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元兵士は大空の下で旅をする  作者: 翠 飯季
1st. Session『旅の始まり』
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Chapter4. 転生と武器

 ただの小さな願いを口にしただけだというのに、喉はカラカラに渇いている。

 止まっていたように静かだった心臓が、早鐘を打つ。

 一方目の前の二人は、ユキが発した言葉を噛み締めるようにただ瞑目したまま沈黙を保っている。

 先程よりも更に深い静寂がその場を支配したためか、やけに心臓の音が大きく感じ、それが煩わしい。


 時間にすれば数分にも満たない静寂だったのだが、やけに永く感じたそれを破ったのは多分に呆れを含んだヴォダンの溜め息であった。


「青空が、見たいと?」

「…はい。」


 頷きを含めて肯定すれば、またも彼は大きく溜め息を吐く。


「…最大限、配慮をなすと言うたのだがな。」

「はい。転生をし、また生きることが出来るのならば是非青空を見てみたいと思っています。」

「……そうか。」


 またも、彼の口からはため息が漏れる。そして、ガックリと肩を落として目を覗き込むようにじっとこちらを見つめてくる。

 …なぜだろうか。すごく可哀想なモノを見る目でこちらを見ている気がする。

 しばらく居心地の悪い視線に晒されていたのだが、また溜め息を吐くとローゲへと話しかけた。


「本気でそれ以外願うことが無いらしい。ローゲよ、一先ずはそれで善いとしても、だ。蒼天を目にした時点で此奴は満足し定命じょうみょうを終えるのではないか?」

「有り得る話ですね、兄上よ。」


 困ったように苦笑するローゲは、真面目な顔を作ろうと暫く四苦八苦していたが結局諦めたのか、そのままの表情でこちらへと話かけてくる。


「まぁ、先ずは確認をしましょうか…。えっと、ユキ君は転生することには異論は無いと見ていいのかな?」


 黙ったまま頷き返せば、ローゲは安心したように短く息を吐き出す。


「そうか、それは良かった。それで、願い…いや、動機?としては、青空が見たいということかな?確かに君たちの生きていた時代は重金属汚染が空にまで及んでいたから、青空を見たことがないのはわかる。だけど、ほら。」


 咳払いをし一旦そこで話を区切ると、姿勢を正してキリッとした表情を作って見せる。…少し、口許がひくついているが。


「ユキ君の目の前に居るのは二柱(ふたり)とも君らがカミサマって呼ぶ存在だぜ?遥かに高位の存在なんだぜ?それはもう願いの一つや二つ、ポンポンと叶えることができるほどの力があるんだぜ?何て言うのかな、ほらチートって言うんだっけ?人間離れした力だって思いのままに手に入る。だというのに君の望みは青空が見たいって…。本当に、それだけなのかい?」


 そう熱弁を振るわれても、首をかしげることしかできない。

 青空を見ることが出来るのならば転生をしてもいいとは思ったが、転生をした先でやりたいことや通したいモノもない。

 ヴォダンの言う英雄(エインヘーラル)とやらのために何らかの経験を積まなければならないらしいから早々に行った先から退場する気はないが、所詮一度はある程度満足して死んだ身であるため、次の生にもそれほど執着できるとも思えない。

 極論ではあるが、二人が言った通り青空を見て満足すればそのまま野垂れ死ぬのも悪くないように思える。勿論、そんな不義理な真似をするつもりもないが。

 それにローゲの言うチート?という力が何なのかは分からないが、経験に裏付けされない力を持ったところで持て余した結果に待つのは身の破滅だ。

 だからこそ、その問いかけにもまた頷きを返せばローゲは呆れたように力無い笑みを浮かべる。


「なるほどね、本当にそれ以外求めないのか。力を求めるのならいっそのこと勇者として送り込むこともできたんだけどねぇ。そうすれば、群衆に望まれるままに人生を…。とか考えたのになぁ。」


 何故だろうか、勇者と言う単語を耳にした瞬間に警鐘が鳴った気がする。

 というよりも、好きに生きよと言っていたにも関わらずそれを反故する様な言葉が混じっていた気がするのだが…。

 少し非難の意味もかねて半眼になりローゲを睨むと、ウィンクを返された。…ダメだ、この人には勝てそうにもない。

 そんな少々緊張に欠けるやり取りをしていると、ヴォダンが得心がいったように膝を叩き口を開いた。


「うむ。やはり完全に何もなく汝を送り込めば、いつ野垂れ死ぬか気が気でない。よって、願いは汲みつつもある程度こちらの方針を飲ませることとする。」


 手にした槍の穂先が目にも止まらぬ速さで閃かせ、こちらへ突きつけると、有無を言わさぬ雰囲気で話を続ける。


「青空が見たいのであれば、最良の方法であろうよ。汝は今より赴く世界にて、旅人となるが良い。そして、我が神殿を探しそこにある叡知(ルーン)を死すまでに集めるのだ。」


 そんな鶴の一声で、呆気なく願いは聞き届けられたのだった。


 ◇

 ヴォダンは、それから様々なことについての説明を始めた。

 まず説明されたのは、転生と言ってももう一度誰かの元に産まれるのではなく、今の姿のまま記憶を保持して次の世界へと落とされるらしい。どうやらここにいる自分は半精神生命?とのことで、肉体は向こうの世界で再構築されることとなるとのこと。その体は基本的には今の能力と準じる性能となるが、刷新された肉体となるため鍛えれば今よりも能力を伸ばせるとのことで、ローゲ曰く「詫び料の様な物」とのことだが、何のことかはイマイチ理解できなかった。


 次に、これから自分がいく世界は神々には『アムネジア』と称される場所。しかしあくまでもその名前は管理を請け負っている者たちでの通称であり、より正確に言えばまだ名付けられていない世界とのことだ。

 そして、自分が送り込まれるのはその世界の大陸の一つとのこと。とは言うものの、生前の地球と違いほとんど地続きとなっているらしい。

 かつてヴォダンはその世界を旅したことがあるらしく、その時は徒歩だけで殆どの場所に行くことができたと言う。…100年近くかかったらしいが。

 それを聞き戦慄していると、その時は人間の支配地から大きく離れた場所へも赴いたとのことで、流石にその全てにルーンとやらを配置はしないから案ずることはないと苦笑していた。


 更に、その世界には魔法が存在しているとのこと。

 それは、技術や学問としてそこに生きる人々に浸透しており。余程の辺境生まれでない限りは誰もが大なり小なり魔法を行使することが出来るとのことだった。

 反面、科学は発展を見せていないのだという。

 しかし、こちらで言う科学の行えることは大抵魔法や、その源である魔力(マナ)が肩代わりしているため生活水準は西暦2000年代と変わらないとのこと。

 その殆どは、かつてその世界に召喚されたり転生した地球の者達が頑張った成果らしい。

 ただし、大陸全土に数多の危険生物が蔓延っているため、人類の支配域が広がりにくく、また交通網はほとんど中世レベルに留まるとのこと。

 これが、基本的な知識だと言う。

 そして、ここまでしかヴォダンは説明する気が無いとのことでその理由は。


「全て識った上で行う旅に何の価値がある。新たな見識を得て己を研鑽してこその旅である。」


 とのことだった。

 ローゲが教えてくれたことだが、どうやら若かりし頃のヴォダンは無類の旅好きであり、様々な世界を旅したお陰か一家言あるらしい。

 ただ、空には青空だけでなく様々な表情があるとだけは教えてくれた。それを楽しむこともまた汝を育てよう。そう語るヴォダンの眼差しはとても優しげだった。


「さて、次に汝の武器を与えよう。」


 説明を終えたヴォダンは何もない所から一丁の拳銃を取り出すと、それをこちらへと手渡す。


「本来。これは汝を英雄(エインヘーラル)として迎え入れた時に下賜すべく誂えたのだが、流石に無手のまま送り込むのは心苦しい故これを持っていくがいい。」


 手渡されたそれは、マズルスパイクが取り付けられていることと大きく張り出したをアンダーレールを除けば自分達の間で流通していた45口径の物とほぼ同じに見える。

 試しに許可を得て片手で構えても、少し使い慣れたそれに比べるとズッシリとした感触はあるが使用に弊害はないだろう。

 本当なら試し撃ちもしてみたかったのだが、流石にそれは許可が出なかった。


「それは、『貫く者(フロッティ)』と言う死蔵していた剣を打ち直した物だ。今は拳銃の形を取っているが。」


 そう言って、ヴォダンは指を三本立ててみせる。


「汝が使い慣れた、三つの姿を持つ銃である。それぞれの形を変えるための呪言(キーワード)は後から決めると良い。ここは泡沫の場故、すでに時がないのでそれは罷らぬが手法は難しくない。その姿を思い描きその名を喚べば良いだけだ。それと、これも渡しておこう。」


 そう言うと次に取り出したのは、ダンプポーチ(空の弾巣を入れるための鞄)によく似た物であった。


「それは、フロッティの姿によって必要な弾巣を喚び出す魔道具である。一日いちじつに喚び出せる上限は決めてあるが、使い切ったとしても翌日になればまた喚び出せるようになっておる。物を入れると弾が喚び出せなくなる故、注意せよ。」


 言われた通り、中からは合計5つハンドガン用の弾巣マガジンが取り出せる。しかし、サイズからして精々入ったとしても2つが限度であろうそれから5つ取り出せたことで初めて、自分が魔法と呼ばれる物の存在する場所へと赴くこととなるのを実感した気がした。


「また、それは汝の魂と紐付けられた武具。故に、他の者では使うことは愚か、持つことすら出来ぬ。上手く使うが良い。此を以て我が手向けは全てだ。」


 一人、そんな事実に直面し固まっていたからだろうか。

 ヴォダンが何かをローゲに促して、それに従った彼が近付いてきていることに気が付かなかったのは。


 ローゲが瓦礫から立ち上がり、自分の近くにいることに気付いたのは彼に額を掴まれたからであった。


 ――瞬間、膨大な熱量が彼の手から頭へと流し込まれるのを感じた。

 まるで、脳味噌を直接握られているような痛みが走り身体中から力が抜ける。

 ほんの数秒にも満たない接触ではあったが、まるで永遠にも感じた刹那。ローゲが手を離したのだろう。支えを失った体は妙にゆっくりと床へと倒れていく。


「僕からの下賜は知識だ。きっと、役に立つよ。」


 そう言って笑うローゲの姿を最後に、意識は暗転したのだった。

3/26投稿。

お気付きの方はお気付きかと思いますが、神様方にはモデルというか元ネタが存在しております。


北欧系の方々ですね。

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