圧倒される。

 写真で見たときそれよりも、遥かに深い色合いの青を湛えたそれを見て体が打ち震える。

 これが、これが―青空。かつて見ることが叶わなかった憧憬。

 吸い込まれるようなその景色を目にし、体の奥底から沸き上がったこの感情は何というのだろう。


「おにいさん、どこかいたいの!?」


 呆然と立ち尽くして青空を見つめていると、肩の上に座っていた少女の慌てた声が聞こえてはっとする。

 どうしたのかとそちらを向けば小さな手のひらで少女が頬に触れた。


「どうして、ないているの?」


 慌てて手の甲で拭えば、確かにそこには濡れたあとが残る。

 涙したのなど、いったいいつぶりだろうか。

 心配そうにこちらを見上げる少女に大丈夫だよと微笑みかけて、もう一度視線を空へと移してぽつりと呟いた。


「初めて、青空を見た。」

「はじめて?どーして?いつもあおぞらじゃないけど、そらはいつでもあるよ?」


 へんなおにいさんなの。そう首をかしげる少女にどう説明したものかと迷う。

 適当に誤魔化してもいいのかもしれない。だけど、この胸の内に広がった温かさにケチをつけたくなかった。

 まだ躊躇う気持ちが強いのも事実だが、ずっと共に行動するわけでもないのだからと開き直ることにした。


「俺は、この世界に生まれた人間じゃない。俺の生まれた世界に、青空はなかった。」


 一度口にしてしまえば、あとは流れるように言葉が出てきた。

 生まれた世界は荒廃していたこと。

 戦場で一度死したこと。

 そして神様と出会い彼らに青空を見たいと言い、この世界へと転生したこと。

 こちらの身の上話をじっと聞いていた少女は、話を聞き終えると得心がいったのか何度も頷く。


「なるほどなの。おにいさんは、“わたりびと”だったの。」

「渡り人?」

「おにいさんみたいに、ほかのせかいからやってきたひとのことなの!わりとめずらしいの!」


 少女によると渡り人とは、理由は様々だが地球からこの世界へと訪れた人間の総称らしい。

 でも!そうこちらに顔を近づけながら少女は人差し指を立てるとまるで、こちらを叱るように詰め寄る。


「おにいさんみたいなてんせいのしかたは、とってもめずらしいの!」

「…さっきと言っていることが違うみたいだが?」

「おにいさんは、なにもしらないの!ふつうのてんせいは、ちっちゃくなるの!そのままのすがたで、それもまえのせかいの

 ちしきをたくさんもってるの!それだけで、おたからなのー!だまされて、とじこめられて、しぼりつくされるはめになるの!!」


 大仰な身ぶり手ぶりを加えながら、ぴょんぴょんと少女は飛び跳ねながら「カモられるの!すかんぴんにされるのー!」と騒ぐ。

 妙なことばを知っているものだ。とズレた所で感心する。

 まだまだ言い足りないことがあるのか、はたまたこちらの反応が薄いことに思うところがあるのか。少女はぷくっと頬を膨らませて不満げな視線をなげかけていたのだが、何か思い付いたように頷くとにっこりと花が咲くような笑みをこちらへ向ける。


「そういえば、おにいさんのおなまえをしらないの!おしえてくださいな?」

「そういえばそうだったな。ユキだ。ファミリーネームはない。」


 どうせ短い間の付き合いだし、すでに色々と話さなくていいことまで話したあとということもあり、名前を伝えることに躊躇いはなかった。

 ――しかし、この時の選択をすぐに後悔することとなる。


「ユキ!すてきなおなまえなの!では、わたしもじこしょうかいするの!」


 そう言って飛び立ち目の前で浮遊した少女はえへんと、胸を張りどこか得意気だ。

 小さいとは言え愛らしい少女の見た目をしているそれは、端から見れば微笑ましく感じたかもしれない。

 …だが、なぜだろうか。ものすごく嫌な予感がする。


「わたしはリリアリウム・エーゼレッタ・シルフィード・“ベオーク”・イグドブロッサム・エーテライト!詩文神ウォード様の祝福を得、“愛情ベオーク”の叡智ルーンを賜ったエーテライト=ファミリアの妖精族(フェアリー)なの!長いからリリアと呼んで欲しいの!」


 リリアが名前を告げた瞬間、何かが嵌まるような甲高い音が耳の奥に響く。

 そして目には見えないが、自分と彼女が繋がったような感覚を覚える。

 先ほどまでたどたどしく聞こえていた彼女の言葉が妙にはっきりとした言葉に聞こえた時。何をされたかはわからないまでも、先程の予感が正しかったことを理解する。

 ――やられた(・・・・)

 苦々しく顔をしかめると、リリアはその幼さに似つかわしくない蠱惑的な笑みを浮かべる。


「真名を以て交わされる【旅の祝詞(プレイフェアリー)】の契約魔法なの。だから言ったの。何も知らないと危ないって。」


 こうやって、魔法だって簡単に掛けられちゃうの。と言いながら彼女はコロコロと微笑むと、その表情のまま肩へと着地してこちらを見上げる。


これからも(・・・・)よろしくね、お兄さん!」


 花の咲くような笑顔のリリアを見ながら、俺は深い溜め息を吐いたのだった。


 ◇

 リリアは目的地への道すがらこちらに掛けた魔法の説明を、得意満面といったご様子で語ってくれた。

【旅の祝詞プレイフェアリー】とは、いわく妖精族(フェアリー)がその長い生で一度しか使うことのできない魔法であるらしい。

 それも、彼女のようにファミリアと呼ばれる神様から祝福を受けた一族にしか使うことの許されない特殊な魔法であるらしい。


「それでも、使うことがまず希なの!」


 気に入った相手にしか使われないらしく、使わずに一生を終える個体の方が圧倒的に多いらしい。…一体自分の何が彼女の琴線に触れたのだろうか。

 その魔法は契約を結んだ妖精と共に行動をする限り、様々な恩恵を同行者に与えるらしく、最大の恩恵は契約者の内に宿る魔力マナの総量を上げると共に、その操作精度を向上するもの…らしい。

 他にも、旅をしている間は疲れにくくなったり病気にかかりにくくなるなど細々とした恩恵を与えるとのこと。

 ……ただし、契約を結んだ妖精と一生離れることができなくなるうえ文字通り死ぬまで(・・・・)解除されない。更に、もしもリリアを置き去りにしようものなら何らかの災いまで降り注ぐ仕様となっている。


「…呪いの間違いじゃないのか?」

「失礼なお兄さんですね!かわいい妖精と旅ができるなんて泣いて喜んでも足りないぐらいですよ!」

「自分で言うのか…。」

「事実ですので!」


 ニッコリとした笑顔を向けられれば、なるほどそれは可愛らしい。しかし、なぜだかそれは黒い笑みに見えた。


「失礼なこと考えましたね?」

「さて、どうだか。」


 そしてこれだ。

 この魔法。どうやら契約をした者同士であればある程度感情がわかるらしいのだ。

 思ったことが筒抜けにならない辺りは救いだが、これはこれで少々肩身が狭く感じて、また溜め息を吐いた。


「困ったお兄さんです。何も知らないあなたの身を案じて分かりやすい危険を身をもって教えて差し上げたのに、その態度はなんなのです!」


 プンプンなの!そう口で言いながら顔を背けるも、彼女から伝わってくる感情に不快感だとかはない。


「面白がってるだろ。」

「はい。妖精族(フェアリー)は悪戯好きと相場が決まってますからね!」

「…ああ、そう。」

「そんなことよりお兄さん。もうすぐ村が見えてくるのです。」


 だらだらと話を続けている内に、どうやら目的としていた村落の近くまで来ていたようだ。

 ……しかし、ここまでの道すがら。一度たりとも人の気配を感じなかったことから、その村が現在どうなっているのか。おおよその予想はついていた。


 案の定と言うべきか、見えてきた村からは一切人の気配は漂ってこない。

 近付いていくにつれその村の様子がわかってくると、リリアは盛大に肩を落とす。


「だめなの。この村には人がいないの…。」


 有り体に言うならば、そこは廃墟であった。

 かろうじて家屋の形は残っているものの、それらの壁は崩れたり植物に覆われていたりとかなり長い年月放置されていたことが窺える。

 中へと足を踏み入れてみれば、朽ち果てた扉には明らかに外部から圧力を加えられたのであろう跡がちらほらと残っている。

 戦争による略奪か。はたまたは暴徒化した軍隊の襲撃かまではわからないが、この村は恐らく人間に襲われて滅びたのだろう。

 もう家屋の中は荒れ果てて何も残ってはいない。

 それでも、焼けた家屋などは少ないことから恐らく夜半にかけての襲撃があったのではないかと予想した。


「ごめんなさいなの…。誰もいないの…。」


 気落ちしたようにリリアは頭を下げた。

 しかし、恐らくはこちらの感情を読んだのであろう。不思議そうに見上げてくる。


「お兄さん、なんで嬉しそうなの?」

「嬉しい?…なるほど、これ(・・)はそういう感情なのか。」


 しかし、この廃墟を見て内心ほくそえんでいた。

 予想通り(・・・・)、目的地がすでに廃墟と化していたことで、確かに気分が少しばかり高揚していた。


「とりあえず、休めそうな場所を探そうか。」


 説明はそれからな。そう言って行動を開始する。

 幸い、完全とは言いがたいが、雨風を一晩凌ぐには申し分のない建物はすぐに見つかったのでそこへと入る。

 すでに風化したか、それとも持ち去られたのか家具の類いは一切なかったが、頑丈に作られていたのか石畳の貼られた床は、まだ雑草におおわれてはいない。


「とりあえずここでいいな。」


 そして、荷物を下ろしてまた村へと繰り出すと不思議そうにリリアが首をかしげる。


「また出るの?」

「そうだ。今から、この村を少しでも調べる必要がある。」

「…誰もいないのに?」

誰もいないからこそ(・・・・・・・・・)調べるんだ。」

「どうしてなの?」


 わけがわからないと、心底不思議そうにそう問いかけられたので、予め決めていた答えを返す。


「ここの住人に成り済ますためさ。」

「成り済ます?」


 敵地に潜入したとき、最も最初にしてきたこと。

 情報を集めるために必要とされた猿芝居(ロールプレイ)

 リリアに向けて頷きを返して、こう答えた。


偽装身分(アンダーカバー)を考えるのさ。」

3/28投稿。

妖精とか、ファンタジーですよね(安易)。

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